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第53話 あの大地をもう一度

「来てくださってありがとうございます少尉殿」


 呼び出されたユーリは、にこやかに自分を出迎えたイレーナに対して無表情のまま彼女に与えられた部屋に入っていく。

 だがイレーナは気にした様子もなくユーリに頭を下げる。


「まずは感謝を。危ない所を救って頂き、ありがとうございました」

「それが仕事ですので」

「だとしても。感謝を伝えたかったのです」


 どこか儚い笑顔を向けるイレーナ。

 そんな彼女に対しユーリは、ある質問をする。


「心の整理はつきましたか?」

「……ええ。裏切られてショックでしたが、これからの道のりを考えれば立ち止まってもいられません。ワタクシには祖国再興という使命があるのですから」


 気丈に振る舞ってみせるイレーナは、どこを見ても事件が起こる前と変わらないように見えた。

 だがユーリには無理している様にしか見えていない。


「それは本心では無いんでしょうね」

「……え?」


 その一言に表情が凍り付くイレーナ。

 だがユーリは話は終わったとばかりに背を向けて立ち去ろうとする。


「まあ自分とアナタでは立場が違いますが、顔はもっと取り繕った方がいい。その目的に縋りつくなら尚の事」

「……」

「では失礼します」

「—―言うの」

「はい?」

「ではどう生きればいいと言うの!!」


 突然部屋中に鳴り響いた怒号に、護衛に立っていた保安隊員が何事かと入ってくる。


「問題ない。だがしばらく誰も近づけないようにしてくれ」


 ユーリの命令に少し悩んだ隊員であったが、受け入れたようで部屋を出ていく。

 改めてユーリが向き合うと、ダムの堰を切ったように次々とイレーナから言葉が漏れていく。


「お父様もお母様も兄さまたちも家族は瞬く間に居なくなった! 残されたのは何もしてこなかったワタクシだけ! けれど何もしなければ生き残った意味もないの!」

「だからバンデル再興を」

「そうよ! 出来るか出来ないかじゃないの! やるしかないの! 他でもないワタクシが! 例え無謀でも! そうでなければ!」


 声を詰まらせるイレーナ。

 その目にはハッキリと涙が流れていた。


「そうでなければ、どうしてワタクシだけ生き残ったの……」


 力なくベットに座り込むイレーナの姿は、歳相応の少女であった。

 そんな姿を見たユーリは近づいて視線を合わせる。


「一介の少尉の言葉など聞き流してもらって結構ですが、生きていく事に意味などありませんよ」

「……それは、どうして?」


 言葉に耳を傾けてくれているのを確認すると、ユーリは優し気な口調で語り始める。


「意味なんてものは他人が価値をつける為のものです。大概の人間はやりたい事をしているだけですよ」

「やりたい事」

「国を守りたい。大切な人と一緒にいたい。お金が欲しい。名声を手に入れたい。物事は様々でも突き詰めれば一つ、やりたいからやっているんです」

「……」

「イレーナ王女。いえ、イレーナ。あなたがしたい事は何ですか?」

「ワタクシの……したい事」


 ユーリの言葉にしばらく黙って考えるイレーナ。

 だがやがて、その口がゆっくりと開き始める。


「もう一度バンデルの……土を踏みたい」

「……」

「例え国が復興しなくとも、もう一度あの険しくも美しいバンデルに行きたい」

「そうですか。なら後はそれに向かって行動するのみですね」

「……ええ」


 イレーナは顔を上げユーリに微笑む。

 先ほどまで儚く消えそうだった表情は消え、心からの笑みであった。


「ありがとう少尉。お陰で目指すべきものがハッキリしました」

「気づいたのはアナタ自身ですよ。大した事は言っていませんしね。では今度こそ失礼します」

「もう一つだけ聞いても構いませんか?」

「何でしょうか?」

「少尉のやりたい事とは何ですか?」

「……それは」


 ユーリが問いに答えようとした時、持っていた端末から着信音が鳴り響く。

 イレーナに確認を取ってからユーリは着信を受け取る。


「レコ、何だ」

「アカバ少尉! 今すぐブリッジへ!」

「問題か?」

「以前の傭兵たちから通信です! 一騎打ちを望んでいます!」

「……分かった」


 通信を切ると、ユーリはイレーナの方に向き頭を下げる。


「申し訳ありませんが、問いの答えは戻ってきてからでもよろしいでしょうか」

「構いません」


 許可を取ったユーリは今度こそ部屋を去っていく。

 その表情は今までに見た事が無いほど険しかったという。


「レイ。……あの馬鹿が」

早いもので9月に入りましたが、皆さんお元気でしょうか

この章も本来であればもっと短い予定でしたが、気づけば長めになってしまいました

読者の皆様の読む気を阻害してないか心配です(笑)

五章はもう少し続きますが、皆さま是非お読みください!

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