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第1話:人生最悪のバースデー(婚約破棄記念日)

「完璧ですわ」


 きらびやかなシャンデリアの光を一身に浴びながら、わたくし――リアナ・ファルシアは、内心で小さくガッツポーズをした。純白のドレスの裾さばき、背筋の角度、微笑みの形、全てが計算通り。ファルシア公爵家の令嬢として、そして次期国王妃として、これ以上ないほど完璧な淑女を演じきっている自信があった。


(今日のわたくし、まるで宝石みたい。うふふ、我ながら素晴らしいですわ)


 目の前に立つ婚約者、フリード第一王子は、相変わらず豚…もとい、ふくよかな体躯を揺らしながら、退屈そうに式次第が進むのを待っている。政略結婚とはいえ、この国の王子様だ。きっと、隠れたる魅力をお持ちのはず……多分。少なくとも、王家のレシピで作られるという伝説の『七色クリームのミルフィーユ』は絶品だと聞いている。それだけは、少しだけ、ほんの少しだけ、期待しているのだ。


「――さて、リアナ・ファルシア嬢」


 フリード王子が、ようやく重々しく口を開いた。さあ、愛の誓いの時間ですわね! わたくしの完璧な淑女スマイルを、皆々様にお見せしましょう!


「其方との婚約を、これより破棄する!」


「……はい?」


 ……はい? 今、なんとおっしゃいました? 愛の誓い、ではなかったようですわね?


 わたくしの完璧な笑顔が、ぴしり、と音を立てて固まるのを感じた。会場が一瞬にして静まり返り、全ての視線がわたくしに突き刺さる。


「き、聞き間違いではございませんこと? フリード殿下。本日はわたくしたちの…」

「聞き間違いではない!」


 豚…じゃなかった、フリード王子が、わたくしの言葉を遮って叫んだ。その顔は憎々しげに歪んでいる。


「貴様のような無能で、あまつさえ我が国を裏切ろうとした女を、妃に迎えるわけにはいかぬのだ!」

「む、無能!? 裏切り者ですって!?」


 なんですのそれは!? わたくしがこの国の歴史や作法をどれだけ完璧に暗記していると思っているのですか! 裏切りなんて、そんな面倒なこと、考えたこともございませんわ! 大体、わたくし、昨日まで殿下から「今日の君の瞳は、雨上がりのアメジストのようだね(棒読み)」とか言われてましたのに!?


 周囲の貴族たちが、ざわざわと囁き始める。嘲笑、侮蔑、好奇の目、目、目! 居心地が悪すぎる!


「ま、待ってくださいませ! 何かの間違いですわ! わたくしはファルシア公爵家の誇りにかけて、そのようなことは…!」

「黙れ!」フリード王子が叫ぶ。「証拠は全て揃っている! もはや言い逃れはできんぞ!」


 証拠? なんの? わたくしが昨日、隠れて夜食にタルトを食べたことでしょうか? それとも、王妃様の高価な壺をうっかり割ってしまい、庭師のせいにしたこと? い、いえ、まさかそんな…!


「よって、リアナ・ファルシア! 貴様をファルシア公爵家から追放し、全ての地位と財産を剥奪! その身柄は、辺境の『ざまぁクラン』なる者たちに引き渡すものとする!」


 …………は?


 つ、追放? ざまぁクラン? なんですのそれ? 新しい紅茶の銘柄か何かですの?


 理解が追いつかない。頭が真っ白になる。貴族たちのクスクス笑いが、やけに大きく耳に響く。


「さあ、この売国奴を連れて行け!」


 フリード王子の号令で、屈強な衛兵たちがわたくしの両腕を掴んだ。


「ちょ、離しなさい! わたくしは公爵令嬢ですのよ!? 無礼者!」


 必死に抵抗するも、華奢な(と自分では思っている)わたくしの力では、びくともしない。悔しさと怒りと、そして何より、訳の分からない状況への混乱で、涙が滲みそうになる。


(いけません、リアナ! ここで涙を見せては、あの豚王子の思う壺ですわ!)


 最後の力を振り絞り、背筋をぴんと伸ばす。引きずられながらも、顔だけは上げ、フリード王子を睨みつけた。


(あの豚王子…! わたくしをこんな目に遭わせて、ただで済むと思わないでくださいまし!覚えてらっしゃい! あなたの誕生日に贈ったあの変な柄のネクタイ、あれ、呪いの効果付きですのよ! うそですけど!)


 貴族たちの冷たい視線が矢のように突き刺さる中、わたくしは宮殿から引きずり出された。目に映ったのは、先程までの煌びやかな世界とはまるで違う、薄汚れた裏口と、そこに用意された一台の粗末な護送馬車。


「さあ、乗れ!」


 衛兵に乱暴に背中を押され、わたくしは馬車の中に転がり込んだ。硬い木の床に打ち付けたお尻が痛い。


 ガチャン、と重い音を立てて扉が閉められ、鍵がかかる。狭く、薄暗く、埃っぽい車内。先程までの甘い花の香りも、美しい音楽も、もうどこにもない。


 ゴトン、と音を立てて馬車が動き出した。窓の外には、急速に遠ざかっていく王都の灯り。わたくしが生まれ育ち、完璧な淑女として生きてきた、あの華やかな世界。


(嘘よ……こんなの、嘘ですわ……)


 ぽろり、と一筋の涙が頬を伝った。悔しい。悲しい。そして、猛烈にお腹が空いた。朝からこの式のために、スムージーしか口にしていなかったのだ。


(見てらっしゃい、フリード……。わたくし、こんなことでへこたれませんわ。必ず、必ずやあなたを見返して……)


 ごしごしと涙を拭う。


(まずは……そう、辺境とやらでも、きっと美味しいお菓子くらいあるはずですわ! それを食べられるくらいには、なってやりますから!)


 辺境がどんな場所かも、ざまぁクランが何なのかも知らないけれど。

 とりあえず、わたくしの壮大なる(?)逆襲劇は、こうして幕を開けたのであった。お腹すいた……。


(第一話 了)

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