第6話:お嬢様、反感を買う(ご馳走はお預けですの?)
「やりましたわ! これで美味しい果物も夢ではありませんわね!」
わたくし、リアナ・ファルシアは、生まれたてのオアシス(と、その周りに咲き誇るファンシーな花畑)を前に、達成感と食欲に満ち足りた気分で、それはもう上機嫌でございました。ええ、この時までは。
意気揚々とクランに戻ったわたくしたちを出迎えたのは、予想していた熱烈な歓迎……だけではありませんでしたわ。
「聞いたか? あの王都の嬢ちゃんが、枯れた泉を蘇らせたって!」
「本当か!? そりゃすげぇ!」
「これで水不足も少しはマシになるな! ありがてぇ!」
そんな喜びの声が上がる一方で、ひそひそと交わされる、こんな囁き声も、わたくしの耳に入ってきてしまったのです。
「……でも、あの魔法、なんだか気味が悪いわよね」
「そうそう、よそ者の、しかも王都の貴族の力なんて、信用できるもんかねぇ」
「何か裏があるに違いないわ。きっと、我々を油断させるための罠よ」
(あらあら……? なんですの、その言い草は。わたくしが、どれだけこの地に潤いを、と願って力を込めたと思っているのですか! ……まあ、美味しい果物への下心も少々ございましたけれど!)
どうやら、エルマ婆さんの懸念は的中したようですわね。わたくしの(うっかり)起こした奇跡は、必ずしも全ての人に歓迎されているわけではないらしい。……解せませんわ。
そして、その空気は、すぐに具体的な形でわたくしたちの前に現れました。クランの集会所である広場に呼び出されたのです。そこには、ガイオス族長と、数人のいかめしい顔つきの長老たちが待ち構えていました。特に中心に座る、皺くちゃで、まるで干しプラムのような顔をした老人――保守派の筆頭格、長老ゴルドの眼光は、鷹のように鋭くわたくしを射抜いています。
「さて……」ゴルド長老が、しわがれた声で口火を切りました。「王都から来た小娘よ。リアナ、と申したか。お主が、我らの土地で得体の知れぬ『魔法』とやらを使ったというのは、まことか?」
(まあ、失礼な。『得体の知れぬ』ですって? エルマ様がちゃんと『復讐魔法』だと教えてくださいましたのに。……もっとも、わたくしもよく分かっておりませんが)
わたくしは、ぐっと胸を張り、淑女らしく(内心の不満は隠しつつ)答えました。
「ええ、わたくしですけれど。何か問題でもございますこと?」
「問題が大ありじゃ!」ゴルド長老が、杖で地面をドン!と突きながら声を荒らげました。「よそ者が! それも我らを追いやった王都の貴族が! 我らの土地に、我らの許しもなく、勝手に得体の知れぬ力で手出しするなど! 断じて許されることではないわ!」
他の長老たちも、口々に騒ぎ立てます。
「そうだそうだ! 得体の知れぬ力は、古来より災いを呼ぶと決まっておる!」
「あの派手な花畑を見よ! 自然の摂理に反する、不吉の兆しじゃ!」
「もしや、王都の差し金ではあるまいな? 我らを油断させ、内部から崩壊させるつもりか!」
(まあまあまあ! 言いたい放題ですこと! 不吉ですって? こんなに可愛らしいお花ですのに! それに、わたくしは追放された身。王都の差し金も何もございませんわ!)
あまりの言い掛かりに、わたくしはカッとなって言い返しました。
「まあ、失礼な! わたくしは、皆さまのために良かれと思って協力して差し上げたのですわ! それに、現に素晴らしいオアシスができたではございませんか? 文句がおありなら、今後、あの美味しいお水(と、将来実るであろう果物)を飲まなければよろしいでしょう!」
しまった、と内心で思いましたが、もう遅い。わたくしの(若干論点のズレた)反論に、ゴルド長老は「な、なんという口の利き方じゃ! この小娘!」と顔を真っ赤にして激昂。議論は完全にヒートアップしてしまいました。
「待ってください! リアナ様は、悪意なんてありません! 私たちのために、力を貸してくださったんです!」
ティラが必死にわたくしを庇ってくれますが、長老たちの剣幕に押され気味です。
「まあまあ、皆、少し落ち着け」
ガイオス族長が、困り果てた顔で間に入ります。その巨体とは裏腹に、なんとも頼りない。
「リアナの力が役立ったのは事実じゃ。水は、我らにとっては何よりの恵みじゃからのう。しかし、長老たちの懸念も……うーむ……分からんでもない……」
そう言いながら、ちらりと懐に手を入れるのが見えました。……あら? また干し果物かしら? この族長、見かけによらず甘党ですのね。
議論が完全に平行線を辿り、広場の空気が重くなった、その時でした。
今まで黙って壁際に立っていたダリオが、ボソリと呟いたのです。
「……結果が出てるんだから、いいじゃねぇか」
え? と、全員の視線がダリオに集まります。
「水が増えたのは事実だろ。いつまでも昔のことにこだわって、ぐちぐち言ってんじゃねぇよ。そんな暇があるなら、その水をどう活かすか、考えた方がよっぽどマシだぜ」
ぶっきらぼうな、けれど核心を突いた言葉。ゴルド長老が「ダリオ! 貴様までこの小娘の肩を持つのか!」と睨みつけますが、ダリオは「別に肩なんか持ってねぇよ。事実を言っただけだ」と、ふいと視線を逸らしました。
(まあ……! ダリオが、わたくしの味方を……? い、いえ、これは別にわたくしのためではなく、ただ合理的な判断をしただけですわよね? そうに決まってますわ! ……でも、少しだけ、ほんの少しだけ、見直しましたわ)
「ダリオの言うことも一理ある」エルマ婆さんが、すかさず冷静な声で場を収めます。「リアナの力は確かに未知数じゃ。扱いを間違えれば危険なのも事実。じゃが、恐れてばかりでは何も変わらん。ここは、もう少し様子を見るということでどうじゃろうか? 力の管理は、これまで通り、儂とダリオが責任を持って行う。これでどうじゃ?」
エルマ婆さんの提案に、ゴルド長老はまだ不満そうでしたが、ぐうの音も出ない様子。他の長老たちも、渋々といった感じで頷きました。
こうして、集会は一応の決着(というか、保留?)を見ましたが、わたくしの心は晴れませんでした。良かれと思ってしたことが、クランの中に新たな亀裂を生んでしまった……。自分の力の使い方について、もっと慎重になるべきだったのかもしれません。
(はぁ……なんだか、どっと疲れましたわ。お腹もペコペコですのに、ご馳走どころか、気まずい雰囲気になってしまいましたし……)
しょんぼりと肩を落として、わたくしは自分の小屋(元の監視小屋。エルマ婆さんの小屋はあくまで療養用だったらしい)へ、とぼとぼと歩いていました。その途中、ふと、クランの食料庫の前で、何人かの男たちがこそこそと話し込んでいるのが目に入りました。なんだか、見慣れない顔ぶれのような……? そういえば最近、配給される食料が、心なしか減っているような気も……。
(気のせいですわよね……? きっと、疲れているせいですわ)
考えすぎよ、と自分に言い聞かせ、小屋の扉を開けようとした、その時。
「――リアナ」
背後から、低い声で呼び止められました。振り返ると、そこには、険しい表情をしたガイオス族長が立っていました。
「少し、話がある」
その真剣な眼差しに、わたくしの胸に、新たな波乱の予感が駆け巡るのでした。……晩御飯は、ちゃんといただけるのかしら?
(第六話 了)