第32話 小悪魔後輩とひょんな出逢い②
見られていることに気まずさを覚えたようで、ナンパしていた高校生男子二人は少女のもとから去っていった。
涼太は危険がなくなったことを確認出来たので、身を翻し、姫奈の誕生日プレゼント選びに戻ろうとする。
そのとき――――
「あ、あのっ……!」
自分に声が掛かった確証は持てなかった。
それでも、念のため涼太が踏み出していた足を止めて振り返ると、ソファーに座っていた少女は立ち上がって、こちらに視線を向けてきていた。
「えっと……俺?」
涼太が自分を指差すと、少女はコクコクと頷いてこっちに向かって小走り――しようとして、どうやら荷物を置き忘れていることに気付いたらしく、大きな紙袋を取りに戻ってから慌ただしく駆け寄ってきた。
その様子が何だか可愛らしく思えて、涼太は思わず頬を緩めてしまった。
だが、可愛いのは動きだけではない。
ナンパされるだけのことはあって、容姿もそうそう見掛けないほどに整っていた。
華奢な身体で小柄。
ミディアムの黒髪はツーサイドアップに。
顔は楚々と整いながらもあどけなさを残す童顔で、赤みを帯びた黒い瞳はクリッと大きく、左目の下に泣きボクロがある。
涼太の最も身近な美少女である姫奈を、どことなく物憂げでアンニュイな美少女とするなら、目の前の少女は小動物的で庇護欲をくすぐる可愛い系美少女といったところか。
「ありがとうございました。助かりました」
ペコリ、と少女がただでさえ低い位置にある頭を更に下げるので、涼太は思わず膝を曲げそうになりながら手を横に振る。
「い、いやいや。俺は何もしてないよ」
「そんなことは。凄くスマートな対処でした」
顔を上げた少女がジッ、と見上げてくる。
身長差のせいで自然と上目遣いに見詰められることになるので、意識しなくても涼太の胸の奥が多少ざわついてしまう。
「何度か同じようなことがあって助けられたこともあるんですが……割って入ってこられて言い合いとかされると、やっぱり目立っちゃうので……」
もちろん助けてもらって感謝してるんですけどね、と語弊のないよう慌てて補足するが、涼太は少女に悪気がないことはきちんとわかっている。
「ナンパの助けに入るの、慣れてるんですか?」
冷静に聞けば変な質問だが、確かに涼太の対処法は妙に熟れている感があり、疑問に思うのも無理はない。
涼太は脳裏に姫奈の姿を思い浮かべながら、曖昧に笑って答えた。
「んまぁ、初めてじゃないってだけだよ」
「なるほどです」
「……えっと、君一人?」
もしこのあと友達や家族と合流するということであれば問題はないが、見たまま一人なのであれば、先程のこともあって心配せずにはいられない。
と、涼太はそういう意図で聞いたのだが…………
「そう、ですけど……もしかして、ナンパしたくなっちゃいました?」
んなっ、と涼太が間抜けな声を漏らす。
少女は「冗談ですよ」と口許を手で押さえて笑った。
「か、勘弁してくれ……」
「ごめんなさい。でも、先輩にならナンパされても良いかなって思っちゃいました」
どうやら冗談が好きな女の子らしく、涼太は心穏やかではいられない。
「からかうのも大概に……って、ん? 先輩?」
「……あっ、何かつい。凄く“先輩”って感じがしたので」
涼太に指摘されるまで気付かなかったのか、少女は目を丸くした。
「俺、高一だけど……君は?」
「あ、やっぱり先輩ですね。私、今中三ですから」
「受験生か」
「ですです。というか、もう試験終わりました」
「そっか。えっと……お疲れ様」
手応えがあってもなくても差し障りのない労いの言葉を掛けると、少女は笑顔を絶やさずに言う。
「気を遣わなくて大丈夫ですよ。こう見えて私、そこそこ勉強出来るので。多分受かってますから」
「ちなみにどこ……って、聞いても良いのか?」
「笠之峰です。お姉ちゃんが行ってて」
「え、マジ? 俺、笠之峰なんだけど」
「えっ、ホントですかっ!?」
少女が胸の前で両手を合わせて、瞳をキラキラと輝かせる。
「じゃあ、本当に先輩ですねっ! 嬉しいです!」
「そんなに喜ばれると、何かくすぐったいな……」
大半はその場のノリだろうが、いちいち仕草が可愛らしいのもあって、涼太は変に気恥ずかしくなって頬を掻く。
「私、橘彩香です。あの、先輩の名前をお伺いしても……?」
チラッ、とやはり上目に見詰めてくる彩香。
涼太は目のやり場に困りながら名乗った。
「清水涼太」
「では、涼太先輩ですねっ! 入学した暁には、可愛がってください。よろしくお願いしますねっ?」
「あ、あぁ。こちらこそよろしく」
いきなりの名前呼び。
加えて『可愛がってください』ときた。
(きょ、距離感……!!)
涼太は何とかポーカーフェイスを保ちつつも、内心ではまったく動揺を隠しきれていなかった。
「そういえば、さっき私に一人かって聞いてきましたけど……先輩こそ一人だったりしますか?」
彩香が辺りをキョロキョロと見渡して、涼太の連れらしき人物がいないことを確認しながら聞いてくる。
「ああ、一人だな」
「へぇ~。何を買いに?」
「一応、誕プレを。とは言っても、何を買えば良いのかまだ全然見当もついてないが……」
そう言って自分に呆れた涼太が自嘲気味な笑みを浮かべると、彩香は何かを考えるようにピンと立てた人差し指を顎に当てた。
「うぅ~ん、私も一人なんですよねぇ……」
涼太が心配していた通り、誰かと来ているわけでも待ち合わせをしているわけでもなかったらしい。
考え事が終わったのか、彩香は可愛らしくニコッと笑みを作って涼太に一歩寄る。
「あの、先輩。もしご迷惑でなければなんですけど、私も付き合って良いですか? プレゼントにお悩みでしたら、もちろん相談にも乗りますし」
「え、マジ?」
「マジですよ」
涼太にとっては願ってもない提案。
プレゼントを贈る相手は姫奈――女の子だ。
同性の意見が聞けるのはありがたい。
それに、ナンパされているところを見てしまったのもあって、正直一人で放っておくのは気掛かりだ。
もう関わり合いになることのない相手であればまだしも、今後同じ高校の後輩になるかもしれない相手ともなればなおさら。
「えっと、このあと用事とかは?」
「ないですよ。あ、でも……親に心配されるので、出来れば夜までには帰らせていただけると……」
彩香が柔らかく握った拳を胸の前に持ってきて、妙に恥じらった表情を見せるので、涼太の心臓はドキッと跳ねた。
一体何を想定して夜までなどと言っているのか。
「そ、そんなに連れ回す気ないからな!?」
「先輩が紳士で良かったです」
「俺は未来の後輩が小悪魔気質で不安だが……」
「えぇ~、私そんなじゃないですよ~」
「はい、そういうとこね」
猫撫で声で否定されても何の説得力もない。
涼太は半目で指摘する。
「でもまぁ、付き合ってくれるならありがたい」
「ホントですかっ? では是非!」
何がそんなに嬉しいのか、パァッと明るい笑顔を見せる彩香。
涼太が「じゃあ行くか」と歩き出すと、その隣に並んでくる。
ピタリとくっつくワケでもなく、距離を取っているワケでもない……それでも少し近くないかと思わせるような絶妙な距離感。
意図しているのか無意識なのかは、涼太には見当もつかない。
それより涼太は、折角付き合ってもらうのに、彩香が大きな紙袋を持ったままなのが気になった。
恐らく購入した服が入っているのだろう。
大きさからして決して少なくない量を買っているので、軽くはないはずだ。
「袋、持とうか?」
「……先輩、モテますよね?」
「え、何で?」
質問に質問を返されたうえ、涼太にはイマイチその話題の関連性が見えなかったので、少し戸惑う。
「いえ、ただそう思っただけです」
「そっか……ちなみに全然モテないぞ」
「へぇ、意外です」
「意外かぁ……」
自分が見る自分と、彩香が見る自分は違うように見えているのかもしれない……と、涼太は少し哲学的なことを考えそうになっていた。
「あと、袋は自分で持つので大丈夫ですよ。そこまで重くないですし。それに、先輩に負担は掛けたくありませんから」
「別に負担じゃないぞ?」
「えっと、コレ外身は洋服の袋ですけど、中にもう一つ袋を一緒に入れてて……」
そう言いながら、彩香が大きな紙袋の中に手を入れて、そこからチラリと小さめなピンク色の紙袋を見せてきた。
「下着も買ってまして……」
「あっ……負担ってそういう……」
重量の問題ではなかった。
体力的な負担ではなく、精神的な負担。
「まぁ、先輩がそれでもと言うなら――」
「――すまん、自分で持ってくれ……」
涼太は顔を背けながら、断るように掌を向けた。
(ってか、ランジェリーショップの袋とか初めて見てしまった……よくわからんけど、大きさ的にアレは……)
上か下か……と、無意識のうちに頭を回してしまっていた涼太。
他意はない。
ただ単純に目に入ったものについて考えてしまっただけ。
表情にも出していないはず。
だったのだが、涼太が沈黙してしまっていることで察した彩香が――――
「あはは、紳士でも男の子なんですね」
「へっ!?」
彩香は可笑しそうに笑って、そっと自分の胸に手を当てた。
単純な大きさで言えば歳相応。
しかし、小柄で華奢な身体なこともあって、比率的にはそれなりに存在感があるように窺える。
「ちょっと新調しただけですよ。成長期ですから」
「い、言わんでよろしい……!」
このあと涼太はしばらく、不自然に彩香と目を合わせなかった――――




