第87話 決戦前夜
アヴァロンがエリンに到達するまで、あと一日を切った夜。
万が一に備え一般市民はシェルターに避難し終え、大国アーストンの中心だと言うのに街中は静かなものである。
最前線に立つパイロットたちも親しい者と過ごしたり英気を養ったりと、思い思いの夜を過ごしていた。
「……」
そんな中でユーリは一人、格納庫内にてジークフリートのコックピットに座っていた。
既に一時間ほど黙って瞑想しているようであったユーリに、アイギスが堪らず声をかける。
【ユーリ】
「……何だ」
【他に行く場所は無いのですか】
「特に無いから居るんだよ」
吐き捨てるように短く言い切るユーリ。
その後また黙り込むが、ふと思い出したように会話を再開させる。
「例のシステム。問題はないか?」
【はい。……ですが】
「どうした?」
珍しく歯切れの悪いアイギスに、ユーリは不思議そうに問いかけた。
何も言わないアイギスであったが、しばらくしてようやくユーリに質問してくる。
【本当に使う気ですか?】
「必要ならな。反対か?」
【当然です。一歩間違えば廃人になるシステムなんて、許容できる物ではありません】
人間を補佐する為に生まれたAIだと定義するアイギスにとって、搭載されているシステムは相容れないようであった。
一方で表情が作れれば間違いなく不満気であろうアイギスとは違い、ユーリは気にしている様子もなく当然のように言い放つ。
「使わない方がいいに決まってるが、使うにしても問題はない」
【何故そう言い切れるのですか?】
「他でもない。お前が制御するからな」
【……ユーリ】
「この二年。誰よりも傍にいて、ユーリ・アカバを本人よりも知っているAIアイギスに託すんだ。不安なんて無いさ」
【……こんな時、どう返せばいいか分かりません】
「なら黙っててくれ。俺もガラでもない事を言って少し恥ずかしい」
再びコックピット内に静かな時間が流れていく。
このまま朝まで過ごすかと思われたが、アイギスが突然の来訪を知らせてきた。
【ユーリ。オーウェン少将がお見えです】
「こんな所にまで来なくてもいいだろうに。暇なのか?」
愚痴りながらもコックピットから覗くと、確かにスコットが一人立っている。
作戦責任者を放っておくわけにもいかず、急いでジークフリートから降りると出会いがしらに一言くぎを刺された。
「言っておくが暇な訳がない」
「何にも言ってないぞ」
「思ってはいただろう? 分かるさ」
「こんな場面で言われても嬉しくないな」
軽口を言い合いながら笑いあう二人。
その姿は上官と部下と言うよりも、親子のように見えた。
「で、何の用だ? まさか息抜きに来た訳じゃないだろ?」
「個人的に伝えておく事と確認しておく事があってな」
スコットは少しだけ間を置くと、伝えるべき事について話し始める。
「今からしばらくエリンから離れる」
「責任者が不在のまま戦闘か。あとで問題になるぞ」
「王や信頼できる人間には伝えている。作戦は大尉が上手くやってくれる」
「一応。理由を聞いておこうか?」
「……今回の件は色々と不可解な事が多すぎる。それを解明するためだ」
ユーリの耳に近づきギリギリ聞こえるような小声で説明するスコット。
言い終わり離れたスコットは、先ほどのように笑みを浮かべる。
「恐らく今回も手柄を上げて生き残るだろうからな。心配はしなくてもいいだろう?」
「過度な期待どうも。それが伝えておく事だとして、もう一つは?」
問われるとスコットは表情を暗くし、ジークフリートを見上げた。
「作戦が成功すれば、恐らくアイギスは廃棄されるだろう」
「……」
何も言い返さないユーリに、スコットはひたすらに言葉を重ねていく。
「今回の一件でAIへの信用は無いに等しい。特に人間のように思考するAIに対してわな」
「……そうか」
「済まない。こればかりはどうしようも無かった」
頭を下げようとするスコットだが、ユーリはそれを静止させた。
「仕方ない。なんて言うには長く過ごしてきたけど、それでも言わせてくれ。仕方ない」
「ユーリ」
怒りも何も感じさせない表情で言い切るユーリを見て口を閉ざしたスコットは、踵を返して格納庫から出て行こうとする。
「もう行くのか?」
「ああ。……作戦は任せたぞ」
「出来る事はやるさ」
「なら成功間違いなしだな」
振り返ってフッと笑うと、今度こそスコットは格納庫から去っていた。
再び静かになる格納庫にて、ユーリは夜空に浮かんでいるだろう月を見上げる。
「アイギス」
【何ですかユーリ】
「勝つぞ。絶対」
【はい】
ユーリとアイギスの誓いは、誰にも聞かれる事無く夜の闇に消えていく。
―そして太陽が昇った翌日、アーストンは運命の日を迎えるのであった
いよいよアヴァロンがエリンに近づき、決戦の幕が切って落とされます。
次回からも気合を入れて書いていくので、是非読んでくださいね!




