第10話 演説と傭兵
―アーストン北部 鉱山跡地
かつてはオリハルコンを多く採掘していたが、枯渇したため今は廃棄されていた場所であった。
そんな場所には似つかわしくなく、鉱山内部には多くの人が存在していた。
誰も彼もが興奮している中で一人の男が皆の前に立つと、さらに熱狂していく。
「皆! よくここまで着いてきてくれた! 知っての通り明日我々は弱腰に成り果てた現政権に対し蜂起する!」
男が演説をし始めると、先ほどまで興奮していた者たちがその言葉を聞くために黙る。
いま語っている男こそ『アーストン解放戦線』の創設者でありリーダー、ジェイソン・グッドマンであった。
「そして我らが勝利した暁には! アーストンの全戦力をもって悪しきガスアの血を根絶やしにしてみせよう! これは決して虐殺などではない!」
ワッと場が湧くのが収まるのを待ってから、グッドマンは更に力を込めて語る。
「だが! 残念だがアーストンの中にもこの真理を理解できない愚かな人々がいる! 多くの血が流れる事だろう! しかし! 我は勝つ! 何故ならば我らこそが正義であるからだ!」
その言葉を聞き、聞いていた全員が腕を突き上げまるで憑りつかれたように正義を連呼する。
グッドマンはそれに負けないほどの声を張り上げ、全員に向けて断言する。
「我らに賛同する支援者から多くの武器やMTを得た! 明日行われるのは単なる戦いではない! 我が正しいと証明される聖戦だ! 皆でアーストンの未来を切り開こう!」
「……はぁ」
皆に熱狂的に騒がれているグッドマンを遠目に、一人の若い女が誰にも気づかれないようため息をついていた。
紫がかった黒髪を揺らしながら、女は騒ぎから逃げるように誰もいない場所まで移動する。
「全く、嫌な仕事を受けちゃたわね」
彼女の名はカーミラ・ウォン。
流れの傭兵であり、『血濡れのカーミラ』という二つ名を持っている凄腕。
高額報酬に釣られて解放戦線に雇われたのはいいが、絶賛彼女は後悔中であった。
「やる事はただのテロ。しかもやり方が汚い」
解放戦線は明日には街を襲い、そこの住民の命を交渉材料にして王国に言う事を聞かせる作戦を取る。
カーミラとしてもこんな作戦に参加などしたくはないが、報酬の半額を貰っている以上は働らなければ彼女のポリシーに関わる。
「それにこの作戦が成功するだなんて、どれだけの人数が分かってのだか」
まず前提として、国がそんな交渉に乗る訳がない。
人命を大切にするにせよ、一々テロリストの言う事など聞く必要もない。
第二に街を襲うにしても、解放戦線の主力は工業用のMT。
武装しているとはいえ、正規の軍人が操る軍事用MTに対抗するには弱すぎる。
戦いは数とは言うが、質もある程度は伴わなければ意味がないのだから。
(加えて規模を大きくする事に注意しすぎてスパイの事とか考えてないとか、ここまで来ると笑えるわね)
実際いまも軍のスパイが動いているだろうとカーミラは予想するが、この事をグッドマンには報告していない。
以来されたのは戦う事だけで、スパイを報告するのは内容には入っていないのだから。
「まあ、した所であの男は信じはしないのでしょうけど」
カーミラが観察したところ、グッドマンは本気で自分が正しいと思っている。
ああいった独善的で自分に酔う輩は人の話を聞かない。
それどころか自分と意見が違う者は悪と決めつけ、仲間であった者でさえ簡単に殺す。
そんな男にスパイの存在を指摘しても、碌な事にならないとカーミラは直感していた。
「どっちにせよ、明日は負けね」
カーミラはアーストンの軍部について詳しい訳ではない。
だがまともに機能しているのならば、テロを防ぐために既に動き始めているはずと彼女は予想している。
準備万端な正規軍と、数しかいないテロリスト。
結果など目で見るよりも明らかだった。
彼女は用意していた荷物からワインとグラスを取り出すと、優雅に注いで一杯だけ口に含む。
自身が厳選した特級ワインで喉を潤しながら、カーミラは不敵に笑う。
「ふふ、まあいいわ。切って切ってまた切って、それで飽きたらさっさと帰りましょ」
相手の機体を切り刻む事に興奮する事から、二つ名がついた彼女は自他共に認める戦闘狂。
負け戦であろうと、それはそれで楽しむのが彼女の強さであり怖さであった。
「はぁ、何処かにいないのかしら。私が全力を出しても壊れず相手をしてくれる、理想の好敵手は」
飢えた戦闘欲求を抑え込みながら、カーミラはまだ見ぬ好敵手に夢を馳せるのである。
元凶である解放戦線側のエピソードでした。
次回は、いよいよ迫る戦いに待機しているユーリたちの話となります。
ご期待ください。