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第42話 そして少女は羽ばたいた

 ドリトドン要塞陥落に沸くカゲロウ艦内。

 その一室にてエリカは通信機器を前に呼吸を整えていた。


「……」


 だがようやく決心がついたようで、機器のスイッチを入れてしばらく待つ。

 そして画面越しに現れたのは、自室にいるカサンドラ・ブレイン准将であった。


「エリカ。無事で良かったわ」

「……」

「それにドリトドン要塞陥落の一報もこちらに届いたわ。本当にアナタの才能には驚かされるばかりね」

「取り繕いは止めませんか准将」

「……」


 エリカのその一言に、カサンドラは心配する母親の顔から一気に家畜でも見るような表情に変化する。

 そんな変化に驚く事もなく、エリカは淡々と推察を口にする。


「今更何故とは問いません。准将が少尉ごと私を始末しようとしたのは、戦乙女として有名になった事が気に入らない。だからこの機に色々と知っている私を亡き者にしてする気だった」

「……」

「私が唯一聞きたいのはただ一つ。そこに一切の躊躇は……無かったのですか?」

「ふふ。可笑しな事を聞くわねエリカ。ある訳ないでしょう? そんな物」


 カサンドラはまるで出来の悪い子どもに言い聞かせるような口調で、エリカに言い放つ。


「あなた達は私が上に駆け上るためのお人形なの。飽きたら捨てるのは当然でしょ? 心配しなくとも代わりの候補は幾らでもいるもの」

「……その為の孤児院」

「そうでなければ誰が好き好んで薄汚いガキを教育してやるものですか。誰も不幸にならないいい方法でしょ」

「アナタを信じていた子はどうなんですか? 奴隷として売り飛ばしたあの子たちは」

「何を今更。死ぬしかなかった能無しが誰かの為になるのだから、むしろ感謝して欲しいぐらいだわ」


 エリカはそれらを聞いてもなお表情を崩さない。

 何故ならば全てが想定内だから。

 カサンドラの放つ言葉たち全て、エリカの予想通りであった。


「もう聞くことは無いかしら? こうなった以上、アナタには今まで通り働いてもらうわ」

「今まで通り」

「当然でしょ? アナタは籠の中のお人形。これからどんな目にあうか分かっていても、言う通りにする私の子。今までも、そしてこれからも」

「……その通りですね准将」


 頷きと共に言い放った言葉に満足したのか、カサンドラは通信を切ろうとする。

 だが、エリカの次の言葉に動きが止まる。


「いえ、その通りでしたね。元准将」

「……何ですって?」


 カサンドラが意味を考えるよりも早く、通信越しでも分かる程の物音を立て武装した部隊が彼女の自室に何人も入ってきた。


「な、何なのよアナタたち!」

「カサンドラ・ブレイン。あなたには十数件の軍法・民法違反の疑いが掛けられている。一緒に来てもらおう」

「何ですって! アナタ! まさか!」


 通信越しにカサンドラがエリカを睨みつけると、彼女はどこか悲しそうな笑みを浮かべる。


「今まで誰がアナタの悪事の後始末をしてきたと? 私の知っている全ての罪を報告させて頂きました。今頃関わった部下たちも捕まっている頃でしょう」

「っ! こ、こんな事をして! ただで済むと!」

「勿論関与した以上は私も同罪。罪は償うつもりです」


 言葉は淡々と、されど目には覚悟を宿したエリカの発言にカサンドラは思わず何も言い返せなくなる。

 だがいざ捕らえられる直前になって暴れだし、エリカに暴言を吐く。


「このクソガキ! 誰がここまで育ててやったと! 殺してやる! 絶対に殺してやる!」


 部屋から連れ出されるまで吐き続けたカサンドラの悪意は、部隊の一人が一礼して通信を切った事で終わりを告げる。

 そのまましばらくモニターを見続けていたエリカであったが、やがて部屋から出てくる。

 そこにはカゲロウの保安隊と、ユーリが待ち構えていた。


「済んだか?」

「ええ。縁を断ち切ってきました。後は自分自身の罪を償うだけです」


 そう言い切るエリカの表情は、悲しみも見えたがどこかサッパリとした表情をしていた。


「大変そうだな」

「……軍法会議でどれだけの罪が言い渡されるかは分かりません。ですけど後悔はありません。自分で選んだ道ですから」

「そうか。それを聞けただけでも待ってた甲斐があったよ。……頼む」


 保安隊が促すと、エリカは一礼して後に続いていく。

 だが急に立ち止まると、ユーリに向かって問いかける。


「もし」

「ん?」

「もしこの先、道が交われるのなら。今度は少尉のために力を尽くしたいです。……そう思う事を、許してくれますか?」

「思う事は自由だし、そうなればいいと思うが一つ言っておく。……後悔するからやめとけ」

「ふふっ」


 エリカは笑うと、今度こそ振り向かずに歩いていった。

 ユーリはその後ろ姿を見えなくなるまで見続け、やがて自身もやるべき事のために歩み始めたのであった。

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