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幕間 彼が死神と言うならば

 首都エリンにある軍関係部署が集まる施設の一角。

 そこにスコットの執務室はあった。

 軍服をキッチリと着こなし、書類に目を通しては判を押していく。

 そんな地道な作業中であったスコットの耳に、扉がノックされる音が響く。


「入れ」

「失礼します」


 入ってきたのはライアンであった。

 追加の書類をスコットの許可を得て机に置き、ライアンは邪魔にならないようすぐに立ち去ろうとするが―


「中佐」

「は、何か」


 呼び止められたライアンが振り向くと、スコットはいつの間にか二人分のティーカップを用意していた。


「少し休憩に付き合わないか?」

「は、はあ……」


 お互い仕事中ではあるが、幸いライアンに緊急性のある仕事はない。

 それに少将であるスコットが自らお茶の用意しているのに、このまま立ち去るのも失礼。

 そう割り切る頃には、紅茶とクッキーが用意されていた。

 スコットが備え付けのソファーに腰を下ろしたのを確認すると、ライアンも対面に座る。


「申し訳ありません」

「いや。中佐には今回色々と苦労をかけたからな、その礼も兼ねてな」

「アカバ少尉の件ですね」


 頷きと共にお茶をすするスコット。

 今回ユーリを少尉とする為に、スコットはかなりの労力を掛けていた。

 その調整のため、ライアンも方々を駆けずり回ったのは彼の記憶にも新しい。

 ライアンも倣うように一口飲むと、戸惑いながらも疑問を口にする。


「あの、少将。一つお聞きしてもよろしいでしょうか」

「何かな」

「アカバ少尉とはどのように出会ったのですか? 准将であった貴方が、少年兵であった彼と」

「……」

「ずっと疑問だったのです。アナタ方の関係はかなりの信頼で結びついています。そこまでの絆をどうやって築かれたのですか?」

「信頼……か」


 スコットはカップを持ったまま立ち上がると、窓の方に近づいていく。

 何かを堪えるような表情をするスコットに疑問を感じつつも、不躾な事を聞いたかとライアンが謝罪しようとする。


「少将」

「……彼と出会ったのは今から六年前。まだガスアとの停戦が結ばれていない時だ」


 ライアンが話そうとするのを遮り、スコットはユーリとの出会いを語り始める。

 気勢を削がれたライアンはもう一度座り直し、黙って話に耳を傾けた。


「当時アーストンはガスアとその同盟国たちとの多方面作戦打開のため、様々な手を打たざるをえなかった」

「その一つが少年兵、ですね」

「ああ。……当時から非人道と言われてはいたが、それでも実行された」


 この時、ライアンにはスコットの表情は見えなかった。

 だが、その声からは痛いほどの後悔の念が伝わってきた。


「成果など期待していない。ただ時間稼ぎが出来ればいい。そんな考えの下で結成された部隊であったが、彼らは予想以上に勝利を重ねていった」


 一息つくためか残っていたお茶を一気に飲み干すと、スコットは続きを語り始めた。


「それを聞いた私は、指揮官が優秀なのだと思い前線まで行き慰労しようと思ったのだ。……だがそこで見たのは、地獄だった」

「地獄……」

「今でも眼に焼き付いている。まるで死人のような顔をした年若い少年たちが、囚人以下の働きをさせられていた」

「っ!」


 ライアンは話を聞いただけで頭に血が上るのを感じる。

 守られる立場である少年たちが虐げられていた。

 その事実に、ライアンは奥歯を噛みしめた。


「ボロボロになった少年たちが、血反吐を吐きながら次の戦いための準備をしていた。周りには死んだ者たちが野ざらし状態だったよ」

「そんな事が……」

「そして彼らを働かせていた者たちは、それを見て笑いながら酒を飲んでいた。私が現実を受け入れられずにいる時、倒れた仲間を庇って殴られている少年を見た」

「その少年が」

「ああ、ユーリだった。そして彼の目を見て驚きを隠せなかった。これだけの地獄の中で、生気があった事に」


 スコットはようやくライアンの方に向き直すと、その後の顛末を語る。


「その場で指揮官たちを解任し、少年兵部隊は私の指揮下にした」

「そんな中で、彼は生き残ってきたのですね」

「……初めて会った時、戦いを終えたら何をしたいか聞いてみたのだ」

「何と答えたのですか?」

「ただ一言『生きていたい』。そう答えたよ」


 深い息を吐きながら、スコットは懺悔するように言葉を口にする。


「今でも考える。少年兵など認めさせない方法は無かったのか? 無かったとしてももっとやり方があったのではないのか? と」

「少将……」

「そうしてまた、彼の手を借りようとしている。全く成長できないものだな、私は」


 スコットはそう言い終えると、ライアンに再び背を向けて事務的に言い放つ。


「必要以上に付き合わせたな」

「いえ。……失礼します」


 ライアンは敬礼をし終えると、何も言わずに部屋を出て行った。

 扉が閉まる音を背中で聞きながら、スコットは誰もいない空間で呟く。


「『アーストンの白い死神』……か。ユーリをそう例えるならば死神を生み出した地獄、それを造った我々は何と呼ばれるべきなのだろうな」


 天候は晴天。

 新西暦五十六年 四月中旬。

 ユーリの小隊が正式に結成される二日前の出来事であった。

今回はスコット目線からのユーリの過去回でした。

次回からは2章が始まりますので、ご期待ください。

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