第26話 楔
首都リビィアン前に広がる砂漠。
本来であればアーストンを迎え撃つためにペギンの全軍が布陣するはずの戦場は、赤く塗られたバレットの専用機であるランスロットⅢのみが仁王立ちしていた。
「……」
予定された時間ギリギリとなっても現れない対戦相手に怒りを表す事もなく、バレットはただ静かに待っていた。
いま彼の脳裏に浮かんでいるのは、国の忠義や守るべき民の事……ではない。
ペギンの赤獅子とまで呼ばれた絶対的エースは、極めて個人的な思惑をもって決戦の場に立っている。
アーストンの白い死神
ユーリ・アカバと決着をつけたいがために、バレットは初めて国を利用した。
出会った時間は一日にも満たない、会話した時間は一時間もないだろう。
それでもバレットにとっては、初めて邂逅した時から待ちに待った決着の時だ。
あの時ユーリを撃ち損じ、名前と境遇を知った時から生まれた心の淀み。
何をしても晴れなかったその淀みをここで断ち切る。
バレットの意思は何よりも固く定まっていた。
「……来たか」
レーダーに表示されるよりも前に、バレットはユーリが来た事を察する。
やがて目視できる範囲にまで、戦場では異様に目立つ白のMTが空中から接近していた。
以前バレットが見た時よりも装甲が厚くなっており、見慣れない武装も追加されている。
「流石に無策では飛び込んでこないか」
やがてランスロットⅢの近くに降り立つユーリ機に対し、バレットは通信を繋げる。
「……こうして話すのは二度目だったかな? ユーリ・アカバ君」
「ええ。まさかこんな形で戦うとは思っても見ませんでしたけど」
どこか皮肉交じりに答えるユーリに対し、バレットは苦笑いで返す。
だが真面目な顔になると、バレットはユーリに問いかけをし始める。
「君はどうして戦う」
「いきなり何の事です?」
「あの日から君の事は調べられるだけ調べた。生きるために戦う、その為に過酷な少年兵時代を乗り越えた」
「……」
「なのにいま君は再び命を投げ捨てるように戦場に立っている。どうしてだ?」
「……答える意味あります? その質問」
「確かに、これは個人的な興味で聞いている。君に答える義理などはないのかも知れん。だが」
通信越しでも伝わってくる気迫を醸し出しながら、バレットはもう一度問いかける。
「どうして、君は戦場に帰って来たのだ」
「……理由は二つ。戦う意味を示されたから。もう一つは」
ユーリは一拍置いて、その言葉を口に出す。
「結局のところ。俺のような奴が生きていくには、戦場しかないって分かったから。これで満足ですか」
「……ふっ、なるほど。戦場でしか生きる意味を見出せない、それが君なのか」
バレットはふっ、と笑うとランスロットⅢの巨大ランスをユーリに対して向ける。
「いま改めて確信した。ユーリ・アカバ。このままでは心をすり減らしてただ機械のように死んでいく」
「……かも知れないですね」
「そうしたのは我々大人だ。……このようなやり方ですまないが、死をもってその楔を解き放つ!」
ランスを本格的に構えたバレットに対し、ユーリもゆっくりと実体ブレードであるシラヌイを構える。
「悪いですが、どこでどう死ぬかは自分で決めますよ。それが壊れた機械のような結末だったとしてもね」
しばらくの間、静寂の時間が二機の間に流れていく。
もう語るべき言葉は言い終えた。
後はただ戦うのみである。
―そして
ペギン側から放たれた信号弾を合図と共に。
赤と白、二機のMTは決闘を開始したのだった。




