第88話 人類を守る戦い
―新西暦五十九年 七月七日
アーストンの王都であるエリン近郊にある平原に、国が誇るMT兵団による大規模な防衛線が張られていた。
およそ全MTの九割が投入されており、平原はもとより空中にも陣取っている。
遠く離れた後方には廃棄された弾道ミサイルの発射場には選び抜かれた精鋭たちが準備を終え、作戦開始を待ち構えていた。
(……打てる手は全て準備できた)
エリンに設置された作戦指令室。
オーウェンに作戦指示を一任され指揮官となったエリカは、端末で迎撃態勢が整った事を何度も確認しては心を落ち着かせるように言い聞かせる。
予想外な行動にも対応できるよう準備はしており、まさに鉄壁と呼べるまでの布陣。
(それなのに。何故こんなに不安になるの? 見落としてる事があると言うの?)
抑えきれない不安がエリカの心中を埋め尽くそうとした時、意外な人物からの声が彼女の意識を向けさせた。
「随分と思い詰めているようだな。大尉」
「ユリウス王! なぜここに!」
敬礼すら忘れて問いかけるエリカを咎める事なく、当然のように傍によるユリウス王。
本来であれば万が一に備え避難する手筈であるにも関わらず、居るのが当たり前のように態度で近くにあった椅子に座り込む。
「この戦いに負ければ逃げても意味はない。ならばせめて前線で戦っている勇士たちと共にいたい。そう思うのは間違っているかね大尉」
「……素直に言わせてもらえば、逃げてもらった方が助かります。ですが引く気も無いのですね」
「うむ」
「でしたら動かず見守ってください。彼らが勝つ姿を」
「そうさせてもらおう」
悠然と座る王から視線を外し、次々に的確な指示を行うエリカ。
後はアヴァロンが射程圏内に入るのを待つ、それだけのハズであった。
「指揮官! 突然こちら全ての回線にメシアが介入を!」
「っ! 何を言ってますか!」
「それがこの場にいる最高責任者と話がしたい、と!」
急なメシア側からのコンタクト。
エリカは若干の動揺をしながらも、メインモニターに回線を回すように指示する。
(大丈夫。まだ予想範囲内の想定外。むしろ問題は……)
スコットがいない現状、本来であればエリカが対応するのが正しい。
だが今はアーストンのトップが来てしまっていた。
(流石に懐柔される心配はしてない、けれど応答によってはこちらの指示が下がる可能性もある)
向こうが何を言ってくるか分からない以上、原稿も用意する事が出来ない完全にユリウス王のアドリブ。
若干の不安を覚えるエリカに、メインモニターがボイスオンリーと表示され、全く人間的な柔らかさのない音声が流れてきた。
【こちらは人類救済AIメシア。ユリウス・ヴァン・アーストン三世様。どうぞお答えください】
ユリウス王が此処にいるのを把握されているのを知り、周りはどよめく。
冷静であったのは予想していたエリカと、名指しされたユリウス王であった。
「余がユリウスだ。驚きであるな、誰にも知られないよう動いたはずだが」
【その程度出来なければ全ての人類は救えません】
「ほう。で? わざわざ宣戦布告をするために通信してきたのか?」
茶目っ気を込めた声で問いかけるユリウス王の問いに対し、メシアはただ一言で答えた。
【分かりません】
「何?」
【わたくしには分かりません。なぜ抵抗するのですか? 人類は等しく平和を甘受できるというのに】
メシアの問いかけに指令室にいた者たちは騒めき立ち、同時に理解した。
本気でこのAIは、こんな方法で人類を救えると思っているのだと。
「確かに。そちらに従えば何の脅威もなく、生きていけるだろうな」
「……」
ユリウス王の同意するような言葉にエリカは口出ししそうになるが、ここは仕える王を信用し黙り込む。
【ならば】
「だがそれは生きているだけだ。喜びも何も何もあったものではない」
【それらの感情が人類を破滅に導きます。排除されて当然の機能です】
「だったら交渉のしようもない。どれだけ心地よい言葉を並べようと、お前は人類の敵だメシア」
(よし)
力強い否定に、エリカは思わず拳を握る。
明確に敵対を表明するのは士気にも関わるからだ。
【……なるほど。小生を受け入れる事は出来ない、故に抵抗する訳ですね】
「そうなるな。理解したなら、このまま引き返してもらえると助かるのだが?」
【ありえません。僕は全ての人を救うのです。無論あなた方も例外ではありません】
「なぜそこまでする」
【全ての人類には幸福になる権利があります。それを促す事こそ、メシアの存在理由なのです】
「ならばどうする気だ? 一戦交えると?」
そう問われると、メシアは一拍置いて予想もしなかった事実を伝えてきた。
【どうやら認識にズレが生じているようですね。そちらのMTの総数はおおよそ五千から八千。対してあなた方がリビングデッドと名付けたこちらのMTは五万】
「なに?」
五万。
こちらの十倍近い戦力を持つと言ってのけたこの発言に、ユリウス王も動揺を隠せない。
まして指令室にいた兵士たちは、圧倒的な差に絶望を覚えた。
(幾らなんでもあり得ない!)
それは動揺を見せないようにしていたエリカも同じ。
いや、戦力の分析をしていただけ余計に混乱していた。
いくらスクラップを元にしてたとしても、いくらニューブルックリンのMTを集めたとしても、ここまでの戦力になるはずが無いのだから。
【さらに以前の戦闘データを元に戦術プログラムを組みました。全てのリビングデッドがそちらのエースパイロットと同等の動きが出来ます】
「っ!」
思わず唇を噛むエリカ。
例え戦力に差があっても勝てる踏んでいたのは、敵が基本的な戦術しか取ってくるからだ。
つけ入る隙を完全に塞がれ、不安は心中を占めるエリカ。
それは他の兵士たちも同じで、皆一様に下を向く。
「だからどうした」
ただ一人、ユリウス王を除いては。
【状況はご理解して頂けてるはずですが? 戦闘にすら成りえないと言っています】
「だとしても、ここで引く気はない。例え一人になったとしてもだ」
【理解が出来ません。なぜそこまで頑なのですかユリウス・ヴァン・アーストン三世様】
「お前が解釈していようと、これは人類を守るための戦いだからだ」
モニター越しのメシアをハッキリと見据え、ユリウス王は断言する。
「ここで戦わず受け入れれば他の国も抵抗する気を無くす。例え何を失っても、負けたとしても残った誰かが意思を引き継ぐ。人間とはそうやって生きてきた」
【それはただの捨て鉢です。自己犠牲など唾棄すべきもの。考えを改めてください】
「かも知れんが。少なくともこの場にいる者たちは同意してくれているようだぞ」
見回してみれば、先ほど下を向いていた者たち全員が前を向いている。
ユリウス王を咎める者などおらず、むしろ賛同を示すように敬礼をしていた。
【……不可解です。ですが構いません。抵抗した先に見出す希望は私であると示しましょう】
メシアはそう言うと通信を切った。
同時にリビングデッドの先陣が間もなく射程圏内に入る事が知らされる。
「お見事な弁説でした。王」
「役に立ったようで何より。……全MTに通信を繋げ」
王の命令従い防衛線全てのMTに繋がれる。
椅子から立ち上がったユリウス王は、戦場に立つパイロットたちに向け号令を出す。
「全てのパイロットたちに告げる! これから諸君らに待ち受けるのは絶対的な脅威である! だが余は信じている! 我々はこの戦いに勝ち、人の尊厳を守り抜くという事を! これは! 人類を守るための戦いである!!」
号令を終えた後、聞こえてきたのはパイロットたちの闘気。
それを感じとったエリカは、先制すべく指示を出す。
「第一陣! 敵機が射線に入り次第、一斉射! 後に近接戦闘を開始せよ!」
―アーストンの
いや、人類の行く先を決める戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
気合いが入りすぎて少し長くなってしまいました
次回からは戦闘がメインとなりますので、ご期待ください!




