第10話 “負けヒロイン”では終われないらしい
案の定、涼太は風邪を引いた――――
それはそうだ。
冷たい秋雨に少なくない時間晒され、自分より姫奈を優先して風呂で温めさせ、そのあと入るつもりだったが姫奈が泣き止むまで傍に居続けることになった。
結局入浴が叶ったのは、夜。いつも通りの時間。
風邪を予防するには、時すでに遅しだった。
そして、これはその翌日、夕方の光景――――
「ありがとねぇ、ヒメちゃん。わざわざお見舞いに来てくれて」
「あはは。まぁ、幼馴染ですから」
「ほらほら、遠慮なく上がっちゃって?」
「お邪魔しまぁす」
風邪を引き学校を休む羽目になった涼太。
放課後、そのお見舞いに来た姫奈が、出迎えてくれた涼太の母親と挨拶を交わして玄関を上がる。
実家も同然に見慣れた間取りに迷うこともなく、階段を上り、真っ直ぐ涼太の部屋に向かう。
一度扉の前で立ち止まった。
昨日のこともある。
思いっきり失恋した泣き顔を見せてしまっただけでなく、色々な失態をしでかしたお陰で、改めて顔を合わせるのに若干の気まずさを覚える。
それでも、姫奈は「ふぅ……」と一つ息を吐き出すと、コンコンコンと三度扉を手の甲でノックした。
「リョウ君、入るよ~?」
ガチャ、とドアノブを捻る。
開いた扉の向こう側はオイルヒーターでいつも以上に暖かくされており、ベッドには毛布に包まれた涼太が仰向けになっていた。
姫奈は涼太がうつ伏せでないと寝られないのを知っている。
仰向けになっているということは、やはり調子が悪くあまり眠れないのだろう。
「んあぁ……ヒメか……」
「そうですよぉ、お姫様ですよぉ~」
後ろ手に扉を閉めてベッドの傍まで近付く姫奈。
涼太はそんな姫奈を迎えるべく、小さな唸り声と共に上体を起き上がらせた。
「ちょ、横になってなよ」
「ん~、大丈夫。だいぶ熱も下がってるから……」
「もぅ……」
姫奈は頬を小さく膨らませた。
涼太には無理をして欲しくない。
風邪を引いたのが自分のせいであるがゆえ、余計に。
それでもこうして涼太が平気を装って起き上がるのは、自分に余計な罪悪感を抱かせないための気遣いだろう。
(ホント、どこまで私のこと考えて……)
気遣いなんてお見通しと呆れる気持ち半分。
もう半分では、そんな涼太の優しさに胸の奥がじんわりと温められている気がしていた。
「ふわぁ……母さんは?」
「下にいるよ。でも、もうすぐパートに行くっぽい」
「そっか、今日遅番だっけか」
涼太は頭痛のする頭の中でおぼろげに把握している母親のスケジュールを思い起こし、後ろ頭を掻いた。
そして、気怠さの中に心配の色を滲ませた瞳で姫奈を見詰める。
「……ヒメ、大丈夫か?」
姫奈はキョトンと目を丸くするが、風邪を引いて学校を休み寝込んでいる相手に心配されるという状況が可笑しく思えて、意図せず呆れ笑いが零れた。
「病人が心配できる立場ですかねぇ?」
「病人が心配するくらいの状況だろ?」
そう言われては否定出来なかった。
昨日あれだけ泣き散らかしたのだから、言い逃れも不可能だ。
姫奈は曖昧な表情で肩を竦める。
「……ま、正直大丈夫……ではないかなぁ」
制服のブレザーの上から自分の胸に手を当てた。
「まだここが痛い……ぽっかり穴が開いたというよりは、抉り取られた感覚に近いかも」
そう語ってから、姫奈は涼太が心配そうに眉尻を下げていることに気付いて、安堵させるように微笑んだ。
「そんな顔しなくて良いよ。確かに今日学校行くのもちょっと怖かったけど、幸い蓮君ともクラス違うし、見掛けても別に目が合ったりしなかったし」
「そっか……」
姫奈にとっても蓮にとっても、もちろん涼太にとっても、今の姫奈と蓮の状況をほったらかしにしておくのは良くない。
姫奈は失恋のショックから蓮と関わることに少なからず恐怖を覚えているだろうし、蓮は蓮で姫奈を拒絶した罪悪感から積極的に関わろうとはしないはず。
そうなれば、二人の距離は時間経過に従って徐々に広がり、やがては関係性に終止符が打たれることになる。
それは、涼太も姫奈も蓮も……誰も望んでいない未来。
とはいえ――――
「まぁ、ひとまずはそれで良いんじゃないか? ヒメもそうだし、蓮だって気持ちを整理して冷静になる時間が必要だろ」
「そうだね……」
「そのあとのことは、俺に任せぇ――へぶしゅっ!!」
「あはは。もぅ、頼りないなぁ~」
格好の良い台詞を吐く前にくしゃみによって遮られた涼太に、姫奈はベッドの傍に置かれていたティッシュボックスを取って差し出す。
涼太は短く「さんきゅ」と鼻声で礼を言い、抜き取ったティッシュで鼻をかんで、すぐ傍のゴミ箱へ捨てた。
「……でも、ありがと」
「ん?」
唐突な感謝の言葉に涼太が顔を上げると、どこか照れ臭そうに微笑む姫奈の顔が見えた。
「私、色々……自暴自棄になってて、変なこと口走ったし……」
照れ臭さは次第に羞恥に変わり、頬を紅潮させる。
しかし、それでも姫奈は横顔に垂れる髪の毛を指で巻き取りながら話を続けた。
「もし、あんな流れで間違えてたら……きっと後悔してた。もう立ち直れなくなってたかも」
「ヒメ……」
「だから――」
姫奈は一歩下がってから、スッと顔が見えなくなるくらい頭を下げた。
「ありがとうございました」
幼馴染とは思えない他人行儀な感謝の言葉。
それは心からの礼を込めたからこその敬語なのか、それとも単に礼を言うのが気恥ずかしいからあえて畏まった感じにしたのか、涼太には判断がつかない。
ただ、どちらにせよこうして真正面から感謝されれば、妙なくすぐったさを覚えずにはいられなかった。
「困ったときは、お互い様だろ?」
「あはは。良い幼馴染持ったなぁ、私」
照れ隠しなのか、少々おどけたように笑う姫奈。
「ま、でも心配しないでよ」
改めて胸に手を置きながら、姫奈が言う。
「まだ胸が痛いし、思い出しただけで泣きそうになるけど……私の青春、失恋で終わるなんて絶対に嫌だから。ちゃんと乗り越えて、新しい恋でも探すよ」
「おぉ、強いな」
「ま、今すぐには怖いし、無理ですけど」
困ったように姫奈が笑う。
「恋愛なんて、自分のペースで良いんだよ」
「おぉ……この人恋愛マスターみたいなこと言ってる。恋愛経験ないのに」
励ましてもらってる相手になんて言い草だ、と涼太は半目を作って向けるが、姫奈は可笑しそうに笑っている。
「あっ、でも――」
何かを思い出した様子で、姫奈がグイッと顔を近付けてくる。
その表情には、どこか小悪魔味を感じさせる笑みが滲んでいた。
「リョウ君は恋してるんでしたっけ。わ・た・し・に」
「……っ!?」
カァ、と涼太は自分の顔が急激に熱くなるのを感じた。
昨日、姫奈を慰めるためならと半分勢いで告白――いや、暴露してしまった涼太の姫奈への想い。
「『少なくとも俺はヒメのことを女子として見てる、昔から、音瀬姫奈のことが好きだった。恋愛的に』……でしたっけ? ねぇ?」
あの感情の嵐の中で、今になっては涼太本人ですら復唱不可能な台詞を、どうして姫奈が一言一句違えず覚えているのかは謎だが、涼太の心中はそれどころではなかった。
「こ、コイツ……!!」
「あはは、昔っていつから?」
「知らんっ!」
「えぇ~、教えてくれても良いんじゃないですか?」
「おっと、またちょっと熱がぶり返してきたかもー」
涼太は抑揚の伴っていない声でそう言って、話題を無理矢理終わらせようとし、再びベッドに横たわる。
「ねぇ、いつから好きだったの? どれくらい好き? ねぇ、リョウ君ってばぁ」
姫奈の追及に、涼太は毛布を頭まで被って逃れることを選んだのだった――――
ここまで読み進めていただきありがとうございます!
第一章はこれにて終了!!
いかがだったでしょうか!?
本作のテーマ上、ヒロインが失恋するというところからようやく本編となりますので、ここから涼太と姫奈がどんな青春を紡いでいくのかを今後も見守っていただければ幸いです!
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ではっ!!




