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第32話 アーストンの戦乙女

 —―新西暦五十六年 八月上旬


 アーストン王国は敵対国であるバルア公国への攻勢を強め、ついに最終防衛ラインとされるドリトドン要塞まで軍を進めた。

 ユーリたちデュラハン隊を乗せたカゲロウは、援軍として前線であるフロイ基地に到着。

 作戦が始まるまでカゲロウにて待機を命じられた一同。

 その中には、常とは違う乗員が一人乗っていた。


・・・・・・・・・・・


「二人ともどう思う?」

「ホェ? 何が?」

「カレリン。口に入れたまま喋らないで」


 デュラハン隊の三人娘は集まって食事を取ってが、その途中でアイシャが神妙な顔をして二人に問いかける。

 何について聞かれてるか分からないエルザであったが、アイシャが無言で指さした方向を見て納得する。

 そこには一人で黙々とサンドイッチを口に含む、白髪の少女がいた。


「エリカ・ブレイン少佐の事?」

「そう」

「……この船に乗っている経緯についてはあなたが一番知っているんでしょ?」


 事の始まりは一週間ほど前の式典まで時間を遡る。

 ブレイン准将から自分の直属にならないかと誘われたユーリであったが


「すみませんが、お断りさせて頂きます」


 と断ったのである。

 一部始終を見てヒヤヒヤしていたアイシャであったが、意外にも准将はあっさりと引き下がった。

 だが本題として提示されたのは、ドリトドン要塞攻略作戦におけるデュラハン隊の参加要請。

 流石のユーリも簡単に頷こうとはしなかったが、戻ってきたスコットの鶴の一声によって承諾された。

 そして無理を言った詫びとして、今回カゲロウに作戦参謀としてエリカを乗せる事となったのである。


「どうって……何が?」

「怪しすぎるでしょ」

「経歴は凄いものよ。士官学校を首席で卒業して、その後も有益な作戦を立案し続け少佐へ駆け上がった。ついた異名がアーストンのラーズグリーズ(戦乙女)

「だ・か・ら! そんな奴がどうしてわざわざこの船に乗る必要があるのかって言ってるの! どう考えてもおかしいじゃない!」


 段々とヒートアップしていくアイシャを冷ややかな目で見ながら、エルザは食器に残っていたスープを飲み干す。


「仮に何か策略があったとしても、私たちに出来る事はない。間違いなくそれは軍部内。しいては上層部が絡んでいるだろうし」

「それは! ……そうかも知れないけど」

「今は静観するしかないでしょうね。まあ面倒な事が起こらないよう祈るけど」

「……それしか無いか」

「話は終わった?」

「アンタは少し真面目に考えなさいよ!」


 話をしている間、ずっと食事を取っていたミーヤの頬を引っ張るアイシャ。

 それを呆れた表情で形だけでも止めるエルザ。


 —―その様子を、エリカは遠くからジッと見ていたのであった。

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