第33話 初恋幼馴染と誕生日プレゼント
エレベーターに乗って二階から三階へ上がっていく途中で、涼太の一段上に立っていた彩香が顔だけ振り返らせて尋ねてくる。
「ちなみに、誕プレって誰に渡すんですか?」
「ん~、幼馴染の女子……かな」
より正確に言えば、好きな女子だ。
だが、そこまで言う必要はないだろうと判断して、涼太は最低限の情報で答える。
「へぇ、なるほど~」
彩香は顔を正面に戻した。
何か含みのあるような反応にも見えたが――――
「それなら、やっぱりお役に立てると思います! 乙女心は乙女にしかわかりませんからね~!」
「助かる」
――気のせいだろう、と涼太は口許を緩めた。
三階に到着した。
このフロアはグッズ――小物・雑貨を売っている店が多く、プレゼント選びには最適といえる。
涼太はそんなことも考えずに、ただ何となく歩き回っていただけなので、こうした買い物のコツも学べるという点で、やはり彩香の助けは大きいと感じていた。
「涼太先輩、何か目星はないんですか?」
「そうだなぁ……アクセサリーとか?」
「うわっ……」
涼太の左隣に並んで歩いていた彩香が立ち止まるので、涼太も一歩進んだところで足を止めて振り返る。
彩香が呆れたような半目を向けてきていた。
「それはちょっと……重いです」
「そ、そうなのか?」
コクリ、と頷いてから彩香が再び歩き始める。
仮に重いとしても、涼太的には好意という決して軽くない気持ちを込めているので、それはそれでアリなのではと思ってしまったが…………
「それに、アクセって好みが大きく分かれるので」
「あぁ、そっか……」
それはダメだな、と涼太は納得させられる。
気持ちの重さはともかくとして、受け取って困らせるようなものはプレゼントしたくない。
「まぁ、先輩が相手のアクセの趣味嗜好を熟知してるなら話は別ですけど……」
どうですか? という意思の籠った瞳をチラリ、と向けてくる彩香に、涼太は肩を竦めて答えた。
「いや、残念ながら」
「あはは、ならやめておきましょう」
「だな」
「私がいて良かったですね、先輩っ!」
「ホントにな。危うくヒメ……渡す相手をドン引きさせるところだった」
涼太がそう言って後ろ頭を掻いていると、彩香が両手を腰の後ろで組んで前のめりになって顔を覗き込んできた。
「落ち込まないでください、先輩。代わりに私の趣味嗜好を教えますから、元気出していきましょう」
「いや、橘さんの――」
「――彩香ですよ?」
「……橘の――」
「――彩香ですってぇ」
「……はいはい。彩香の趣味嗜好を知ってどうすんだよ」
「ん~、そしたら先輩はアクセをプレゼントできるようになるじゃないですか。私に!」
彩香が自分の頬っぺたに人差し指を当てて、あざとく微笑む。
涼太はそんな彩香をパチクリと何度か瞬きして見詰め――――
「意味ねぇ~」
「あっ、酷いですよ先輩ぃ~!」
涼太がそう言ってケラケラ笑うと、彩香はムッと頬を膨らませてしまった。
そんな冗談も言い合いながら、涼太は彩香の意見も聞きながらプレゼントを選んでいく。
とある雑貨屋で――――
「寒いし、マフラーなんてどうだ?」
「周回遅れですよ。寒くなってから買ってどうするんですか~」
それにもう二月。
暦上ではもう来月から春になるというのに、今更マフラーを渡したところで使える期間は少ない。
涼太は手に取ってみたベージュのマフラーを戻した――――
また、グッズ店で――――
「あぁ~、見てください先輩! コレ可愛い!」
「ん? って、えぇ……」
彩香が手に取ったのは、不気味なフォルムをしたぬいぐるみのついたキーホルダーだった。
「女子が言う可愛いの基準って、正直謎だ……」
「えぇ~、キモ可愛いじゃないですか~」
「出た、そのアンビバレンス単語」
気持ち悪いのか、可愛いのか。
一体どっちなんだよ……と、涼太は彩香が目の前に持ち上げてくるキーホルダーにジト目を向けた。
「でも、相手も女子なんですし良くないですか?」
「確かに女子だが……何と言うか、感性はあまり女子っぽくない……って言ったら怒られるだろうが、いわゆる“可愛いモノ”にはあまり興味なさそうなんだよな」
なるほどぉ、と彩香が顎に手を当てる。
「オシャレはオシャレさんですか?」
「ああ。そこら辺は意識高そうだぞ」
「ふむふむ……何となぁくわかってきましたよ?」
少しの間彩香が考え込む。
恐らく、今彩香の頭の中で漠然とまだ顔も知らない姫奈のイメージが構築されつつあるのだろう。
「活発な方ですか?」
「いや、インドア系だな。いつもダラダラしてる」
「いつも? いつもを知ってるんですか、先輩?」
「あっ……えっと、幼馴染だからな!」
「ふぅん……まぁ、そういうことにしておきましょう」
一瞬訝し気な視線を向けられてヒヤッとした涼太だったが、その間にも彩香は思考を巡らせていた。
そして――――
「よし、わかりましたっ!」
「おぉ、わかったか」
「プレゼントはお洒落でエモい物が良いと思います!」
「うん、ぜんっぜんわからん」
自信満々に目を爛々と輝かせて言われたが、涼太は逆に目を点にしていた。
お洒落は流石に理解出来る。
エモいは正直わからない。
説明してくれと言っても、人によって意味が異なっていたりする場合もあって、余計に。
(教科に『古文』と『現代文』があるんだから『近未来文』も追加してくれ……)
涼太は曖昧に笑いながら、ひとまず自分の中で『エモい』=『いとをかし』と結論付けることにした。
「まぁまぁ、ついてきてください先輩!」
「あ、ちょ、おい……!」
彩香は涼太の手をパシッと掴んで、そのまま引っ張っていった――――
◇◆◇
「思ったより早く帰ってこられたな……」
これもやはり彩香の手伝いのお陰、と涼太は心の中で感謝しながら、日が傾き始めた頃に地元の住宅街に戻ってきていた。
右手のマイバッグには、彩香の助言はありつつも涼太が自分でコレだと決めた品が入っている。
自宅の玄関前に立つ。
カバンから鍵を取り出して解錠し、玄関扉をガチャリと開ける。
「ただいまぁ~」
「あ、お帰り涼太」
リビングからひょっこり母親が顔を出した。
「お昼頃にヒメちゃんが来てたわよ?」
「あぁ……だろうな」
涼太も姫奈が遊びに来るであろうことは当然予想していた。
だからこそ、鉢会う前に出掛けたのだ。
ついてこられでもしたらプレゼント選びなんて出来るワケもない。
「まぁ、ヒメにはあとで謝っとくよ」
涼太は母親にそう言い残してから、階段を上り自室に入る。
シャッ! と窓のカーテンを開けると、普段は中が見えないように閉められている姫奈の部屋の窓のカーテンも開いているのが見えた。
そして、そこから珍しく勉強机に向かって苦悩している姫奈の姿も見えた。
「何やってんだアイツ」
ぷっ、と吹き出しながら涼太はそう呟いて、窓を開ける。
外の冷たい空気が入り込んでくるが、どうせ今帰ってきたばかりで部屋も温まっていないので構わない。
スマホで適当に姫奈にスタンプを送り、合図する。
どうやら姫奈のスマホは手元に置いていたらしく、すぐ着信に気付いてこちらに視線を向けてきた。
一度驚いたように目を丸くした姫奈は、すぐに不満顔を作ってから窓の方へ駆け寄ってきた。
ガラガラ――と開けられる窓。
サァ、と姫奈の胡桃色の髪が風になびいた。
「もぅ、どこ行ってたんですかねぇ。リョウ君は」
「すまんすまん。ちょっと買い物に」
「なら一声掛けてよ~。私も付いて行きたかったんですけどぉ。凄く暇だったんですけどぉ~!」
「そうか? 珍しく勉強に忙しそうに見えたが?」
涼太が意地悪くそう言うと、姫奈は唇を尖らせた。
「リョウ君がいないから仕方なくじゃん」
「なら、定期的にいなくなるかぁ~」
「わぁ、この人ほんとウザいんですけどぉ~」
むぅ~、と謎に可愛らしい唸り声を上げたあと、姫奈は「それで?」と首を傾げてくる。
「何買ってきたの?」
「ん~、秘密」
「えぇ、良いじゃんケチ。教えてよ」
「まだちょっと早いかなぁ」
「早い?」
姫奈は怪訝に眉を顰めた。
何かを考え込むように沈黙し、次第に頬が赤く染まっていく。
冷たい空気に晒されたせいかとも思えたが、どうやらそうではないようで――――
「私にはまだ早いって……わかった。エッチなやつでしょ」
姫奈が恥じらった表情で半目を向けて睨んでくる。
「エロ本だぁ!」
「あ、アホか! 違うわ!」
「あぁ~、焦ってる! 図星ですねぇ?」
「掠ってもいねぇよ!?」
涼太も恥ずかしくなりながら必死に否定するが、姫奈の疑いの視線は晴れない。
「ってか、高校生店で買えないからそういうの! 買うとしても今時ネットだしな!?」
「ふぅん……随分とお詳しいですねぇ~?」
「い、一般論を言っただけだ……」
「じゃあ、買ってきたのは健全なものだと?」
「当然」
「なら、今からそっち行くので」
「……は?」
涼太は間抜けな声を漏らした。
「この機会に、リョウ君の部屋を調査します」
「う、ウソだろ……!?」
そんな涼太の確認への返事は、パタリ、と姫奈が閉じた窓の音だった。
間違いなく、今からこちらに来るつもりだ。
「は、はは……大丈夫大丈夫。不健全なモノは何一つない」
少なくとも物質としては存在していない。
部屋の中をいくら探そうとも、そういった類のものは出てこない。
しかし……、と涼太は買ってきたプレゼントが入ったマイバッグへ視線を向ける。
「さて、どこに隠そうか……」
このあと涼太は、姫奈が部屋に襲来するまでに、プレゼントを姫奈の手の届かないクローゼットの高い位置の奥に仕舞い込んで、何とか隠しきることに成功したのだった――――




