第66話 大乱の始まり
「各員。これよりカゲロウはテルモ基地の索敵範囲内に入る」
艦内に艦長ローランドの声が響く。
その一言一言を全クルーは聞き漏らさないよう、静かに耳を傾ける。
実働部隊であるデュラハン隊も、コックピットシートに座った状態で聞いていた。
「……改めて説明するが、これから決行される作戦は生存率が非常に低いものだ。誰一人として生き残る者はいないかも知れんし、成功したとしても後はどうなるか分からない」
心の中であろうと、誰も彼の言葉に異議を唱える者はいないだろう。
クルー全員の共通認識として、作戦の難しさは伝わっている。
「だが諸君は逃げる事なく戦う事を決めた。それだけでも艦長として誇らしく思う。例え未来が変わらずとも。例え歴史に悪と評されるとも。奴らの思想は打ち砕かなければならない」
一拍だけ間を置き、ローランドは艦長として作戦の決行を伝える。
「全員! 第一種戦闘配備! 願わくば生きてまた会おう!」
クルーたちはすぐさまそれぞれの仕事に戻る。
だが全員の目に力が籠っているのを見れば、ローランドの言葉が響いたのは明白であった。
「ふぅ」
【緊張していますかユーリ】
コックピット内で軽く息を整えるユーリに、アイギスが声をかける。
ユーリは軽く笑いながら返事をした。
「流石にな。と言うかこの状況で緊張しない奴なんていないだろ」
【当機は緊張とは無縁ですが。理解はしているつもりです】
「それなりの付き合いになったが、随分と人間らしさがましたな」
【……そうでしょうか】
「近くにいた俺が言うんだから間違いないだろ。疑う訳でもあるのか?」
笑いながら問いかけるユーリに、アイギスは疑問をぶつけた。
【当機なりに人間を学んで、近づいてきたという自負もありました。ですが今回の作戦に対する皆さんの心が分かりません】
「と言うと?」
【成功確率に関しては今更言うことはありません。ですが多数の死者は避けらないのは明白です】
「……」
【なのに皆さんは知っていながら戦いを選んだ。当機はまだ人間を学びきれていないのでしょうか?】
ユーリには機械音であろうと、アイギスから不安が伝わってくるように感じた。
だからこそ彼は不安が和らぐよう明るい口調で話し始める。
「お前は十分人間に近づいている。だが例え答えが一つだろうと、アプローチは違うのが当たり前なのが人間だ」
【不合理。と言い切ってしまっても良いですか】
「不合理を突き進むだけの強さがあるのも人間だ。なにも効率の良さが正解じゃない。覚えておけ」
【……ユーリの言葉はあまり理解できません】
「そうか」
【ですが。検討すべき事例だと学習しました。今後もよろしくお願いします】
「まあ今日死ぬかも知れないがな」
笑いながら答えるユーリに、アイギスは断言してみせる。
【死にませんよユーリ】
「何か根拠でもあるのか?」
【いえ。ただ死なせたくない。そう考えただけです】
「……つくづく人間臭くなったな」
【お陰様で】
決戦前とは思えない緩やかな空気がコックピット内に充満していたが、次の瞬間には通信によって霧散する。
「少尉。時間です」
「了解。言ってくるデコ」
「レコです。……帰ってきてくださいね」
「分かってるさ。じゃあ行くかアイギス」
【システムオールグリーン。いつでも出撃可能ですユーリ】
「よし。じゃあ初陣といくかジークフリート」
新しき愛機の名を呼び、ユーリはカタパルトへと向かうのであった。
―新西暦五十六年 十二月初旬
後にテルモの大乱と呼ばれるアーストン最大の事件が、いま起ころうとしていた。
いよいよ決戦の開幕です!
次回からは戦闘シーンがメインとなっていきます。
果たしてユーリたちは生き残る事ができるのか?
新しいMTジークフリートの活躍にもご期待ください。




