第9話:お嬢様、女帝になる(のは絶対イヤですわ!)
夜明けの光と共に、食料庫襲撃事件は幕を閉じました。裏切り者のクラン男は、ダリオによって縄でぐるぐる巻きにされ、縦ロールヘアになった隣国の刺客たちと共に、牢屋(という名の、ただの頑丈な岩屋ですが)へと連行されていきましたわ。
ガイオス族長は、エルマ婆さんやダリオから事の次第を聞き、険しい顔で腕を組んで唸っていました。
「隣国の奴らめ……まさか、本気でこのクランを探っていたとはな。油断も隙もあったもんじゃないわい。裏切り者には厳罰を下すが……刺客どもはどうしたものか。何か情報を引き出せるかのう?」
エルマ婆さんが「尋問は儂に任せよ。少々、口が軽くなる薬草もあるでの」と不敵な笑みを浮かべています。……恐ろしいですわ。
さて、事件の真相がクラン中に伝わると、それはもう大変な騒ぎになりました。わたくし、リアナ・ファルシアを見るクラン民たちの目が、一夜にして劇的に変わったのです!
「リアナ様! あんたのおかげで、俺たちの食料が守られたんだってな! ありがとうよ!」
「あの魔法、本当にすごかったらしいじゃないか! 見たかったぜ!」
「うちの子が、あんたみたいになりたいって、日傘振り回してるんだよ!」
道行く先々で、感謝の言葉や称賛の声がかけられます。中には、おずおずと花輪(もちろん、わたくしが咲かせたファンシーな花で作られています)を差し出してくる子供たちまで。「たてロール! たてロール!」と、昨夜のわたくしの魔法(の、変な副産物)を真似してはしゃいでいます。……まあ、子供は可愛らしいですけれど、その呼び方はやめていただきたいですわね!
以前、わたくしを疑いの目で見ていた保守派の長老たちも、さすがに今回の件では表立って文句は言えないようで、特に筆頭のゴルド長老は、遠くから苦虫を百匹ほど噛み潰したような顔でこちらを睨んでいるだけです。ふふん、少しはわたくしの凄さが分かりましたこと?
そんな変化に、わたくしが少しだけ(ほんの少しだけ、ですわよ?)気分を良くしていた、その時。
後片付けで賑わう広場に、ガイオス族長の朗々とした声が響き渡りました。
「いやー、それにしてもリアナ! 昨日の働きは、実に天晴れであったぞ! あの状況で、悪党どもを懲らしめ(ついでに面白い髪型にし)、クランの危機を救うとは! やはりお前……わたくしが思った通り、女帝の器かもしれんのう! がっはっはっは!」
で、出ましたわ! その『女帝』発言!
「じょ、じょじょじょ、女帝ですって!? ご冗談は、よしこさん…いえ、おやめくださいまし、族長!」
わたくしは、全力でぶんぶんと首を横に振りました。
「わたくし、そういう責任の重い役職とか、面倒事は大の苦手なんですの! 美味しいものをたくさん食べて、ふかふかのベッドで昼寝して、たまにお洒落をして……そうやって優雅に暮らせれば、それで満足なんです!」(←本音がダダ洩れですわ)
わたくしの全力拒否に、周囲の反応は様々でした。
「まあ! 女帝リアナ様! なんて素敵な響きでしょう! わたくし、リアナ様が女帝になられた暁には、生涯、忠誠を誓い、お側でお仕えいたしますわ!」
ティラが、瞳を潤ませながら感激しています。……重いですわ、その忠誠。
「はっ、誰が女帝だ、笑わせんな!」ダリオが、いつものように憎まれ口を叩きます。「こいつにクランがまとめられるかよ。……まあ、今のヘタレで甘党の族長よりは、ちったぁマシかもしれねぇがな」
……あら? 今、少しだけ、ほんの少しだけ、わたくしを褒めませんでした? 聞き間違いかしら?
そして、エルマ婆さんは、顎に手を当てて静かに呟きました。
「ふむ……あながち、突拍子もない話でもないのかもしれんのう。このクランは、長いこと停滞しておる。変化が必要じゃ。そして、変化には、時に常識外れの強い力と……それを恐れずに振るえる者が、導き手として必要になることもあるからの」
なんだか、含みのある言い方ですわね……。
(女帝……じょてい……。響き自体は、悪くはありませんわね。歴史上の偉大な女帝たちのように、後世に名を残す……なんて。それに、女帝になったら、毎日三食、豪華なデザート付きは確実でしょうし、王都から一流シェフを呼び寄せて、専用のパティシエも雇って……? い、いえいえ! いけませんわ、リアナ! そんな不純な動機で、国のトップに立とうなどと考えては!)
わたくしは、頭の中で繰り広げられる甘美な妄想と、現実の面倒事を天秤にかけ、激しく葛藤していました。確かに、オアシスを作り、食料庫の事件を解決したことで、このクランに対する責任感のようなもの、そして、ティラや、ダリオや、エルマ様といった仲間たちへの、奇妙な愛着のようなものが芽生え始めているのも事実なのです。
とはいえ、わたくしの辺境ライフは、相変わらず地味なものです。食事は……まあ、以前よりは少しマシになった気がしますが、それでも王都の食卓には遠く及びません。ダリオとは、顔を合わせれば売り言葉に買い言葉の応酬。ティラは、甲斐甲斐しくお世話を焼いてくれますが、時々その熱意が空回りしています。そして、エルマ婆さんからは、相変わらず小言と、難解な薬草講座が……。
そんなある日、エルマ婆さんと薬草畑(わたくしが咲かせたファンシーな花々が、なぜか薬草の生育を助けているらしいのです)の手入れをしていると、婆さんがポツリと言いました。
「オアシスはできたが、このままでは水が勿体ないのう。畑まで効率よく水を引くには、しっかりとした灌漑設備が必要じゃ」
「それから、薬草をもっと安定して育てるには、この痩せた土地の土壌改良も考えねばならん……」
灌漑? 土壌改良?
その言葉に、わたくしの頭の中で、かつて叩き込まれた知識が蘇りました。王都の女学校で、退屈で退屈で仕方なかった、あの荘園管理の授業……!
「まあ、灌漑ですって? それでしたら、確か水路の勾配計算には測量術が基本ですし、土壌改良には、土地の性質に合わせた適切な肥料の配合が必要不可欠ですわ。例えば、この土地なら、家畜の糞と……あら? この辺りに生えている、あの変な色の苔も使えそうですわね?」
わたくしが、何気なく口にした知識に、エルマ婆さんは目を丸くしました。
「ほう……嬢ちゃん、意外なところで役に立つ知識を持っておるんじゃな」
(ふふん、当然ですわ! わたくし、やればできる子なんですのよ!)
その時、わたくしは閃きました。
(そうですわ! 女帝になるのは面倒で絶対イヤですけれど、このクランを、わたくしの知識で、もっと豊かに、もっと快適にして差し上げることは可能ですわ! そうすれば、美味しい食べ物だって……!)
むぅ……仕方ありませんわね……。
このままでは、せっかくできたオアシスも宝の持ち腐れ。わたくしの輝かしい未来の食生活(と、ついでにクランの未来)のためにも、ここは、このわたくしが一肌脱いで差し上げなければ!
わたくしは、わざとらしく咳払いを一つすると、少しふんぞり返って(気持ちだけですが)宣言しました。
「仕方ありませんわね! このクランの発展のために、このリアナ・ファルシアが! ほんの少しだけ! あくまで、ほんの少しだけですけれど、運営に協力して差し上げてもよろしくてよ? 光栄に思いなさい!」
その、どこまでも上から目線な宣言を聞いていたガイオス族長が、待ってましたとばかりに、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべました。
「そうこなくてはな、リアナ! さすがわしが見込んだ女じゃ! よし、決めた!」
族長は、高らかに宣言しました。
「近々、正式に『女帝候補』として、お前をクランの皆に紹介する、盛大な集会を開くぞ! 心の準備をしておくがよい!」
「ええええええええ!? ちょ、ちょっと待ってくださいまし! 話が違いますわーーーーー!!!」
わたくしの絶叫も虚しく、事態はとんでもない方向へと、猛スピードで転がり始めてしまったようですわ……!
(第九話 了)