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第8話:お嬢様、悪を成敗する(ついでに髪型も変えますの?)

 夜の闇は、息を潜めるには最適……なのでしょうけれど、正直なところ、わたくしのお腹の虫には最悪の環境ですわ。


(ぐうぅぅぅ……。ああ、お腹が空きました……。こんなところに隠れていないで、温かいスープと、ふわふわのパンをいただきたい……。せめて、ポケットに忍ばせたビスケットの一つでも……)


 わたくしがこっそりポケットを探ろうとすると、隣に潜んでいたダリオから、小声ながらも鋭い肘鉄が飛んできました。

「黙ってろ、腹が減るだろうが! 気配を殺せ、お嬢!」

(むぅ……! このわたくしに向かって、お嬢とは何ですの! ……まあ、実際お腹は鳴っておりますけれど)


 反対隣では、ティラが緊張のあまり、まるで石像のようにカチコチになっています。大丈夫かしら、この子。そして、少し離れた場所では、エルマ婆さんが、まるで夜の一部になったかのように、静かに周囲の気配を探っています。流石ですわね。エルマ婆さんは、眠気覚ましだという苦い薬草の葉を皆に配りましたが、わたくしは丁重に(顔をしかめて)お断りしましたわ。あんなもの、口にするくらいなら、空腹で気絶した方がマシです。


 息を殺して待つこと、どれくらい経ったでしょうか。月が厚い雲に覆われ、辺りが一層深い闇に包まれた、その瞬間でした。


 カサリ、と物音がして、数人の人影が音もなく食料庫に近づいてきました。先頭に立つのは、昼間も見かけた、どこか頼りなげなクランの男。その後ろには、黒っぽい異国の服を纏った男たちが三人も続いています。間違いない、犯人たちですわ!


 クランの男は、手慣れた様子で食料庫の扉の鍵を外し、中から次々と穀物の袋や干し肉の塊を運び出し始めました。異国の男たちは、それを無言で受け取り、近くに隠してあったらしい荷車へと手際よく積み込んでいきます。計画的で、悪質な犯行……!


(許せませんわ!)


「そこまでですわ!」


 わたくしは、練習しておいた決め台詞(ちょっと時代劇っぽいですけれど)と共に、物陰から飛び出しました!

 それを合図に、影の中から弾丸のように飛び出したのはダリオ! まさに電光石火の速さで、裏切り者のクラン男に飛びかかり、あっという間に地面に組み伏せました。

「てめぇ、やっぱり犯人はお前だったか! このクソ野郎!」

「ひぃぃ! 助けてくれ!」


 わたくしも、護身用に持っていた日傘(辺境に来てから初めて役に立ちましたわ!)を構え、ティラも震えながら、どこからか拾ってきた小石を投げつけて援護します。(……あら? 今、わたくしの頭に当たりませんでした?)


「何者だ!?」


 突然の襲撃に、異国の男たちは一瞬驚いたようでしたが、すぐに表情が一変しました。その目つきは、ただの商人ではありません。鋭い殺気が、びりびりと肌を刺します。

 彼らは懐から、キラリと光る短剣や、見たこともないような奇妙な形の投げナイフを取り出しました。


「……邪魔者は、消す」


 低い声と共に、三人の刺客が、わたくしたち目掛けて襲いかかってきたのです!


「くそっ!」


 ダリオは、裏切り者を押さえつけながらも、飛んできた投げナイフを紙一重でかわします。しかし、一人で三人を相手にするのは分が悪い。


「きゃあっ!」ティラが悲鳴を上げ、わたくしの背中に隠れます。

 エルマ婆さんが、懐から何やら怪しげな粉を刺客たちに向かって投げつけました!

「ゲホッゲホッ! な、なんだこの煙は!」

 目くらましにはなったようですが、刺客たちはすぐに体勢を立て直し、鋭い刃を煌めかせて迫ってきます!


 まずいですわ! このままでは、ダリオも、エルマ様も、ティラも……! わたくしが、守らなければ!


(思い出せ、エルマ様の言葉を……! 怒りや憎しみではない……守りたい、という『願い』を力に変えるのですわ!)


 わたくしは、恐怖で震える足を叱咤し、仲間たちの前に立ちはだかりました。

「皆さまから、お離れなさい! この無礼者ども!」

 わたくしは、日傘をビシッと彼らに突きつけ、宣言しました。

「わたくしのお仲間を傷つけることは、このリアナ・ファルシアが、断じて許しませんわ!」


 両手を前に突き出す。すると、今度はあの禍々しい黒いオーラではなく、胸の中心から温かい、淡い金色の光が集まってくるのを感じました。……まあ、なんて上品な輝きでしょう! わたくしにぴったりですわ!


「お行儀が悪いのは、お嫌いですのよ!」


 わたくしは、力を込めて叫びました!


「喰らいなさい! 『淑女の嗜み・躾けのレディーズ・マナー・ウィップ』!!」


 金色の光が、まるで意思を持った鞭のようにしなり、目にも留まらぬ速さで三人の刺客たちを打ち据えました! ビシィッ! バシィッ! と、なんとも小気味のいい音が響き渡ります!


「ぎゃっ!」「ぐわっ!」「あべしっ!」


 刺客たちは、それぞれ情けない悲鳴を上げて、綺麗な放物線を描いて吹っ飛び、地面に叩きつけられて……そのまま、ぴくりとも動かなくなりました。あら? 気絶してしまったようですわね。思ったより威力があったかしら?


 ……と、よく見ると。

 気絶した刺客たちの髪型が、なぜか全員、揃いも揃って、綺麗で見事な『縦ロール』になっているではありませんか! まあ、なんてエレガント! わたくしの魔法、美意識まで高いようですわね! うふふ!


 わたくしの(ちょっと不思議だけど効果抜群の)魔法と、その隙にダリオが裏切り者を完全に拘束したことで、食料庫襲撃事件は、あっけなく解決したのでした。


「……ったく、とんでもねぇ魔法だな、相変わらず」

 ダリオが、縦ロールになって気絶している刺客たちを見て、呆れたように呟いています。

「リアナ様、すごいです!」ティラは目をキラキラさせています。

「ふむ……殺さずに無力化するとはな。少しは制御を覚えたようじゃな。……髪型は解せんが」エルマ婆さんも、感心したような、呆れたような顔。


 その後、ダリオに締め上げられた裏切り者は、洗いざらい白状しました。やはり、金に目がくらみ、隣国の商人を装った工作員に、クランの情報を流す見返りに、食料の横流しを手伝っていたとのこと。隣国の目的は、クランの食料事情を探って内部から揺さぶりをかけること、そして、最近クランに現れたという「不思議な力を持つ女(わたくしのことね!)」の情報を得ることだったらしいのです。


「まさか、隣国がそこまで……」エルマ婆さんが、険しい表情で呟きます。どうやら、事態はわたくしが思っていたよりも、少し根が深いようですわ。


 東の空が、ようやく白み始めていました。夜通しの張り込みと戦闘(?)で、体は疲労困憊。けれど、仲間と力を合わせ、クランの脅威(と、わたくしの胃袋の危機)を未然に防いだことで、胸の中には確かな達成感が満ちていました。


(わたくしにも、できることがある。この場所で、この力を使って……)


 そしてもちろん、忘れてはいけないのが、猛烈な空腹感ですわ!


 そんなことを考えていると、騒ぎを聞きつけたガイオス族長が、数人のクランの屈強な男たちを連れて駆けつけてきました。拘束された裏切り者と、縦ロールになって転がる刺客たち、そしてわたくしたちを見て、族長は全てを察した様子。


「……見事だ、リアナ」

 族長は、わたくしの働きを力強く認めました。その顔には、驚きと、そして確かな評価の色が浮かんでいます。

「お主の働き、このガイオス、確かに見届けたぞ」


 そして、族長はニヤリと、どこか意味ありげな笑みを浮かべて続けました。


「これだけの力と、仲間からの信頼……。そして、悪党を縦ロールにするそのセンス……。あるいは、お主こそが、この荒んだ辺境のクランをまとめ上げる、新たな『長』――いや、『女帝』に相応しいのかもしれんな……!」


 ……じょ、女帝ですって!?


 わたくしの、波乱万丈すぎる辺境ライフは、どうやら、とんでもない方向へと舵を切ろうとしているようですわ……!


(第八話 了)

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