第31話 小悪魔後輩とひょんな出逢い①
二月十一日、月曜日。
建国記念の日。
ピーンポーン…………
姫奈が清水家のインターホンを鳴らして数秒待つと、玄関扉がガチャリ、と開かれた。
「あ、リョウ君ママ。こんにちは~」
「ヒメちゃんいらっしゃ~い」
扉から姿を見せたのは涼太の母親。
姫奈がニコッと笑って挨拶すると、涼太の母親も嬉しそうに笑う。
「今日もお邪魔しますね」
「えっ?」
いつも通り姫奈は言うが、涼太の母親は不思議そうに目を丸くした。
「良いけど……今、涼太いないわよ?」
「……え?」
今度は姫奈が目を丸くする番だった。
聞いてない? と首を傾げる涼太の母親の前で、手早くスマホを操作して涼太とのメッセージのやり取りを確認する。
最後のメッセージは昨晩のもの。
寝る前に他愛のないやり取りをしていたそれだ。
「聞いて、ないですね……」
「あら、珍しいわね? 涼太のことだからてっきりヒメちゃんと出掛けてるのかって思ってたんだけど、そうでなくてもヒメちゃんに一言くらいあるはずよね?」
ですね、と姫奈は呆然とする。
「どうする? それでも上がってく?」
「……あぁ、いえ。リョウ君が帰ってきてから、また来ます」
ペコリ、と姫奈が小さく頭を下げると、涼太の母親は「わかったわ」と優しく言ってから玄関扉を閉めた。
姫奈は清水家の敷地から一歩出たところで、再びスマホを操作する。
メッセージアプリを開き、涼太――ではなく、蓮に手早くメッセージを送る。
先月中旬に河川敷で話し合って以来、また仲の良い幼馴染として気軽にやり取りが出来るようになっていた。
『リョウ君と出掛けてる?』
手短にそうメッセージを送ると、意外にもすぐ既読され、返信が来た。
『出掛けてないよ』
『祝日で部活も休みだから、家でゆっくりしてる』
(えぇ? じゃあ、あのインドア派のリョウ君が一人でお出掛けってこと……?)
姫奈が訝しげに眉を寄せていると、続けて蓮からメッセージが来た。
『涼太いないの?』
『うん。出掛けてるらしい』
『なるほど』
(何が『なるほど』?)
どうやら蓮には思い至ることがあるらしい。
しかし、姫奈は全然わからない。
まるで涼太の理解度で負けているような気がして、姫奈はちょっぴり唇を尖らせた。
テンポよく交わされていた会話が途切れる。
何かを考えているような沈黙。
姫奈がしばらく待っていると…………
『ま、ヒメちゃんは宿題でも終わらせて待っときなよ。流石に夕方頃には涼太のヤツも帰ってくるだろうし』
宿題、という単語に姫奈は表情を引き攣らせたが、確かに蓮も行き先を知らない――仮に察していても教えてくれないのであれば、これ以上姫奈があれこれ考えても答えは出てこない。
『わかった』
姫奈は最後に蓮からサムズアップしたスタンプが送られてきたのを確認してから、スマホを仕舞った。
「はぁ……暇なんですけどぉ~」
ここにはいない。
どこに行ったのかもわからない涼太に向けて、姫奈は小さな不満を呟いた――――
◇◆◇
同時刻――――
「来てみりゃ何かわかるかと思ったけど……全然わからん……」
涼太は地元駅から電車に乗って少し遠出し、大型ショッピングモールにやってきていた。
理由はもちろん、三日後に控えたバレンタインデー……ではなく、同日の姫奈の誕生日。そのプレゼント選びだ。
今までは姫奈から貰う物と似たような物――筆記用具やキーホルダー、お菓子などを渡していた。
そのためあまり悩むことはなかったのだが、今は状況が違う。
姫奈は涼太が好意を抱いていることを知り、それに向き合おうとしてくれている。
(やっぱ、喜ばれるモノを渡したいよなぁ……)
今までとは違う。
きちんと気持ちが籠ったもの。
想いを乗せたモノ。
とはいえ、自己満足では意味がない。
受け取っても使い道に困るようなモノは当然NGだ。
しかし…………
(アイツが欲しいもんって何だっ……!?)
考えれば考えるだけわからなくなってきていた。
というか、深く考えて贈り物を選ぶなんていう経験がこれまでなかったので、参考情報が何一つない。
(やっぱ、ヒメに何が欲しいか聞いた方が……って、甘えんな俺。考えろ……!)
別にサプライズがしたいワケではない。
とはいえ、多少の意外性や驚きは欲しいところ。
それに、姫奈のことだ。
もし聞こうものなら「そういうの、本人に聞いちゃうところリョウ君って感じだよねぇ~」などと笑われかねない。
涼太は頭を悩ませながらエスカレーターでショッピングモール二階に上がる。
この階は主にファッションのフロア。
誰もが名前を聞いたことがあるブランドから、多少オシャレに対する知識がないと知らないブティックも点在している。
別に服を買う気はないが、何となくこのフロアを見て回っていると――――
「えっ、待ってめっちゃ可愛いんだけど!」
「君、一人? 中学生? 高校生?」
「…………」
フロアの隅に設置されていたソファーに座っている一人の少女の前に、高校生と思われる男子が二人立っていた。
キャラを陰か陽に区分したがる昨今に倣って言えば、二人とも陽の者。
だが、陽は陽でもちゃらんぽらんした印象を受ける。
そんな二人に声を駆け続けられるも、少女は手元のスマホに視線を向け続けたまま無視して対処している。
(一応立っとくか……)
涼太はナンパ進行中の現場の近くの壁にもたれるようにして立つ。
無理に止めはしない。
下手をするとトラブルのもとになる。
だから、近くで見る。
誰かが見ているぞ、という状況を作り出す。
人の目というのはそれだけで防犯になるのだ。
「ねぇ、シカトしないでよ~」
「一人ならさ、ちょっとで良いから遊ばね?」
「おーい。あはは!」
「全然奢るし、って……な、なぁ。ちょっと」
「ん?」
どうやら一人が涼太の視線に気付いたらしく、そのことをもう片方の男子に耳打ちで伝える。
二人の男子が確認するように視線を向けてきたことで、涼太と目が合った。
それでも涼太は目を離さない。
見てますよ、というアピールも込めて視線を合わせ続ける。
すると、気まずくなったのか、男子二人は最後に目の前の少女が一向に反応する気配がないことを確認してから立ち去った。
捨て台詞に「っち、返事くらいしろよ」と舌打ちする姿がなんとも格好悪かった。
(さて、俺もプレゼント選びに戻りますか……)
少女に集っていた羽虫が去って危険がなくなったのを確認したので、涼太は身を翻して本来の目的に戻ろうと足を踏み出す。
そのとき――――
「あ、あのっ……!」
振り返ると、ナンパされていた少女がこちらに顔を向けてきていた――――




