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第34話 戦乙女の慟哭

 ユーリがミーティングを出ると、落し物の持ち主は何故か壁にもたれかかって何かを呟いていた。

 一瞬迷うユーリであったが、お互いに暇を持て余してる訳ではないため声を掛ける。


「ブレイン少佐」

「……アカバ少尉。何か不明な点でもありましたか?」


 エリカはユーリに気付くともたれかかるのを止め向かい合う。

 異名に違わぬ凛とした立ち姿であったが、ユーリはその立ち振る舞いを見て違和感を覚える。

 だがユーリはそれに蓋をして、落し物を返す事を優先した。


「いや、これが落ちていたから渡しに来ただけだ」


 そう言って返されたのは、一枚のハンカチであった。

 刺繍もかなり荒く高級品だとは思えないが、使い込まれているのは見て分かった。


「あっ、ありがとうございます。……とても大切なものなので」


 ハンカチを受け取ったエリカは、今度は落とさないようにしっかりと入れておく。

 やる事はしたのでユーリはこの場を去ろうとしたが、エリカから意外な申し出があった。


「あの少尉。少し話でもしませんか? 良ければ、ですけど」

「構いませんよ、少佐殿」


 ユーリは承諾すると、近くにあった販売機から水を二つ取り出し片方をエリカに渡す。

 水を受け取ったエリカは一口飲むと、ユーリに質問をするのであった。


「少尉の過去は調べさせて頂きました。元少年兵、そして孤児だったという事も」

「まあな。珍しくないだろ? 今の時代」

「……そうですね」


 今はいつどこの国が滅んでも可笑しくない戦争の時代。

 ユーリの過去はそれを象徴してると言っても過言ではないだろう。


「実を言うと、私も同じなんです」

「と言うと?」

「元々孤児院で生まれ育って、准将が私を引き取ったんです」

「なるほど」

「ですから、少尉には勝手にシンパシーを覚えているんです」


 エリカは仕舞ったハンカチをもう一度取り出すと、笑顔を受かべて語り始める。


「このハンカチも、施設にいた仲のいい子から送られたものなんです」

「そうか。だったら次は落とさない方がいい。もし見つけていたのがアイシャなら、またひと悶着あっただろうからな」

「ふふっ、そうですね。気をつけます」


 冗談めかした言葉に、エリカは笑って返す。

 実に和やかに話をしていた二人であったが、ユーリの一言が空気を一変させる。


「で? 少佐、いや准将は何を企んでいるんだ」

「……」

「俺だってそこまでバカじゃない。あんたらが何かを仕掛けているのは分かる」

「そ、れは」


 ユーリの追及に対して、エリカは言いよどむ。

 打って変わって緊迫した空気が二人を包むが、それを一変させたのもユーリであった。


「言えないなら、それでもいいけどな」

「え?」

「そっちにだって事情がある。ただ思う通りになるとは考えるなと言いたかっただけだ」

「……いいんですか?」

「そもそも何をやるかも分からないのにこれ以上追及できないだろ。ただ一言付け加えるとするなら」


 エリカの目を見て、ユーリは忠告する。


「何をするにしても自分の意思を持った方がいい。その方が後悔しなくてすむぞ」

「……そう見えますか?」

「とても」


 ユーリは持っていた水を飲み干すと、エリカに背を向け歩き始めた。


「では少佐。作戦の準備がありますので、自分はこれにて」


 去っていくユーリの背中を見続けたエリカは、持っていたハンカチを握り込み涙を流す。


「ごめんなさい。けど、私にはこれしか……!」


 彼女の静かな慟哭は、誰にも届かぬまま作戦開始時間を迎えようとしていた。

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