第7話:お嬢様、名探偵になる(胃袋のために!)
「――リアナ」
低い声に呼び止められ、振り返ると、そこには険しい表情のガイオス族長が立っていました。わたくし、何かまた粗相をいたしましたかしら?
「少し、話がある」
族長はそう言うと、わたくしを少し離れた岩陰へと促しました。なんだか、密談のようでドキドキいたしますわ。
「リアナ、先程のオアシスの件、大儀であった」
まずは労いの言葉。まあ、当然ですわね、と内心で頷きます。
「正直、あの魔法には驚いた。……良くも悪くも、な」
族長は、そこで言葉を切ると、苦虫を噛み潰したような顔になりました。
「お前のあの力のおかげで、クラン内に妙な波風が立っておるのも、また事実じゃ。長老連中……特にゴルド様は、お前のことを快く思っておらん」
それは、先程の集会で嫌というほど分かりましたわ。
「そこでじゃ」族長は、わたくしの目をじっと見据えました。「お前に一つ、その力を……いや、お前の『能力』を、クランのために役立てていると、皆に示すための働きをしてもらいたい」
(能力、ですって? わたくしの完璧な淑女としての嗜みとか、そういうことですの?)
期待に少し胸を膨らませたわたくしに、族長が告げた内容は、予想の斜め下を行くものでした。
「最近、クランの食料庫の備蓄が、妙に減りが早いという噂が立っておる。原因は分からん。ネズミか、管理のミスか……あるいは……。この原因を、お前に突き止めてほしいのじゃ」
しょ、食料庫の調査ですって!?
なんですの、その地味な任務は! もっとこう、華やかな社交界での情報収集とか、そういうのを期待しておりましたのに!
「もし、お前がこの問題を解決できたなら、お前の『価値』を皆に示すことができる。そうすれば、頭の固い長老たちも、少しは黙るじゃろうて」
そう言いながら、ガイオス族長は懐から大きな干し杏を取り出し、むしゃむしゃと頬張り始めました。……本当に甘いものがお好きなようですわね。
(ええー……正直、面倒ですわ……。でも、食料問題は、わたくしの胃袋にも直接関わる重大事! それに、ここで手柄を立てれば、わたくしの名誉回復にも繋がる……かもしれない?)
貴族たるもの、常に計算高くなくてはなりません。わたくしは、内心の損得勘定を素早く済ませると、にっこりと微笑んで答えました。
「承知いたしましたわ、族長。このリアナ・ファルシア、ファルシア公爵家令嬢として培った鋭い洞察力と、完璧な推理力をもって、必ずや食料庫の謎を解き明かし、真相を突き止めてご覧にいれますわ!」
(まあ、推理小説を少々嗜んだ程度の知識しかございませんが、そこは勢いで!)
こうして、わたくしは図らずも「探偵役」を拝命することになったのです。
早速、わたくしは協力者を集めることにしました。まずは、わたくしの忠実なる(?)信奉者、ティラ。それから、知恵袋のエルマ婆さん。この二人は、快く(エルマ婆さんは若干面倒臭そうに)引き受けてくれました。
問題は、ダリオです。案の定、声をかけると、
「はぁ? 食料庫の調査? なんでオレ様が、そんな地味で面倒くせぇこと手伝わなきゃなんねーんだよ!」
と、けんもほろろ。
しかし、そこはエルマ婆さん。「お前も、自分の食い扶持が減るのは困るじゃろう。それに、これは族長からの直々の依頼じゃ。ついでに、このお嬢ちゃんの監視役も兼ねてじゃな」と、有無を言わせぬ圧力(と若干の脅迫)をかけると、ダリオは「……チッ、分かったよ! やりゃいいんだろ、やりゃ!」と、渋々ながらも捜査チーム(?)に加わることになったのです。ふふん、チョロいですわね。
さて、捜査開始ですわ!
まずは基本の聞き込みから、とわたくしはクランの人々に話を聞いて回ることにしました。貴族たるもの、情報は足で稼ぐのです! ……まあ、普段は侍従にやらせておりましたが。
「ごきげんよう。わたくし、リアナ・ファルシアと申しますわ。近頃、食料庫に関して何かおかしな点、お気づきになったことはございませんでしたこと? 例えば、夜間に不審な物音がしたとか、妙な人影を見かけたとか……? ねぇ、正直にお話しにならないと、よろしくなくってよ?」
わたくしは、できるだけ優雅に、かつ威厳を持って(つもりで)尋ねて回りましたが、どういうわけか、皆さん一様に顔を引きつらせ、「さ、さあ……何も知りませんで……」と、そそくさと逃げていってしまいます。解せませんわ。
ティラも一生懸命聞き込みをしてくれましたが、「皆さん、知らないって言ってました!」と、純粋すぎて全く情報を引き出せていません。うーん、前途多難ですわね。
一方、意外な活躍を見せたのがダリオでした。彼は、わたくしたちとは別に、何やら怪しげな仲間(?)たちと接触し、「よぉ、最近なんか変わったことねぇか?」的な、非常に砕けた(というか、柄の悪い)聞き込みで、有力な情報を掴んできたのです。
「最近よぉ、この辺で見慣れねぇ奴らがコソコソうろついてるって話だぜ。それから、夜中に食料庫の方から、何かデケェもんを運んでる奴らがいたって目撃情報もある」
まあ! やりますわね、ダリオ! 見直しましたわ!(ほんの少しだけ)
さらに、エルマ婆さんは、食料庫の周辺を丹念に調査し、
「ふむ……これは、クランでは使わん種類の油の匂いじゃな。輸入品か? それに、この妙な足跡……普通の草履ではない。どこか異国の……」
と、鋭い指摘。
集まってきた断片的な情報。見慣れない者たちの影、夜中の運び出し、異国の油の匂い、奇妙な足跡……。
わたくしの頭脳(と、かつて読んだミステリー小説の記憶)が、フル回転を始めましたわ!
「分かりましたわ!」わたくしは、ポン!と手を打ちました。「全てのピースが繋がりました! 犯人は……夜な夜な食料庫に忍び込み、盗んだ最高級の食材を使って、秘密の地下レストランで満漢全席を開いている、国際的なグルメ秘密結社ですのよ! きっと、王都から追放された、伝説の料理人『闇のシェフ・フランソワ』あたりが糸を引いているに違いありませんわ!」
「「「…………」」」
わたくしの完璧な推理に、ティラは「さ、さすがリアナ様! すごい!」と目を輝かせていますが、ダリオとエルマ婆さんは、揃って深いため息をつき、「アホか、お前は」「……話にならんわい」と呟いています。失礼な!
「いや、でもよぉ」ダリオが、呆れながらも口を開きました。「その『見慣れねぇ奴ら』ってのが、外部の奴らだとしたら、誰か内部に手引きしてる奴がいるって考えるのが普通じゃねぇか?」
「ふむ」エルマ婆さんも頷きます。「油の匂いと足跡からすると、おそらく隣国の砂漠の民……おそらくは商人が関わっておるじゃろうな。クランの誰かが、食料を横流しして、そいつらに売っておる……と考えるのが妥当じゃろう」
「まあ! では、このクランの中に裏切り者がいると!? そして、隣国のスパイと繋がっている……! なんて破廉恥な! これは、ファルシア家の名誉にかけて、断じて見過ごせませんわ!」
わたくしは、グルメ秘密結社説はあっさり捨て去り、今度はスパイ組織との対決に俄然やる気を出しました。
「こうなったら、現行犯で押さえるしかありませんわ!」わたくしは高らかに宣言しました。「今夜、食料庫を張り込みますわよ! 裏切り者と、その黒幕を、このわたくしが捕らえてご覧にいれます!」
「はい! リアナ様!」ティラが元気よく敬礼します。
「やれやれ、とんだことになったわい……」エルマ婆さんが、肩を竦めます。
そして、ダリオは。「……ったく、どこまで面倒事に首突っ込みゃ気が済むんだ、このお嬢は。……仕方ねぇな。どうせなら、派手にやろうぜ」と、不敵な笑みを浮かべるのでした。
こうして、わたくしたち「チーム・リアナ(仮称)」は、食料庫での夜間張り込み作戦を決行することになったのです。果たして、闇に潜む裏切り者の正体とは? そして、わたくしの胃袋の平和は守られるのでしょうか!?
(第七話 了)