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第36話 戦乙女の懺悔

「敵の新兵器は長距離のエーテル砲だと判明した」

「……」


 閃光がユーリたちを襲ってから丸一日が過ぎた。

 ユーリは襲った光の正体について纏めた資料を、ドア越しに読み聞かせていた。

 相手は何も喋る事は無かったが、彼は構わず話し続ける。


「推定射程距離はドリトドン要塞からポイントAまで。およそ10キロと技術部は推定している。今回は狙ったのがカゲロウ一隻だけだったが、もし艦隊で向かっていたら被害は相当なものだったろうな」

「っ!」


 被害という部分に息を飲むを声が聞こえる。

 少なくとも聞いている事をユーリは確信しながら、話を再開させる。


「俺とアイシャには被害なし、カゲロウも俺の声に反応して回避運動を取ったから直撃は避けた訳だが。……掠ったせいで三人が死亡した」


 部屋の主もその事は知っている情報である。

 だがユーリは、そこが大事であると言わんばかりに改めて伝えた。


「この結果がアンタの求めたものと違うのは態度を見てれば分かる。だがこうして被害が出ている以上、俺は聞かなければいけない」


 軽く息を整えると、ユーリは扉の向こうにいる人物に問いかける。


「何を企んでこうなった。エリカ・ブレイン少佐」

「……」


 その後、お互い何も話さない静かな時間が流れていた。

 だがしばらくして、ようやく部屋の扉が開かれる。

 そこにはろくに寝ていないのか、目に濃いめの隈が浮かんでいるエリカが立っていた。

 入るよう促されたため、ユーリが部屋に入ると何かしらの資料がそこら中に散らばっており足の踏み場もない程であった。

 エリカは資料を踏みつけながら、力なくベットに座り込んで顔を手で覆う。


「……こんなハズじゃなかったんです」


 ユーリが聞く前に、エリカは全てを語り始める。

 その姿はまるで、神に罪を懺悔するようにも見えた。


「准将から聞かされていたのは、少尉をこの作戦で死なせる事。その為にバルアの長距離砲を利用しろ、という事でした」

「最初からバルアの兵器については知っていた。そういう事だな」

「ええ。そして他に情報が伝わらないようにしたのも准将です」


 エリカは天井を見上げると、顔を覆っていた手をどける。

 絶望に染まった目で見上げながら、表情は痛々しく笑っていた。


「少尉を始末した後はカゲロウを接収して要塞攻略に専念しろと言われてましたが、どうやら私も目標の一つだったようですね」

「……明らかに向こうはカゲロウを狙っていたからな」

「ええ」


 エリカはようやく視線をユーリへと向けると、自分の過去について話し始める。


「私が孤児院育ちなのは前にいいましたよね。……実はあの孤児院は准将が作った優秀な手駒を育てるための隠れ蓑なんです」

「手駒」

「軍人はもちろん、スパイや暗殺者としてもみんな育てらました。落第者は奴隷として売り渡して金を得たりなどしてね」

「……」


 気分が悪くなるような話を、エリカは淡々とした様子で語る。

 以前彼女が言ったシンパシーを感じるという意味を、ユーリはようやく理解する。

 互いに幼少期に地獄を見たという意味では、同じなのだ。


 —―そして、彼女は未だにその地獄の中にいる。


「准将の野心は人並み以上です。その為に法を犯す事も多々ありました。……その隠ぺいに協力するのも、私の仕事でした」

「けど、アンタは限界だった。違うか?」

「察しがいいですね。ええ、もう何もかもがどうでも良くなってきました。実を言うとこの作戦が終われば退役して私も何処かに売り飛ばされようかなって思ってたんです」

「だが准将は先にアンタを抹殺しようとした」

「あの人の犯罪の生き証人ですから。考えてみれば殺されない方がおかしいですよね」


 エリカは力なく笑う。

 目には涙が浮かんでいたが、ユーリは気づかない振りをした。


「けど、どこかで信じたかったのかも知れない。私とあの人の間に、歪ながらに繋がった絆があると。……結局私の思い込みだったみたいですけどね」


 そう言うと、エリカは立ち上がりユーリの近くまで移動する。


「話す事は以上です。あとは軍法会議でも何処にでも連れてってください」

「……こっちは確かめたかっただけだ。アンタをどうこうするつもりはない」

「罪は償わないと。それにこれ以上、私に出来る事なんて」

「新兵器の攻略法、もう浮かんでいるだろう?」

「!? どうして」

「俺がアンタの立場なら、考えてない訳ないからな」

「ですけど、私はもう……」


 突然の提案に戸惑うエリカであるが、ユーリは力強くその目を見ながら言う。


「ここでアンタが魔の手を逃れても、他の誰かが犠牲になるだけだ。その地獄をここで終わらせるべきじゃないか?」

「……」

「どうするかは自分で決めろ。ただ俺なら、生きる事を諦めないがな」


 そう言い残してユーリは部屋から出ていく。

 残されたエリカは、ベットに再び座り込む。


 —―だがその両目には、先ほどとは違い力が宿っていた。

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