第14話 誇り
晴ればれとした青空に浮かぶ爆煙をバックに、黒と白のMTは激しく切り結んでいた。
「引き裂いてあげる!」
黒いMTの全長近くもある大剣を、カーミラはスラスターを吹かせながら大空を引き裂くように振り降ろす。
チェーンソーように回転する刃も合わさり、当たれば装甲がズタズタに引き裂かれ大破は免れないだろう。
【少尉】
「分かっている!」
だがユーリは臆する事無く冷静に躱す。
白を基調とした装甲が回転刃によって削られるが、ユーリは気にしない。
青白い光を発する二刀のサーベルにて、各部のスラスターを駆使しながら前後左右に上や下。
斬撃だけではなく、蹴りも使用した動きでダンスでも踊っているかのような立体的な連撃を繰り出していく。
「甘い!」
しかしカーミラは振り降ろした大剣を素早く戻してユーリの連撃を、大剣とは思えないほど器用に捌く。
その後も攻防を繰り返しながら、どちらかが体勢を整えるために一度引く。
内容に差はあれど、似たような駆け引きが僅かな間に何度も行われていた。
「……ふぅ」
【少尉。疲れてきていますか?】
「まだ大丈夫だ。問題ない」
アイギスに端的な答えを返すユーリは、カーミラのMTから目を一切逸らさない。
一挙一動に集中している彼に、アイギスがAIとしての意見を出し始める。
【現在敵機との実力は拮抗しています。援護を要請すべきだと判断します】
「却下」
【理由をお聞きしても?】
「単純な話だ。多少の援護があったところでアイツは崩せない。お前もそれは理解しているハズだ」
【……】
断言するユーリにアイギスは何も言わない。
いや、言えなかった。
アイギスが計算しても、勝率がそれほど上がる訳ではなかったからだ。
【では少尉には何かしらの勝算があるのでしょうか?】
「意外だな。てっきり引き延ばす事を推奨されるかと思ってた」
実際のところ、全体的な戦いはユーリたちの勝利で間違いない。
既に白兵部隊によって、解放戦線の施設は七割を掌握。
幹部クラスのほとんどを捕縛し、もはや組織としては死んだも同然であった。
大局を見ればカーミラとの勝負にこだわる必要はない。
だがアイギスはユーリに勝算を聞いた。
それがユーリには意外であった。
【確かに。ここでの勝利は戦局に影響ありません。ですが、当AIはアームストロング博士が開発した最新鋭です】
「それで?」
【端的な言い方をしますと、そのAIが引き延ばす事を推奨していけない。そう考えました】
「……ふっ」
【何か可笑しいですか? 少尉】
突然笑ったユーリにアイギスが質問すると、彼は口元を緩めながら答えた。
「いや? 最初はもっと機械的だと思ったが、随分と人間らしい事も言うじゃないか」
【そうでしょうか?】
「分からないなら教えてやる。その考えはお前の誇りから来ているもんだ」
【誇り】
「お前はそう思わないだろうが。少しだけ上手くやれる気がしてきたよ」
そう言い終えると、ユーリは浅く深呼吸したのち操縦桿を握る手に力を込める。
【少尉】
「黙って記憶しておけ。……俺たちの勝ちを、な!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
何度も繰り返した駆け引きを終わらせるべく、ユーリはパターンを変える。
一気にカーミラ機との距離をさらに取り、スラスターを出力を高めていく。
放出されたエーテルが、青空に舞ってゆく。
何よりもスピードに特化した一撃。
そのスピードを使ってサーベルで切り裂けば、装甲は真っ二つだろう。
そしてスラスターの出力が限界近くまで達した瞬間、白い流星の如く飛翔する。
(まだまだ若いわね)
だがカーミラの心の内は余裕で満たされていた。
普通のパイロットであれば、成す術もなく両断されていただろう。
しかし歴戦の傭兵であるカーミラは、真っ直ぐ突っ込む流星に対してカウンターを打ち込む気でいた。
傭兵として磨かれた技量なら出来ると、彼女は自信を持っていた。
(残念だったわね。生きてたらまた会いましょう)
ユーリが迫り来る中、流星を断ち切るように回転刃の大剣を振り上げるカーミラ。
(取った!)
完璧なタイミング。
カーミラ自身、会心の一撃と思える一振りであった。
―だが
「なっ!?」
すり抜けた。
大剣は間違いなく白いMTを切り裂いたハズ。
混乱する中、カーミラがモニターを確認するとファフニールは大剣の少し手前で止まり青白く光る二刀を構えていた。
(釣られた!)
そこでようやくカーミラは何が起こったのかを把握した。
何て事はない、ただ急停止しただけである。
カーミラは気づかず目に焼き付いた幻影を切ったに過ぎないのだ。
だがそれを成すのにどれだけの技量と勇気が必要なのだろうか。
一歩何かが狂えば結果は死でしかない。
だがカーミラがその事を考えている暇は無かった。
二刀を握るマニピュレーターが力を込め、コックピットへの横薙ぎを繰り出す。
「くっ!」
だがカーミラは青白い二閃がMTの黒い装甲を切り裂く瞬間、大剣を捨てて全力で後退する。
結果としてコックピットは大きく切り裂かれ、損傷個所からカーミラの姿が丸見えとなった。
だが、間一髪のところで彼女は生きていた。
「はぁはぁ」
眼前にモニター越しではない青空が広がり、カーミラは荒く息を吐く。
生き残った事を喜ぶ暇もなく、切り裂かれたコックピットからファフニールを見る。
勝負は終わったと言わんばかりに追撃をしてこない白いMTを見て、カーミラは撤退を決める。
元々嫌々である仕事、命をかけるなんて馬鹿らしい。
ただ一つ心残りがあるとすれば。
(名前、聞きそびれたわね)
そう思いながらカーミラはこの戦線から離脱する。
白兵部隊が解放戦線の司令部を完全制圧したという情報がユーリに届いたのは、このすぐの事であった。
今回の戦闘シーン如何でしたでしょうか。
かなり力を込めて書いてみました。
次回は第ニ章のラストとなります。