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第01話 初恋の自覚

「あぁ……もう、どうでもいいや……」


 九月下旬。

 ザァー、と窓の外で降りしきる秋雨の音が部屋の中によく響くので、その声は半分ほど掻き消されていた。


 それでも、清水(しみず)涼太(りょうた)の耳はかろうじてその声を聞き取った。


 照明の点けられていない薄暗い自分の部屋。

 ベッドの上に力なく身を投げ出し、顔を隠すように右腕を持ってきて仰向けになっているのは、幼馴染で同級生の少女――音瀬(おとせ)姫奈(ひめな)


「ねぇ、リョウ君……」


 今にも消え入ってしまいそうな姫奈の呟きは、やはり雨音より小さい。


 しかし、涼太の聴覚から一時的に雨音を掻き消すには充分すぎる一言だった。


「私のこと、メチャクチャにしてよ……?」


 無気力な幼馴染の声。

 自暴自棄になった親友の声。

 涼太の好きな人の声で、そして…………


 紛れもない“負けヒロイン”の声だった。


 どうしてこんな結末を迎えたのか。

 それを語るには、話を小学生時代にまで遡る――――



◇◆◇



 とっくにほとんどの生徒が帰路に就いた放課後。


 茶色のランドセルを背負った涼太が、どのクラスメイトの姿も見当たらない五年二組の教室に小走りで入り、教壇の目の前に位置する自分の席へ向かう。


 机の中に手を突っ込むと、指先が何かの冊子に触れる。

 迷わず取り出せば、案の定それは目的の忘れ物――漢字練習帳だった。


「よかった、あったあった……」


 担任の先生は提出物にうるさい。

 このまま忘れて帰ってしまっていたら、宿題が出来ずに後日先生に小言を言われるところだった。


「よしっ」


 涼太は漢字練習帳を手早くランドセルに仕舞い、早足で教室を出た。


 廊下を走るな~、と注意する教師もいない。

 階段を駆け下り、最後の何段かはジャンプして飛ばし、校舎一階の靴箱で上履きから外靴へ履き替える。


 玄関を飛び出せば、目の前にはグラウンドが広がっている。

 運動系のクラブに所属する生徒が活動している光景を横目に、道なりに小走り。


 少しすると、校門の手前に彩りを添える花壇が見えてきて、その縁に見知った二人が腰掛けているのが確認出来たので、徐々に足の速さを緩める。


 一人は焦げ茶色の髪と目を持つ少年、神代(こうじろ)(れん)

 同級生の中では少し背が高く、幼いながらに顔も整っている。


 もう一人は肩口辺りまで伸びる胡桃色の髪と榛色の瞳を持つ少女、音瀬姫奈だ。


 こちらもそうそう見掛けないほどの美少女なため、蓮と二人だけで花壇周辺における顔面偏差値が超名門進学校レベルに達してしまっている。


 二人とも、涼太にとって物心ついたときから一緒にいるかけがえのない大切な幼馴染だ。


(相変わらず仲いいな、アイツら)


 ゆっくり二人の方へ近付いていきながら、涼太は小さく笑う。


 二人で何を話しているのかはわからないが、表情からして楽しい内容であることは間違いないだろう。


 実に微笑ましい光景。

 涼太にとっても見慣れた光景。


 しかし、何故かこの瞬間、涼太は自分の足が少し重たくなるのを感じた。

 見上げれば晴れ空だというのに、胸の奥には雲が掛かる。


(なんだろう……?)


 自分でもよくわからないモヤモヤ。

 決して気分が良いとは言えなかった。


 わけがわからない感情に困惑しながら、それでも一歩一歩進んでいると、姫奈が可笑しそうに笑いながら蓮の肩に手を乗せたのが見えた。


「…………」


 思わず涼太は立ち止まった。


 立ち込めた雲は雨雲か雷雲か。

 チリチリと胸を刺すような焦がすような痛みと、ギュッと心臓が掴まれるような感覚。


 涼太は幼馴染の二人が大切だ。

 姫奈が好きだし、蓮も好き。


 それでも、素直に…………


(なんか、やだな……ヒメが蓮と二人で仲良くしてるの……)


 そう思ってしまった。


 これまで思ったこともない感情。

 嫉妬という名の、抱かずにはいられないが抱けば自分が酷く惨めな存在であるかのように思えてしまう厄介な感情。


「あっ、涼太戻ってきたみたいだね~」


 涼太が忘れ物を取って戻ってきたことに気付いた蓮が、気さくに手を振ってくる。


 対して、姫奈は花壇の縁から腰を上げると、先程までの楽しそうな笑顔はどこへやら、不満げに半目を向けてきた。


「もぅ~、リョウ君遅いんですけどぉ~」

「あ、あはは。悪い悪い」


 二人が向けてくる視線に、涼太は消化しきれない感情を一旦胸の奥に押し込んだ。


 止めていた足を再び動かして二人のもとに駆け寄ると、蓮も傍に置いていた自分の黒いランドセルを背負って立ち上がる。


「よし。三人揃ったし、帰ろうか」

「私達を待たせた罰として、リョウ君は私のランドセル持って帰ること」


 そう言って姫奈が差し出してくる水色のランドセルを、涼太は渋々受け取った。


「俺ん()までか?」

「私ん家!」

「あたしンち?」

「うっざぁ~」


 そうは言うものの、姫奈の口角は上を向いている。

 傍で二人の会話を聞いていた蓮は「ホント仲良いなお前ら」と楽しげに笑った。


「まぁな」

「え~、どこがぁ~?」


 ニヒルな笑みを浮かべる涼太と、渋い顔をする姫奈。


 そんなやり取りをしながら誰からともなく歩き始め、三人揃って校門を出た。


「ってか、ヒメちゃんランドセル別に涼太ん家まで運んでもらってもいいんじゃない? 家隣だし」

「ちょ、蓮君までリョウ君みたいなこと言う~」

「流石は俺の親友だな、蓮」

「ははっ、任せてよ涼太」


 楽しい時間。

 三人でいれば、何てことのない会話だって楽しい。


 涼太は本心からそう思った。

 しかし、さっき感じたモヤモヤもまた紛れもない本心。


 姫奈が自分のいないところで蓮と仲良くしているとモヤッとするし、姫奈が自分に見せない笑顔を蓮に向けているとモヤモヤする。


(え、ちょっと待って……?)


 いつも通りの何ら変わらない三人での帰り道。

 涼太は隣を歩く姫奈の横顔にチラリと視線を向けた。


(俺、もしかしてコイツのこと……す――)


「……なに?」


 ドキッ、と心臓が跳ねた。

 姫奈が向けてくる怪訝な表情に、涼太は咄嗟に――――


「――好きじゃねぇし、別に……!」

「え、何が? 急にどうしたの……?」

「……あ、いや。何でもないです」


 じわぁ、と顔が熱くなるのを誤魔化すように、涼太は歩くペースを速めた。

本作品を手に取っていただきありがとうございます!!


読み進めて「面白い!」「続きが読みたい!」と思ってくださった方は、作者のモチベーション向上に大いに繋がりますので、是非とも『☆☆☆☆☆評価』『ブックマーク登録』をよろしくお願いします!!


ではっ!!

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