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第37話 聖槍は放たれた

「今日もアーストンの奴らに大きな動きは無しか?」

「ええ」


 ――バルア公国 ドリトドン要塞司令部

 最前線となったこの要所を守る司令官は、最初の偵察から一週間経っても変わった動きのないアーストンに拍子抜けしていた。


「きっと『ロンギヌス』の威力に驚いてビビって動けないんですよ! アレを防ぐなんて到底不可能ですから!」

「敵国を甘く見るな。油断は死に繋がるぞ」


 部下の態度を一喝する司令官であったが、庇うように副司令が言葉を紡ぐ。


「ですが司令。ロンギヌスがある以上、流石のアーストンもそう簡単には動けないのではないでしょうか? 実際やっている事と言えば監視塔の破壊ぐらいなものです」


 聖槍の名が付けられたバルアの新兵器。

 多額の軍事予算を用いて造られた超長距離エーテル砲塔に、要塞の内外でも信頼は絶大であった。

 威嚇を兼ねた試射では一隻を狙ったが、本来であれば多くの戦艦級を沈めれる威力を持っているのだから。


「油断をするな、と言っている。アレも万能ではない」


 だが司令官はロンギヌスを過大評価はしなかった。

 というのも、冷静に見てみれば弱点は目白押しなのだからそれも当然といえる。

 まず大きな欠点として、砲塔が大きすぎるという事。

 バルア一の要塞を持ってしても隠すのが困難なほど巨大なため、防衛は困難である事を気づいている者は何人いるだろうか。


 そもそもロンギヌスは尋常ではない程のエーテルを消費するため、何発も打てない。

 仮にアーストンに勝ってもエーテル枯渇で国が亡ぶなど笑えない事態だろう。

 最大火力で撃てるのは片手で数える程度だろうと司令官は考えていた。

 だからこそ威嚇を行い、アーストン側の動きを封じる作戦を取ったのだ。


(上は向こう側に情報提供者がいると言っていたが……。どうにも信用できん)


 何でも狙った艦には重要人物が乗っていたとの事だが、この情報の真偽は分からないでいた。

 それ以降は何の情報も持ってこないため、司令官としては信じ切れずにいた。


(まあいい。情報があろうと無かろうと、私はここを守り切るだけだ)


 祖国を守る事を新たに決意する司令官に、その報は届いた。


「司令! 最後の監視塔から報告! 敵の大艦隊がポイントAからこちらに迫っているようです!」

「!? 真正面から向かってくる、だと」


 アーストンがどんな無能な指揮官を置こうと、ロンギヌスの威力を見て無策で攻めてくる事はないであろう。


(罠か、それとも防ぐ手段を得たか)


 どちらにせよ迂闊に撃てば敵の思うつぼである事は分かっていた。


「司令! 今すぐロンギヌスの発射許可を!」


 副司令が焦った様子で司令官にロンギヌスを撃つように迫る。

 他の部下たちも、言葉にはしないが聖槍が放たれるのを今か今かと期待していた。


(……これは抑えられんな)


 下手をすれば暴動が起きかねない期待感に、司令官は心の中で嘆息する。

 願わくばアーストンの指揮官が余程の無能である事を祈りながら、指示を飛ばす。


「ロンギヌスを撃つ! エーテル充填率はどうだ!」

「エーテル充填率百パーセント! いつでも行けます!」

「敵艦隊が長距離レーダーに入りました! 真っ直ぐこちらに向かってきます!」

「……ロンギヌス! 発射準備!」


 若干の躊躇をしながら、司令官は発射の指示を下す。

 司令部にいる全員が遮光用のゴーグルをつけ、各準備をこなしていく。


「司令! いつでも撃てます!」


 全ての準備が終わり、あとは最終決定が下されるだけとなった。

 司令官は疑問を抱きながらも、周囲の期待に押し出されるように言葉を振り絞る。


「ロンギヌス! 発射!」

「発射!」


 司令官の指示が飛ぶと同時に、砲塔から赤い閃光が放たれる。

 全てを飲みこむような赤は、青空の下にいるアーストンの艦隊を飲みこんでいった。


「どうだ! 敵はどれだけ削れた!」


 副司令が状況を確認のため部下に確認をさせる。

 だが部下はレーダーから目線を外さず固まったままである。


「どうした! 何があった!」

「て、敵艦隊。—―です」

「何だ! 聞こえないぞ!」

「敵艦隊! 無傷!」

「馬鹿な! そんな訳があるか!?」


 乾坤一擲の一撃を受けて無傷。

 その事実は司令部を混乱させるに十分であった。


「静まれ!!」


 だが唯一司令官のみは冷静であった。

 一喝して場を収めると、次々に指示を飛ばしていく。


「放熱が終わり次第ロンギヌスの第二射を行う! MT部隊は時間を稼げ! 売り込んできた傭兵共も出せ! 守り切るぞ!」


 司令官の指示を受け落ち着きを取り戻した部下たちは、それぞれ出来る事を始める。

 指示を出し終えた司令官は、ついに目視できる位置まで来たアーストンの艦隊。

 いや、その中にいるであろう指揮官に向かって言い放つのであった。


「やってくれたな」

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