幕間 罪の証と共に
アーストン王都であるエリンにある軍法裁判所。
厳粛な場所にも関わらず、本日はザワザワと人の声が聞こえていた。
先ほどまでブレイン元准将の裁判が行われ、終身刑が言い渡されたばかりなので無理からぬ事ではあったが。
だが突然、人の声がピタリと止む。
代わりに歩いて来た少女に向け、好奇心や様々な感情を込めた視線を送る。
少女の名はエリカ・ブレイン。
今回の裁判の切っ掛けを作った人間であり、見方を変えれば養母を売った非情な娘でもあった。
「待ちたまえ。少佐」
誰も遠巻きに見つめる中、エリカに声を掛ける者がいた。
エリカはその人物を確認すると、内心ホッとしながら一礼する。
「いや、今は中尉だったな」
「オーウェン少将。自らお声かけ頂き感謝します」
「そう畏まる事はない。今は軍務中ではないのだからな」
そう言われたエリカが少しだけ気を緩めると、スコットは笑顔を向ける。
「うむ。その方がこっちとしても気が休まる。……ここでは碌に話も出来そうにないな。少し歩かないかね?」
「……ええ」
周りの視線を気にしてかスコットの勧めに従って、エリカは彼の後ろを歩き始める。
軍法裁判所を出るまでしばらく無言を貫いていた二人であったが、ようやくエリカが口を開く。
「それで、お話は何ですか?」
「ん? 何の事だ?」
「とぼけないでください。わざわざ裁判所まで来たのは、私に用があったからでは?」
「……察しが良すぎるというのも問題ではあるな」
スコットは軽くため息を吐くと、近くに止めていた車に何も言わずに乗り込む。
対するエリカも躊躇しながらも後部座席に乗る。
すると運転手は始めから打ち合わせしていたように、車を走らせていく。
「分かっているならば話は早い。君に儂の指揮下に入ってもらたい」
「ありがたいお話ですが、何故でしょうか? 今の私がどのような状況か、知らない訳ではないですよね?」
「勿論知っているとも。君が罪を告発したカサンドラ・ブレインは終身刑。そして君自身も降格され中尉に。さらにはこれから先、長い監視生活を送る事になる」
「それが分かっているならば、何故私を受け入れようと?」
市街地を走る車の中で、エリカはスコットに問いかける。
スコットは苦笑しながら、問いに答えていく。
「単純に言えば使える手駒が欲しい。例え罪に汚れたとしても、戦乙女と呼ばれた頭脳に陰りは無いだろう?」
「……評価してくださるのはありがたいですが」
「それに珍しくユーリから頼み事をされてな」
「少尉から?」
「出来れば君の世話を頼む、とな。アイツが珍しく他人に気を回したからな。こっちも叶えてやろうと思ってな」
それを聞いたエリカは深くため息を吐くと、苦笑をスコットに向ける。
「少尉には迷惑をかけましたからね。彼の望みとあれば、こちらも断る理由はありません」
「ふっ、そうか。あと心配せずとも孤児院の子たちは儂が面倒を見よう。無論真っ当な経営にするつもりだ」
「何から何まで感謝します。少将」
エリカが感謝の言葉を述べた少し後、街中を移動していた車は話題にも出ていた孤児院の前で止まる。
「色々あって疲れただろう。しばらくは療養するといい」
「分かりました。では失礼します」
車から降り孤児院に向かうエリカであったが、背にスコットの声がかけられる。
「中尉。一ついいか?」
「何でしょうか?」
「名は変えないのかね? もし望むのであれば……」
「少将」
スコットの言葉を遮って、エリカは美しい笑みを浮かべながら振り向く。
「確かにこの名は罪の証。ですが、この名でなければ私は今の自分では無かった。ですから私はこの罪と共に生きていきます」
「……そうか。ではこれからよろしく頼む。エリカ・ブレイン中尉」
今度こそ去って行く車を見送りながらエリカは自分の後輩たちにこれからの事を報告するため、孤児院に向かっていく。
その表情は、実に晴々としたものであった。




