第18話 初恋幼馴染は煌めきたい
十二月二十四日、クリスマスイブ。
この時期、午後六時半ともなれば既に日は完全に彼方へ沈み、天蓋はすっかり黒一面に塗りたくられていた。
家を出た涼太は、冬の夜がせっかちなのを再認識しつつ「寒っ」と声を漏らしてから隣の家の前まで歩く。
すると、呼び出すまでもなく、既にその家の玄関先には一人の少女――姫奈が立っていた。
白いニットのトップスの上からライトブラウンのチェスターコートを羽織っており、下は細かいプリーツの入ったダークブラウンのロングスカートと黒いブーツ。
首元には落ち着いた赤色のマフラーが巻かれており、姫奈はそれを片手で口許まで少し引っ張り上げながら、夜空に向かって白い吐息を溢していた。
「呼ぶから家の中で待ってろって言ったのに。寒いだろ?」
歩み寄りながら涼太がそう声を掛けると、姫奈は身体を向けて大袈裟に肩をすくめてみせた。
「こたつが恋しいね」
「やっぱ行くのやめるか?」
「酷いこと言うなぁ……」
「冗談だって。よし、行くか」
こんな家の前で立ち話をしていても、時間が過ぎるだけで目的地に辿り着くわけもないし、無駄に身体も冷えてしまう。
涼太は取り敢えず駅に向かうべく足を進めようと、一歩踏み出そうとするが――――
「あのぉ」
クイッ、と涼太は着込んでいたダウンの裾を姫奈に摘ままれて、引き止められてしまった。
「流石に感想の一つくらいは、期待してたんですけど」
「え? あぁ……」
振り返った涼太の視線の先で、姫奈が両手を横に広げて見せる。
涼太にとって姫奈の制服姿も見慣れているが、同じくらい私服姿も幾度となく見てきた。
可愛く生まれてモテるのが面倒だと感じている割には、普段から身嗜みには気を使っていて、私服もお洒落だ。
ただ、それに比べても確かに目の前に立っている姫奈のコーデは、やはり気合が入っている印象がした。
そんな姫奈の姿をジッと見詰めて、涼太は…………
「髪、良いよな」
「……え、髪?」
「そ、髪。マフラー巻くと、巻き込んだ髪がちょっと盛り上がるだろ? そのモコッてなってるの、なんか好き」
「…………」
姫奈は一度自分の髪を撫でたあと、たっぷり時間を使って涼太にジト目を向ける。
「リョウ君の趣味嗜好なんて聞いてないんですけど」
「一つ感想をって言ったの、ヒメじゃん」
「もぅ……わかってるくせにわかってないフリしてさぁ……」
意地悪だなぁ、と姫奈はため息を吐いて、もう諦めたように歩き出した。
涼太はそんな姫奈に追い付くよう小走りして、一歩分程度前に出た位置で歩きながら口を開いた。
「……言わなくてもわかれ。似合ってる、凄く」
「……っ!?」
照れ隠しのせいか、ぶっきらぼうな口調。
しかし、だからこそ本音だと確信出来る言葉に、姫奈は目を丸くして驚き、はたと足を止めた。
驚き顔はすぐに解け、口許が弧を描く。
表情の緩みが制御出来ない。
今度は姫奈がどこか浮かれた軽い足取りで涼太の隣に小走りで追い付き、肩と肩をぶつける。
「もぅ、最初からそう言えばいいのに。素直じゃないなぁ」
「うっせ」
「まぁ、リョウ君らしいけど」
可笑しそうに、嬉しそうにけらけら笑う姫奈にからかわれながら、涼太は駅まで歩いていった――――
◇◆◇
笠之峰高校とは反対方面に電車で二十分弱進んだ街に、その目的地はあった。
「わぁ……綺麗だね、リョウ君……」
「あぁ。正直、こんなに凄いとは思ってなかった……」
――『煌めきの道』。
そう名付けられた、このクリスマスシーズンにだけ見られるイルミネーション。
街中にある緑豊かな遊歩道の木々は、葉が落ち切った代わりに幾万もの光の粒によって彩られており、区間によってその色は青や白といった寒色で統一されていたり、赤や桃色の暖色で固められたりしている。
光り輝く木々は遊歩道の両脇に等間隔に植えられていて、歩けばあたかも光のドームの中を進んでいるかのような気分にさせる。
涼太と姫奈は二人して息を飲みながら歩いていた。
そんな中、ふと周りに目を向けた姫奈の視界に映ったのは、イルミネーションの他に男女、男女、男女……カップル、カップル、カップル…………
とある男女は手を繋いで指を絡める――いわゆる、恋人繋ぎ。
また、とあるカップルは腕を組み、彼女が彼氏の肩に頭を乗せている。
(あはは……なんかちょっと、私達が場違いに思えてきたんですけど……)
姫奈は心中でそう呟きながら、苦笑いを浮かべた。
涼太はどう思っているんだろうと視線を向けてみれば、そんなことは微塵も考えてなさそうな表情で、目を見開いてイルミネーションを楽しんでいる。
(なぁんか、私だけ変に意識してるのムカつくなぁ……)
姫奈が半目で涼太を睨むが、当人は全然気が付いていない。
チラリ、と姫奈は涼太の手に視線を向ける。
両手ともダウンジャケットのポケットに突っ込まれていて、その手を掴むことは叶いそうにない。
(だったら……)
姫奈は涼太の腕に手を伸ばす。
だが、思い止まるように触れる寸前で手をピクッ、と止め…………
「……お邪魔します」
「えっ、ちょ……!?」
姫奈は涼太の左腕に自身の右腕を通して絡め、少し身体を寄せた。
触れ合った部分から、涼太が驚いて身体を緊張させているのが伝わってくる。
「ヒメ、さん……?」
「みんなこうしてるし、私達だけ場違い感半端ないから」
「あ、あぁ、なるほど……」
涼太は納得したように、それでいて何か期待外れで残念そうに頷いたが――――
(言い訳、だ……)
姫奈の言葉は、状況からして納得に値する理由を取ってつけただけのモノだった。
自分のことを好きだと言っていたくせに、全然そんな素振りを見せてこないから、気にしているのが自分だけだと思うと、じっとしていられなくなったのだ。
もちろん、わかっている。
学校で夢に言われた通りだ――――
『――ちゃんと言ってくれないと、リョウ君だって察することは出来ても、いつからアプローチ掛けて良いのかわかんないでしょ?』
涼太は姫奈のことを確かに好きでいる。
恋愛的な好意を抱いている。
“しかし”というべきか“だからこそ”というべきか……涼太は自分の気持ちを後回しにしてまで、姫奈を大切にする。
第一に考える。
最優先に配慮する。
失恋の経験した姫奈の心の傷が完全に癒えたのかどうかは、結局のところ姫奈自身にしかわからない。
これからどうしていくのか――新たな恋愛に目を向けるか、それとも恋愛そのものから距離を置くかを決めるのも、姫奈自身。
いや、既に答えは出ている。
まだ続く青春を失恋で終わらせる気は毛頭ない。
失恋すら良い思い出にして、幸せになる。
それが良いと、涼太も背中を押してくれている。
そして、少なからずそんな涼太に、今までは考えもしなかった感情が燻ぶり始めているのも確かだった。
チラッ、とさりげに腕を絡める涼太の横顔を確認すると、少なからず恥ずかしがっているのが見て取れて、そのことが無性に嬉しく思えてしまう。
もしかすると、この感情の火種は、ひょんなことで掻き消える程度のモノなのかもしれない。
火種が必ずしも燃え上がり、立派な熱を帯びた炎になるとは限らない。
それでも、向き合って見ないことには結果はわからない。
(このイルミネーションの中で言わないとね、ちゃんと……リョウ君の気持ちに向き合う準備、出来てるよってこと……)
暖色のイルミネーションが周囲を埋め尽くす。
じわりと紅潮している姫奈の顔。
これを光の加減のせいだけだと説明するには、無理があった――――




