第60話 その正体は
ホウライの東側は森林地帯となっており、ビーチなどがあるエリアとは違い人気は殆どない。
つまり公にできない取引を行うには最適と言える。
深夜が近づき始めた頃、森林地帯のとある一角に黒ずくめの装備をまとった一団が集まっていた。
そして一団の中には、私服のアイシャたち三人が拘束された状態で放置されていた。
「……どうウェルズ」
「駄目ね。道具がないと抜け出せそうにないわ」
「どうしよう」
不安げな言葉を出すミーヤに、二人は何も言えなかった。
誘拐犯らの目的は三人は聞かされていない。
だが軍にとって不利益になる要求だと言う事は、薄々感じとっていた。
「覚悟を決めないといけないかもね」
「ええ。どんな要求か知らないけれど、素直に受け入れる訳がない」
二人は切り捨てられる覚悟を決める。
「けど、隊長は従っちゃうかも」
そんな中ミーヤは別の不安を口にする。
二人は揃って顔をしかめる。
生に執着があるユーリの性格を考え、万が一にも従う可能性を感じ取ったからだ。
「時間だ」
ある一人の黒ずくめが言葉をを漏らすと同時に、遠方からMTが近づいて来た。
誘拐犯らが一斉にアイシャたちに銃口を向け、緊張感が一気に増す。
MTが彼らの頭上で停止すると、ゆっくりと地上に降り立つ。
黒ずくめの一人がパイロットに降りるように合図を送ると、コックピットからユーリが出てくる。
「お望みの品を持ってきたぞ。三人をさっさと解放しろ」
ユーリが声を張り上げると、リーダー格と思われる黒ずくめが前に出てきた。
「いいだろう。だが先に本物のMTファフニールかどうか確認させてもらおう」
「いや先に人質の解放しろ」
「気づいているだろうが我々のMTが周囲を囲んでいる。その気になればお前らなど簡単に殺せる」
「こっちも何の収穫も無しに帰る気はない。せめて三人が生きて帰れるという保証が欲しい」
「……」
「……」
互いが睨み合う中、折れたのは意外にも黒ずくめの方であった。
「ならば先に一人返す。そして本物だと分かりしだい残りも返そう」
「分かったそれでいい」
「よし。オイ」
リーダー格の合図によって三人が前に引き出される。
まず解放されたのはアイシャであった。
拘束を解かれると、少し躓きながらもユーリの元まで無事に歩いていく。
「無事で良かったな」
「隊長! 素直に言う事聞いてどうする気なんですか!」
「言いたい事は全て終わってからな。今はよせ」
アイシャの怒鳴りを無視し、ユーリはリーダー格に声をかける。
「確認した」
「よし。ならば次はこちらが確かめさせてもらおう」
ファフニールの周りに黒ずくめたちが集まり、本物かどうかを確認していく。
十数分が経ち、報告を聞いたリーダー格は残る二人を解放した。
「本物だな。取引成立だ」
「ならさっさと帰らせてもらおうか」
「……悪いがそうはいかない」
リーダー格が合図を送ると、周囲を囲んでいたMTが姿を現し銃口がユーリたちに向けられる。
「どういうつもりだ」
「ユーリ・アカバ。お前は消せとの依頼だ」
「依頼……ね」
「悪く思うな。これも仕事でね」
「……俺からも一言いいかな?」
「遺言ぐらいはいいだろう。何だ」
「こっちこそ悪いな。そう素直な性格でもないんだ」
ユーリが言い終わると同時に、一筋の光が敵のMTを貫き爆散させる。
「何だ!」
突然の事に黒ずくめが混乱する中、ユーリたちはファフニールの元に走る。
「アイギス!」
ユーリが指示を飛ばすと、マニピュレーターを使ってコックピットまで四人を運ぶアイギス。
無理やり四人を詰め込み、ファフニールは空中へと舞い上がった。
「何とかなったな」
「隊長。いまの攻撃は一体」
三人の機体はオーバーホール中であり、カゲロウに搭載されているMTはファフニール以外ないはずである。
エルザの疑問に答える前に、敵機接近のアラートが鳴り響く。
「ちっ、そう簡単に帰してはくれないか」
「隊長! どうする気!」
アイシャの言葉に反応する事無く、ユーリはひたすら逃げ続ける。
すると前方からさらにMTが近づいてくるのが見えた。
「囲まれた!」
「いや、大丈夫だ」
だが前方のMTはファフニールを通り過ぎると、追ってきたMTを切り伏せる。
その武器はチェーンソー機構の大剣であった。
「あの武器。見た事あるんだけど」
「ええ」
「もしかして」
三人が切り伏せたMTパイロットの正体に気づき始める中、ユーリは苦笑しながら通信を繋げる。
「援護すまない。……カーミラ」
「仕事だもの。ちゃんと援護してあげる」
—―夜の闇に溶けるような黒いMTの乗り手カーミラが、ファフニールを逃がすために誘拐犯たちの前に立ちふさがるのであった。
だいぶ端折ったつもりですが、いつもより長くなってしまいました(笑)
意外な人物の援護を得て、ユーリの反撃が始まります!
次回もご期待ください!




