第4話 模擬戦
少年と少女、戦う事となったその心の内とは
テルモ基地内に用意されているロッカールーム。
数多くあるロッカーを一つ使用して、ユーリは白いパイロットスーツに着替えていた。
「わざわざこんなの、着なくてもいいと思うんですがね」
「シミュレーターとは言え衝撃はかなりのものだ。着ておいた方がいい」
グチグチと文句を言うユーリを、様子を見ていたライアンが咎める。
アイシャに模擬戦を申し込まれたユーリはそれをすぐに承諾し、スコットもそれを認めた。
だが実際のMTを使用するのは禁止されたため、基地内にあるシミュレーターを使用する事となったのだ。
そしてライアンは、碌にパイロットスーツを着た事ないユーリの補助をしている。
「……少尉、一つ聞いてもいいか」
「何でしょうか中佐」
「なぜ模擬戦を受けた? こんな事をせずとも、少将に頼めば良かったのではないか?」
ライアンからすれば、この戦いは意味の無いものだ。
あの場には少将であるスコットもいた、彼に頼めばアイシャも流石に文句は言えなかっただろう。
だがユーリはそれをせず模擬戦を受け入れた、それがライアンからすれば謎であった。
そんなライアンに対し、ユーリは着替えながら逆に質問をする。
「……中佐、戦場で一番怖いものって何だと思います?」
「それは……情報不足だろう。それが無ければ碌に戦闘も出来ない」
「軍人な考えですね」
「違う、と言いたいのか」
「少なくとも、俺にとっては」
ユーリは苦戦していたパイロットスーツにようやく着替え終えると、ライアンの方に振り向く。
「!」
ライアンはその時、ユーリの目を見て恐怖を覚えた。
その目には光が無い。
死人が地獄から蘇った。
そう言われた方が納得するような、暗く吸い込まれる目。
そんな目をまだ二十歳にもなっていないユーリがしている事に、ライアンは恐怖したのだ。
「俺たちの戦場に、情報なんて上等なものは無かった。ただただ下された命令をこなす、それだけだった」
「……」
「本当に戦場で怖いものっていうのは、もっと単純ですよ中佐」
「たん、じゅん?」
「何をしでかすか分からない味方。これ以上に恐ろしいものを、俺は知らない」
ユーリは用意されていたヘッドギアを装着し始めると、その理由を語り始める。
「例え勝てる戦いだったとしても、一人の焦り。或いは油断が多くの味方を殺す。……言っても理解はされないかも知れませんけどね」
「……」
「さてと、急ぎましょう。あまり待たせるのも悪いし」
そう言って再びライアンに振り返ったユーリの目には、先ほどとは違い光があった。
(少将。……本当に彼を信じてもいいのでしょうか)
あの目を見たライアンは、心の中でそう思わざるを得なかった。
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「本当にやる気?」
「当たり前でしょ? でなきゃあんな事を言わないわよ」
時は少し戻し、別のロッカールーム。
そこではアイシャが、赤いパイロットスーツに慣れた様子で着替えていた。
その様子をミーヤとエルザが見守っていた。
「それにアンタたちだって、かつての伝説がどんな実力かは知りたいんじゃない?」
「……」
「でも……こんなやり方じゃなくても」
「こんなやり方だから意味があるのよ。まさか即答で承諾してくれるとは、思ってなかったけど」
スーツに異常が無いか確認しつつ、アイシャは話を止めない。
「これから私たちは訓練じゃなくて実戦に出る。それは覚悟していた事だし、望むところではあるけど。直属の隊長、その実力ぐらいは知っておきゃなきゃ信用も何もないでしょ?」
「そもそも軍人にそんな権利はない、と思うけど」
「かもね」
エルザの言葉に、ヘッドギアを頭に着けながら返事するアイシャ。
ヘッドギアを装着し終えると、アイシャは真っ直ぐにロッカールームの扉へと向かう。
「自分でも間違っているのは分かってる。けど向こうが受け入れた以上は、この模擬戦で納得させてもらわないとね」
「もし出来なかったら、どうするつもりなの」
ミーヤの質問に対して、一瞬動きを止めたアイシャは何も答えずそのまま出ていくのであった。
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「二人とも、準備はいいね」
「はい」
「早くしよう」
スコットの確認に対し、アイシャとユーリがそれぞれ返事する。
二人がいるのはテルモ基地が誇るシミュレーションルーム。
小隊同士の戦闘も再現できる大型のシミュレーターがあり、その様子も観戦できるという代物であった。
二人の準備が万全である事を確認すると、スコットは後ろに下がりライアンが前に出る。
「ではルールを確認させてもらう。両者使用するMTは第三世代型である『シルフ』。使用武器はエーテルブレード一本とライフル一丁のみ。分かっているな」
二人が頷いたのを確認すると、ライアンはスコットと共に観戦席まで移動する。
アイシャとユーリはそれを合図にシミュレーターに乗り込む。
(……偽物とは言えこの感覚、久しぶりだな)
五年振りの感覚に、ユーリは何とも言えない思いが湧き出ていた。
事前に説明を受けていたとは言え、淀みない動きでシミュレーターを起動させていく。
すると目の前の光景が基地内の殺風景なものから、青空眩しい草原へと切り替わった。
爽やかな光景ではあるが、周りには何も見当たらない。
目の前にいるグリーンを基調とした機体以外は。
「アカバ少尉、聞こえていますか?」
「聞こえているよ、ウェルズ曹長」
「五年振りの操縦とは言え、かつて死神の異名を取った人を相手にするのです。手は抜きません」
「わざわざ宣戦布告か? お優しいな」
「……では、よい戦いにしましょう」
アイシャは一方的に通信を切ると、心を落ち着かせるために深く深呼吸をする。
(私が接近戦が得意という情報は、少尉に知られているはず。おそらく遠距離で攻撃攻撃しようとする。……ならこっちはそれよりも速く切り込んで不意をつく)
頭の中で作戦を確認すると、改めて目の前にいるMTに集中する。
(白い死神と言われた実力、見せてもらいましょうか少尉)
そうこうしている内に、模擬戦を開始するための音が鳴り響く。
「いま!」
開始と共に操縦桿に力を込め、シルフのバーニアからエーテルを噴出させるアイシャ。
そのままの勢いをもって、切り込めば距離を取られようと追いつける。
そのハズであった。
「……え?」
だがそんなアイシャの計算は、脆くも崩れ去る。
何故ならば。
ユーリはアイシャよりも速く、距離を移動している。
それも距離を離すのではなく、詰めていた。
「さあ曹長。悪いがリハビリに付き合ってもらうぞ」
近接武器であるエーテルブレードを引き抜く。
エーテルを放出しながら刃となったその光が、アイシャを急襲するのであった。
世の中はバレンタインデー、皆さんは如何お過ごしでしょうか?
さて、模擬戦をする事となったユーリとアイシャ。
果たしてどのような結末になるのか?
次回もご期待ください!