第2話 契約
少年と軍人は、ここに契約を結ぶ。
「しかし、よく居場所が分かりましたね。あちこち転々としてたんですが」
「ああ、おかげで追うのに苦労したよ」
場所は変わり工場の事務室にある応接室。
そこでユーリとスコットは二人のみで話し合っていた。
何時までも工場前で話していては邪魔だろうと、スコットがどこか落ち着いて話せる所を要望した結果であった。
二人は質があまり良くないソファーに座りながら、出された美味しくない紅茶を飲む。
しばらくお互い黙ったままであったが、やがて焦れたのかユーリが単刀直入に本題に切り込む。
「……で? 具体的には俺に何をやらせる気なんですか?」
「聞く気はあるのだな」
「まあこうなった以上は、ね」
心底困った顔をするユーリを見て微笑むスコットであったが、やがて表情を真剣なものへと変える。
「今回少将への昇進にあたり、直属の特務部隊を編成する事になった」
「おめでたい事で」
全く感情の籠っていない声で祝福するユーリに何も言わず、スコットは情報端末を取り出す。
「これは?」
「その部隊を編成するにあたり、隊長候補であった者たちのファイルだ」
「そんな物、外に出していいんですか?」
「無論良くはない。だからこの事は極秘だ」
「悪い大人だ」
そう言いながらユーリはためらう事なく端末を弄りファイルを確認するが、これと言って大した事は分からなかった。
「……これがどうしたんです?」
「そう。一見すれば共通点のないただの人員だ。……だが、隅を突けば全員にある人物の息がかかっている事が判明した」
「ある人物?」
「知らなくてもいい事だ」
「あっ、そう」
スコットがこう以上は、本当に知らなくてもいい事なのだろうと流す事にするユーリ。
彼としても特に聞きたい訳でもないので、さっさと話を進める。
「それで? 息がかかっているとまずい訳?」
「……平常時なら問題はないだろう。だが緊急時、信んじられない者は頼れん」
「俺なら信用できる。そう言っているようにも聞こえるけど?」
「そう言っているからな、間違っていない」
「……ふぅ」
ユーリは深く息を吐くと、持っていた端末をスコットに突き返す。
「悪いが断らせてもらう。他を当たってくれ」
「……」
黙ったままスコットは突き出された端末を受け取りはしたが、ソファーから動く気配はない。
その様子にユーリは頭を抱えて、どう断るか迷う。
「あのな……。信用してもらえるのは嬉しいが、どう考えても無理があるだろ。そもそも、あの時に戦ってこれたのは単に」
「生き残るため。いつもそう言っていたな」
スコットは昔を思い出すように目を閉じながら、過去の情報を羅列していく。
「孤児であったお前は、自分の意思とは関係なく少年兵部隊へと徴兵。百人以上いた仲間ではあったが、生き残ったのは僅か五人」
「……」
見るからに嫌な顔をするユーリであったが、それでも構わずスコットは話しを続ける。
「無謀な作戦で、いつ死ぬとも分からない状況。心身ともに荒れるのは想像に難しくない。だが普通なら生きるのも諦める状況で、ユーリ。お前だけが生きる事を諦めていなかった」
「確かに、な」
ユーリは天井を見上げながら、あの日々を思い出していく。
だがやがて意識をスコットに向けると、睨みつけながら質問する。
「で? そこから生き延びたのに、また戦場に立てって言うのか? 他でもない、あの状況を改善したアンタが」
「……そうだ」
「下手な言い訳をしない分は潔いと思うけど、断らせてもらう。理由がない」
「待て」
立ち上がろうとするユーリを、スコットは引き留める。
「まだ何か?」
「確かにお前はいま生きている。だが本当に生きてると言えるのか?」
「何が言いたい」
「お前の心は、未だ戦場の中にいる。今は生きるという行為を繰り返しているだけだ」
「っ! ……」
何か反論しようとするユーリであったが、思い当たる節があるのか何も言えずにいた。
「確かに私がやろうとしてる事は危険にさらす行為だ。だが、薄々感じているはずだ。お前が生きるべき場所は、戦場だと。そういった運命なのだとな」
「……だとしても、アンタの話を受ける理由にはならない」
それは、ユーリの僅かばかりの抵抗であった。
その抵抗に対し、スコットは先ほどとは違う端末を渡す。
「提案を受け入れるのであれば、出来る限りの公私に渡る援助をしよう」
「……何か、見た事もないような金額が書かれているけど。まさかこれを俺にくれる訳が」
「そのまさかだ。加えて、小隊結成と同時にお前を少尉となる」
「士官学校も出てない俺がか? いや、別になりたい訳ではないけど。だいぶ無茶したんじゃないか?」
「各関係から苦情はあったが、必要な事ではあった」
その表情からは全く後悔は見られず、ユーリは何も言えなくなってしまう。
「他にもやれる事があるならば、可能な限り受け入れよう」
「……あと一つだけ、聞いてもいいですか?」
「答えられる事ならば」
「どうしてそこまで俺に信用を?」
「さあな。だが、お前なら裏切らない。そんな確信を持っている」
「……」
「……ふぅ」
先ほどと同じく、息を大きく吐くユーリ。
だがその顔には、僅かながらに笑みが乗っていた。
「そこまで言われたら、断れないな。精々死なないように頑張りますよ」
「そうか。……頼むぞ、白い死神」
二人は立ち上がると、固く握手を交わす。
かつて少年兵でありながら、『アーストンの白い死神』と呼ばれたユーリ・アカバ。
彼が戦場へと舞い戻る事が決定した瞬間であった。
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「そうそう。既に決まっているお前の小隊メンバーだ」
二人がドルデインから移動してる最中、スコットに手渡された資料を見てユーリの顔が曇る。
「気のせいか? 同年代の女しかいない気がするんだが」
「言っておくがわざとではない。若手の優秀な者を集めたらそうなったんだ」
「……はぁ」
居心地の悪さを想像して、受け入れた事を早速後悔し始めるユーリであった。
これにて序章は完結し、第一部が開幕します。
どうか第一部も、よろしくお願いします!