第19話 初恋幼馴染は伝えたい
(それにしても、カップル多いなぁ……)
涼太はイルミネーションに埋め尽くされた『煌めきの道』の遊歩道を姫奈と並んで歩きながら、そんなことを考えていた。
その名の通り、色鮮やかな光に満ち溢れたこの地に足を踏み込んでしばらくは、やはりイルミネーションの衝撃的な美しさに釘付けになっていた。
それでも、やはり時間が経つにつれて我に返り、冷静に周囲へ目を向けられるようになってくる。
すると、どうだろう。
イルミネーションにも勝るとも劣らないカップルの眩い様子が視界に飛び込んでくるではないか。
もちろん友達同士で来ている人もチラホラ見受けられるが、割合ではカップルが比べるまでもなく大半を占めている。
手指を絡めて握っている。
腕を組んで歩いている。
身を寄せ合い、視線が交わるたびに微笑みを浮かべる。
涼太とて男子。
まして隣に意中の相手がいるこの状況で、周りのカップルと同じようなことがしてみたいと思わないワケがない。
(俺が変に意識してること、バレないようにしないとな……)
理性でポーカーフェイスを貫け、と涼太は自分に言い聞かせた。
一人勝手に舞い上がっていても気持ち悪いだけ。
普段の軽口飛び交う何気ない会話の中でネタとして言われるならともかく、姫奈に本心からそう思われた瞬間、涼太は自分のメンタルが粉微塵になる自信があった。
だが、そんなことを考えている丁度そのとき――――
「……お邪魔します」
「えっ、ちょ……!?」
唐突に、姫奈が涼太の左腕に右腕を絡めてきた。
「ヒメ、さん……?」
「みんなこうしてるし、私達だけ場違い感半端ないから」
「あ、あぁ、なるほど……」
涼太はぎこちない笑みを溢して、頷いた。
(そりゃ、そんな都合よくヒメが俺のこと好きになったりしないよな……ははは……)
一瞬何かを期待した自分が恥ずかしくてたまらない。
冬の外気に冷やされていた顔が熱くなっていくのを感じる。
(けど、それにしても近いしなんか良い匂いするし……コイツ、俺が好きって知っててやってるのホント性格悪いなぁ……!?)
キュッ、と引き付けるように寄せられた身体。
触れ合う肩と肩。
絡み合う腕と腕。
それらからじぃんと伝わってくる体温。
また、姫奈が涼太の腕を自分の身体の方に引き寄せるので、二の腕の辺りにどう考えても姫奈の胸の膨らみで間違いない柔らかさを感じる。
姫奈本人はもう少し大きさが欲しいと言っているが、涼太からすれば今で存在感は充分だし、むしろ大きすぎず小さすぎず姫奈の身体に合うようあとから設計されたかのような黄金比にすら思える。
だからこそ、この状況は涼太の理性に決して少なくない負荷が掛かる。
「…………」
涼太は慎重かつ自然に距離感を確保しようと試みる。
絡められた腕を解くのは無理でも、そぉっと彼我の空間の開ければ、身体同士が触れ合う面積が最小限に抑えられ――――
「……寒いんですけどぉ」
「あっ……」
上手く離れようと最善は尽くした。
それでも、距離が開くのを敏感に感じ取った姫奈がグイッと絡めた腕で引き寄せてきた。
再び色んな部分がピタリと触れ合う。
「ひ、ヒメ、寒いのはわかるんだけどさ……」
「あっ、リョウ君見て。あっち凄く綺麗」
「コイツ、聞いてねぇ……」
聞いてないというより話を逸らされた、という表現が正しいか。
姫奈が腕を組んだまま先導するままに歩く涼太は、一体何を考えてるんだろうかと姫奈の横顔をチラリと盗み見る。
(……って、もしかして、ヒメも照れてる……?)
この辺りの暖色で統一された光の加減かもしれない。
はたまた、冬の寒さのせいかもしれない。
だから、理由に確信は持てない。
ただ、マフラーで隠しきれていない頬が色付いていて、ハーフアップにされた髪から覗く耳の先端まで紅潮している事実だけが、そこにあった。
照れてくれてれば良いな、と涼太はそんな淡い願望を胸の奥に抱きながら、姫奈に連れられて行く。
赤色や桃色といった暖色のイルミネーション並木を抜けたそこは、一言で言い表すなら黄金の道。
いや――――
「なるほど……まさに『煌めきの道』だなぁ……」
もちろん、これまで歩いてきた道のりも含めたすべてが『煌めきの道』なのだろう。
しかし、涼太と姫奈が今こうして並んで佇んでいるこの場所こそが、その根幹なのだと思わせるほどに、圧巻だった。
辺り一帯を取り囲むように植えられた木々。
それらに飾り付けられたLEDライトは金一色。
光度もここまでの道のりより一層明るく、夜の帳が下りた世界にたった一ヶ所幻想的な昼間が作り出されているかのような空間。
あまりに輝かしい空間に圧倒されて涼太は開いた口が塞がらないまま立っているが、道行く他の人達も似たような反応をしているので無理もない。
そんな中、姫奈が涼太の腕に絡めさせていた自分の腕をサッと解いた。
「ヒメ?」
そのまま一人で奥の方にゆっくり歩いていく姫奈の様子を不思議に思いながら、涼太もその背中を追い掛ける。
黄金の光の粒が埋め尽くす空間の一角。
他の人の集まりから少し離れたその場所で、姫奈は涼太に背負向けたままピタリと立ち止まった。
涼太もそんな姫奈と三歩分程度間合いを保った位置で足を止める。
静かに姫奈の綺麗な後ろ姿を見詰めていると、沈黙していた姫奈がようやく口を開いた。
「私ね、実は気付いてたんですよ」
唐突に語り出した話題が何かはまだわからない。
しかし、涼太は自分から追究することはせず、黙って姫奈の話に耳を傾ける。
「気付いてないフリをしてただけで、本当はきちんとわかってた」
やはり背を向けたまま、姫奈はイルミネーションの景色の高いところを仰ぎ見る。
「小学生のときも中学生のときも、もちろん今も。私、女の子達から嫌がらせされやすいじゃないですか。だから自然と孤立してたし、私自身こんな性格だからそれでいいと思ってた」
でも……、と姫奈がゆっくり振り返った。
落ち着いた微笑みを浮かべて、やや垂れ気味の瞳で真っ直ぐ見詰めてくる。
「そんな人との関わり方でやってこられたのは、リョウ君のお陰ってこと、知ってるんだ。こっそり守ってくれてたよね、昔からずっと」
「……何回かだろ? 別に大したことじゃ――」
「――嘘」
姫奈は静かな声のまま、キッパリ言い切った。
「直接私が何回嫌がらせされたかなんて数え切れないけど、それ以上にリョウ君が陰から守ってくれてたこと、知ってる」
姫奈は手を出して細い指を折っていく。
「隠された文房具を、私が気付く前にリョウ君が探して元の場所に戻してたこと。ゴミが入れられてる靴箱を、私が開ける前に片付けてくれてたこと。度が過ぎる子のことはこっそり先生に報告してくれてたこと……全部言ってたら、朝になっちゃうよ」
あはは、と笑う姫奈の表情には、申し訳なさのようなものが滲んでいた。
「でも多分リョウ君は、本当は私が気付いてるってこと以外のところでも、もっと沢山の嫌がらせから私を守ってくれてたんだよね。なのに、私はそんな状況が当たり前すぎて、何でリョウ君がここまでしてくれるのかも深く考えないまま、ずっとリョウ君に甘えて迷惑を掛け続けてきた」
「ヒメ……」
涼太もまさか自分が密かにやっていたことが姫奈にバレているとは想像していなかったが、それらすべて感謝されたくてやっていたワケでも、まして困らせるためにやっていたワケでもない。
だから、涼太はすぐにでも否定したかったが、そう出来ない雰囲気を姫奈が作っていた。
「『ありがとう』も『ごめん』も多分何百回言ったって言い足りない。それくらい、私はリョウ君に感謝してるし、申し訳なく思ってる」
語り疲れたのか、それとも呼吸や精神を整えるためか「ふぅ……」と長く息を吐いてから、一歩、二歩、三歩と距離を詰めてくる姫奈。
至近距離で相対した姫奈が、涼太との十センチ強の身長差で少し見上げてきた。
「だから、さ」
姫奈がツン、と右手の人差し指を涼太の胸の真ん中に突く。
気付けば、姫奈は恥じらいが混じったような半目を作っていた。
「もう、そういうの禁止」
「そういうの?」
「私に隠れて、私の知らないところで、私を助けるの」
姫奈の唇が不満げに尖る。
同時に、仄かに顔に差していた赤みが増した。
「これからは……カッコつけるなら、ちゃんと私の見てるところでカッコつけて、よ」
「えっと……つ、つまり……?」
「ああもぅ、この人全然伝わんないなぁ。ムカつくぅ~」
はぁ、と姫奈が大きく白いため息を吐く。
再び半開きの上目を向けてきたときには、恥じらいを隠し切れないその顔の紅潮は、確かなものに変わっていた。
「一人で勝手に私のこと好きになってないで、私もちゃんと好きにさせてよ……リョウ君のこと」
もうこれ以上は言わないから、と首元のマフラーを鼻頭まで引っ張り上げて顔を逸らす姫奈。
そんな姫奈の姿から目が離せないまま、涼太はカァアアアと真っ赤に火を噴かせた顔の下半分を片手で覆った――――




