第34話 初恋幼馴染と残り香
涼太がショッピングモールから帰宅。
いかがわしいモノを買ってきたと疑った姫奈は、涼太の部屋に突撃し探し回ったが、結局見付けることが出来なかった――――
「ねぇ、どこに隠したんですかぁ?」
「だから買ってきてないっつうの」
「ホントかなぁ……」
部屋の真ん中に佇んで、姫奈は腕を組んで「うぅん……」と唸る。
真実として涼太は不健全なモノを購入していない。
それは今日に限った話ではなく、今までも。
ないものはない。
いくら姫奈が部屋を物色しようとも、存在しないものは見付からなくて当然だ。
(ま、まぁ……スマホとパソコンだけ勝手に弄られないようにしておけば大丈夫……!)
涼太は抜け目ない対策っぷりに、誇らしげな表情を浮かべていた。
しかし、涼太と姫奈は長年の付き合い。
姫奈は涼太が何か隠し事をしているのを直感しているようだった。
それが決していかがわしいモノではなく、誕生日プレゼントだというところには思い至っていないようだが。
「ん~、怪しいなぁ~」
「ヒメの勘違いだろ?」
姫奈が怪訝な目付きで涼太に近寄る。
顎に手を当てながら顔を覗き込んでは、首を傾げ、涼太を観察するように身体の周りをゆっくり回る。
すると…………
「……ん?」
「どうした?」
姫奈が涼太の左側に回り込んだところで立ち止まった。
じぃ……と目を細め、そのままボフッと涼太の左腕に顔を埋める。
「ちょ、ヒメ……!?」
やや絵面がシュールだが、突然好きな人が擦り寄ってきて何も感じない涼太ではない。
心臓はバクバクと忙しなく脈打ち、胸が締め付けられてキュッと呼吸が詰まる感覚が生まれる。
身体の芯から生まれる熱が、カァと首から顔に込み上げてくる。
しかし、それも次の瞬間に消え失せた――――
「……知らない女の子の匂いがする」
「――ッ!?」
スゥ、と見上げられた姫奈の瞳。
その榛色にハイライトが灯っていないように見えるのは、果たして気のせいだろうか。
騒がしい鼓動はピタリと止まる。
熱くなっていた身体は瞬く間に冷め、背筋に悪寒が走った。
「ふぅん、へぇ……なるほどねぇ……?」
「あ、あの、お姫様……?」
「リョウ君、エッチなものを買ってきたんじゃなくて、やってきたんだ。ヤッてきたんだぁ」
姫奈が一歩、二歩、と涼太から距離を取った。
腕を組んで、生ゴミを見るかのような冷めきった視線を向けてくる。
「私じゃなくても良かったんですねぇ」
「ち、ちがっ……誤解誤解!!」
涼太は慌てて首と両手を横に振った。
それはもう必死にブンブンと。
「今日買い物するときに女子と会ったんだよ! 来年笠之峰に入学してくるって奴で、流れでしばらく一緒にいて……!」
「流れってどんな流れ?」
「そ、それは……」
姫奈の誕生日プレゼントを選ぶ手伝いをしてもらうため、とはまだ言えない。
「え、えっと……笠之峰の先輩として、未来の後輩に色々と教えることになったりしてですね……」
「ふぅん。後輩に? 色々とぉ? 一体ナニを教えてたんですかぁ~?」
明らかに意図してつけられた不自然で意味深長なアクセント。
涼太は誤解を解きたいが事情を説明出来ないもどかしさに、俯いてギュッと拳を固めていた。
(仕方ない……誕生日には早いがプレゼントを買ってきたこと説明するか? って、待て待て。ダメだ。ちゃんと誕生日に喜んで欲しい……!)
そうと決まれば、涼太に出来ることは一つ。
言葉で誤解を解けないなら、行動で潔白を証明すればいい。
「リョウ君ってさ、私のこと本当にす――」
「――好きに決まってるって……!」
「あっ……」
涼太は姫奈の言葉を遮るように、傍に寄って正面からその身体を抱き締めた。
細くて儚い硝子細工のよう。
けれど温かくて柔らかい異性の身体。
自分の身体とはまったく異なる感触を腕の中にしながら、涼太はただギュッと自身の体温を伝えた。
「すまん、今は事情を説明出来ない。他の女子の匂いがついてるのはしばらく一緒にいたってだけで、本当に何もないってことしか言えない」
「……凄い言い訳がましいんですけど」
「俺も言っててそう思う」
「じゃあ、他の言い訳考えて」
「言い訳じゃなくて、こうしてることが俺の本心だ」
痛くならない程度に強く、しっかり姫奈を抱き締める。
この場でひっぱたかれても文句は言えない。
「……抱き付いて良いなんて言ってないんですけど」
「抱き付くなとも言われてない」
「言ったら離れるんだ?」
「言われても離れない」
姫奈が腕の中で肩を震わせた。
笑っているのだろう。
「何それ。じゃあ、言っても無駄じゃん」
「ヒメが信じてくれるまではこうしてるから」
はぁ、と腕の中で姫奈のため息が聞こえた。
「馬鹿だなぁ、リョウ君。嘘だよ。最初から疑ってません」
「……えっ?」
涼太は少し抱き締める腕を緩めて空間を作り、姫奈に視線を向けた。
「今日一日リョウ君に放っておかれたので、ちょっと仕返ししてやろうって思っただけです」
悪戯が上手くいった子供のような笑みを作る姫奈に、涼太はしばらく呆然として、タイムラグを経てやってきた安堵感に項垂れる。
「っ、はぁ…………! 冗談キツイって……!」
「ごめん、ごめん」
けらけらと、姫奈が可笑しそうに笑う。
涼太は呆れたような目でそれを見詰めていた。
「リョウ君が私を好きすぎるってことは、もう知ってる」
「流石に仕打ちが酷くないかぁ?」
「妥当だよ」
だって……、と姫奈は微かに拗ねたような表情を見せてから、涼太の胸にコツン、と額を預けた。
「他の女の子の匂いをつけてきた罪は重いからね」
「ヒメ……?」
「こうしてないと、匂いが取れないでしょ?」
「でも、これだとヒメの匂いがつくんじゃ……」
「匂いは匂いで上書きしないと取れないよ」
ほら、と言ってヒメが涼太の腕を浮かんで自分の身体に巻き付けようと動かす。
涼太は「はいはい」と呆れたように照れたように笑って、改めて姫奈の身体を抱き締めた。
「……ドキドキしてる」
「そりゃ、好きな人抱き締めてるからな」
「あぁ、そうじゃなくて」
ん? と涼太は疑問の声を喉で鳴らす。
「私が、ってこと」
「…………へっ!?」
「あ、でもリョウ君はもっとドキドキしてますねぇ」
「ひ、ヒメが変なこと言うから……!!」
姫奈は胸の中でくつくつと笑いを押し堪えていた――――




