第46話 一触即発
「ではイレーナ……さん。艦までご案内いたします」
珍しくユーリが言葉を選びながら艦まで歩き始めようとすると、イレーナが待ったをかける。
「申し訳ありませんが、もう少しだけ此処で待たせてもらっても構わないでしょうか」
「何故ですか? 中立国とは言えこの国は治安は良くありません。早く離れた方が良いと思われますが?」
アイシャの言う通り、モストーンは治安が悪い。
王女という立場を知らなくても、イレーナに何かしらの害が及ぶ可能性は十二分にある。
対するイレーナは申し訳なさそうな表情を見せながら首を横に振る。
「承知しております。しかし行動を共にしている部下の行方が分からないのです。彼を置いていく訳には参りません」
イレーナの意思は固いようで、此処を動く気は無いのが伝わってきた。
二人は視線を合わせると、彼女に見えないよう嘆息する。
「……数分だけです。まずは御身を大切にしてください」
「勿論ここで朽ち果てる気は毛頭ありません。バンデル再起の為に」
「失礼ながら、再興の間違いでは? バンデルはもう」
「隊長!」
ユーリの言葉を焦ったように止めようとするアイシャ。
だがイレーナは気にした様子もなく、ただ悠然とした意志を伺わせていた。
「確かに。傍から見れば滅んだように見えるかも知れません。ですが! 今まさに大国と戦うバンデルの戦士がいるのです! 例え一兵になろうと、その魂までは汚せません! その者たちを救うためならば、例え物乞いや娼婦の真似など幾らでもしてみせましょう!」
気迫をもって語ってみせるイレーナに、アイシャは言葉を失う。
事前に得ていた情報では、彼女は政治は軍事に関わった記録はない。
だがその言葉には絶対的な意思を感じさせた。
「……」
一方でユーリは、何かを言いたげに口を動かしては止めていた。
その事はイレーナも気づいているようで、彼が言いだすのを静かに待っていた。
だがそこに、拍手をしながら男がやって来た。
「流石はイレーナ様。素晴らしいご意志です。それでこそバンデルの王家」
「ダストン。今まで何処に居たのですか?」
「少々情報収集を。大した情報は得られませんでしたが」
スラッと背の高い紳士を思わせる男は、イレーナと会話すると二人の方に視線を向ける、
「アーストンの迎えですね」
「はい。我々がエリンまで護衛いたします」
「ふん。随分と品の無さそうな者たちを寄こしたものだ」
「……は? いま何と?」
アイシャが思わず問い直すと、ダストンは馬鹿にしたように笑う。
「失礼。何しろ正直なものでね。君たちのように品性の欠片も無さそうな者を見ると特にね」
「っ! あんた、一体何様!」
「抑えろアイシャ」
食って掛かるアイシャの肩を掴んで宥めるユーリ。
その様子を鼻で笑いながら、ダストンは口を開く。
「本来であれば君たちのような野蛮な者たちにイレーナ様の護衛など、吐き気がする程だ。しかし状況が状況だけに仕方がない。身に余る光栄を味わうといい」
「この!」
今にも銃を抜かんばかりに激高するアイシャと、見下した態度を取り続けるダストン。
どう場を解決したものかとユーリは気を揉んだが、この空気を変えたのはイレーナであった。
「黙りなさいダストン。この方々は我々を助けに来てくれたのです。それ以上の暴言は許しません」
「仰せのままに」
一喝されたダストンであったが、二人に謝るような事はせず黙り込んでしまう。
「申し訳ありません。彼は少々気位が高いもので」
「……いえ、問題ありません」
イレーナに謝られ、落ち着きを取り戻したアイシャはそう返す。
ユーリが抑えていた肩を離し、ようやく空気が緩和される。
「では艦までご案内します。お二人とも付いて来てください」
「よろしくお願いいたします」
「ふん」
丁寧な礼と馬鹿にした表情。
対照的な態度を受けながら、二人をシラヌイまで案内するユーリ。
「隊長。もし私が暴走したら対処よろしく」
そんな事を言いながら共に歩くアイシャに苦笑しながら、彼らはダラクの道を抜けていくのであった。




