第52話 想うからこそ
「……今日も食べなかったみたいね」
「あんな事の後だから仕方がないよ」
イレーナ誘拐から二日が経った昼。
襲撃を受けたものの小破とも呼べない被害で済んだカゲロウは、もうすぐアーストンとの国境に辿り着こうとしていた。
だが、いま問題として挙がっているのはイレーナの精神状態である。
救い出して以降、ろくに食事も取らず悩んでいる様子が護衛から報告されていた。
エルザとミーヤが食堂でその事について話していると、近くにいたアイシャが話しに加わる。
「もうすぐ護衛も終わるから、そんなに気にする必要はないじゃない?」
「そんな言い方しなくたって」
イレーナの心情について考慮しないアイシャの言葉に、少し怒った様子のミーヤが窘める。
だがアイシャは態度を崩す事もなく、むしろ悪化させて言葉を続ける。
「じゃあ何、同情すれば王女様の境遇が良くなる訳?」
「それは……」
「私たちは任務で彼女を護衛してるに過ぎない。あまり心情にまで踏み込むは良くないわよ」
「けど、何か出来る事ぐらい」
「ミーヤあんた、人の話を」
「……二人ともそこまで。ここ食堂」
本格的に喧嘩になりそうな二人の間に入って仲裁するエルザ。
周りに人がいるのを思い出し、アイシャも反省したらしく黙り込む。
同じくミーヤも落ち着いたのを確認すると、エルザは二人の間に座り話し始める。
「こういう役、私らしくないと思うけど。二人とも両極端に走り過ぎ」
二人が反論しないせず聞いているのを見て、エルザはまずミーヤの方を向く。
「カレリン。他人を思えるのは長所かも知れないけど、軍人として線引きはキッチリして」
「……うん。ごめんエルザ、アイシャ」
「よし。そしてウェルズ」
エルザが後ろを振り向くと、先ほどとは違いバツの悪そうな顔をしたアイシャが黙って座っていた。
「何があったのかは知らないけど、イライラを人に向けないで。無駄な喧嘩を売る程バカじゃないでしょう?」
「……そうね。どうかしてたわ」
アイシャは立ち上がると、ミーヤの方を向いて頭を下げる。
「突っかかってごめん。……あんたの人を思いやれる心は長所よ。どうか、それを捨てないで」
「アイシャ……」
「はい終わり。いい二度と言わないからね」
「えぇ~もっと言ってよ~」
「言ったら調子に乗るでしょうが! 全く」
いつも調子に戻った二人にエルザは安堵するが、一つだけ確認しておきたい事があった。
「で、ウェルズ。何に対してイラついてたの?」
「……言わなきゃダメ?」
「話したくないならそれでもいいわ。けどまた問題を起こされても嫌だから」
「それに話したら気分も楽になるかもだよ!」
二人はそれぞれの態度でエルザが話すを待つ。
アイシャは渋っていたが、根負けして理由を話し始める。
「……食事を持っていった時に見た王女の顔。今にも消えそうなほど生気が無かったから」
「裏切られたからでしょ。別に不思議じゃ」
「そこよ。彼女はこれから味方も居ないアーストンで自国のために戦おうとしてる。なのに一人裏切っただけで心折れるならやってられないわよ」
「……」
「アイシャ」
「それを伝えたくても立場上できない。そう考えたらもどかしくて、つい八つ当たりしちゃったわ。……以上」
これで話は終わりと言わんばかりに冷えた食事に手を付けようとするアイシャだが、二人がいつまでも見つめてくるため動きを止める。
「何よ」
「……ウェルズあなた。カレリンの事とやかく言えない」
「どういう意味よ?」
エルザの言っている意味が分からず混乱するアイシャに、ミーヤは笑みを浮かべて口を開く。
「アイシャは優しいね」
「はぁ? どこがよ?」
「だってイライラしてたのって王女様を思ってたからでしょ? 単に同情じゃなくて本気で思えるなんて優しさの証拠だよ!」
「なっ!?」
ミーヤの発言に顔を真っ赤にするアイシャ。
持って来た食事を一気に食べ終えると、勢いよく立ち上がる。
「そんなんじゃないから!」
そう叫ぶと、アイシャは走り去るように食堂を後にするのであった。
しばらくポカンとしていた二人であったが、やがて二人は顔を見合わせて笑い合う。
そのまま二人も食事に入るが、エルザが思い出したように口を開く。
「まあ問題はもうすぐ解決するでしょうけど」
「え? なんで?」
「さっき隊長が王女に呼ばれたらしいから」
「そっか、なら安心だね!」
ミーヤの言葉に頷きを返すエルザ。
二人はそのまま食事を再開させる。
—―何だかんだで問題を解決する。
それが三人のユーリに対する評価であった。
今回のエピソードはここまでとなります
皆さん如何でしたか?
8月も終わりが近いですが、暑い日が続くと思われます
皆さま気を付けて小説ライフをお過ごしください




