第73話 残火は輝いて
あれほど澄んだ青空も、破壊されたMTが放つ煙によってくすんでしまった頃。
ユーリに敗北したカーミラは、コックピットのシートに体を預けながら脱力する。
「残念。勝って終わらせるつもりだったのに」
「そんな悠長にしてて大丈夫か? エーテル貯蔵部は切ってないが、それでも何時爆発しても可笑しくぞ」
「ふふ、ご心配ありがとう。まだしばらくは持つみたいよ」
お互い殺しあっていたとは思えないほど穏やかな口調。
ある意味二人らしい会話を交わすが、アイギスが割って入る。
【ユーリ。基地内の戦況がかなり悪化している様子です】
「悪いが話している暇は無さそうだ。行かせてもらうぞ」
「待ちなさい。行く前にいいものあげる」
カーミラはそう言うと、バランスの悪い機体を酷使してユーリ機に接近する。
【ユーリ】
「心配するな。負けを認めた状況で不意打ちするほど、あの女は飢えてない」
警戒するアイギスの静止を無視し、こちら側からも接近するユーリ。
やがて互いの装甲が接触するほど近づくと、カーミラ機からデータが送られてきた。
【これは】
「何だった」
【爆撃可能な輸送機、全ての所在地データのようです】
「暇だったからね。警備も気を抜いていたから、案外簡単だったわよ」
カーミラは簡単なお土産を渡したかのような気楽さだが、実際は戦況を揺るがすほど重要なデータである。
現在アイシャたちがいる第十格納庫の他にも、基地内のあらゆる箇所に配置されていた。
「いいのか?」
「持ってても仕方ないもの。だったら有効活用できる人に渡すべきでしょ?」
「いや、そっちじゃなくて」
【ミス・カーミラ。この行為は明らかに利敵行為では?】
先ほども過激派側のMTを撃墜したが、敵に重要な情報を与えるのは明らかに裏切りである。
バレれば傭兵としての信用どころか、下手すれば命すら危ない。
「ああ。そっちの心配をしてくれるの? 意外と優しいのね、二人とも」
だがカーミラは、まるで何てこと無いかのようにほほ笑む。
「そんな事を気にしてないで、さっさと行きなさい。長引けばあいつら何するか分からないわよ」
【ですが】
「……行くぞアイギス。近い順に輸送機を潰す」
渋るアイギスであったが、ユーリは決断した様子で黒いジークフリートに背を向ける。
【ユーリ】
「カーミラが決めた事だ。これ以上は覚悟を汚す事になる」
【……分かりました】
「じゃあなカーミラ。あんたの事は苦手だったけど、嫌いじゃなかったよ」
その言葉を言い残し白いジークフリートは振り返る事なく、灰色の空を裂いて基地内に突入するのであった。
・・・・・・・・・・・
「行った……わね」
一人残されたカーミラはユーリが離れていくのを確認すると、軽くストレッチをして体をほぐす。
その表情は負けたとは思えないほど清々しく、目には力が籠っていた。
「さてと、やりますか」
彼女がやるべき事は決まっていた。
操縦桿を強く握ると、力が伝わってくるような感覚を感じる。
「あなたも暴れ足りないの? 気が合うわね」
カーミラは残った左腕でしっかりとバルムンクを掴むと、近場にいた過激派のMTに切りかかる。
「き、貴様! 何をする!」
「ごめんなさいね。一身上の都合で裏切らせてもらうわ」
「くっ! そんな機体で、舐めるな!」
激高した過激派は距離を取って反撃しようとするが、一瞬で距離を詰められる。
「何! ぐあ!?」
そのままコックピットを両断すると、カーミラはすぐさま次の過激派に向かう。
「怯むな! 遠距離から確実に仕留めろ!」
異変に気付いた小隊が、遠距離から攻撃を開始する。
弾幕が雨のように襲い掛かる中、カーミラは隙間を縫って接近し次々と切り裂いていく。
「う、うわぁ!?」
「こいつ! 化け物か!」
損傷している。
それもいつ爆発しても可笑しくない状況だと言うのに、過激派はカーミラを止められない。
弾丸のようにひたすらに空を駆けていく中、カーミラは別の事を考えていた。
(彼は無事にたどり着いたかしら)
時間を取らせた詫び代わりにこうして戦っているが、ついついそんな事を考えてしまう。
攻撃を仕掛けておいて何をと思うかもしれないが、彼がやられる所を見たくない気持ちも持ち合わせていた。
「……あっ、そうか。なるほど」
突然脳裏に浮かんだ答えに、カーミラは全てを納得する。
なぜユーリ・アカバをこんなにも気にかけるのかを。
「好きだったのね。きっと」
初めてあった時かも知れないし、共闘した時かも知れない。
いや、そもそも勘違いという可能性もある。
だがカーミラはほほ笑む。
彼が自分の初恋だったなら、それはきっと幸せな事だろうと思って。
「さあ。ここから先は進ませないから」
誰に聞かせる訳でもなく静かに宣言したカーミラの表情には、覚悟が刻まれていた。
―その後もカーミラは戦場を駆け巡り、のちに黒い亡霊の仕業と噂される事となる
カーミラとの戦いに決着がつき、残るは巨大MTとなりました。
どのような結末となるのか?
皆さんお楽しみに!




