幕間 本当の礎
アーストンの首都であるエリンは、言うまでもなく多くの人々が暮らしている。
その中でも中心部には軍の上層部や政治界の大物などが集まっているエリアがあった。
「……」
だがアーストンに住む多くの人にとって憧れとも言えるエリアを、車の窓から憎たらし気に見つめる少女がいた。
その名はユーリが隊長を務める事となった小隊メンバーの一人、アイシャ・ウェルズであった。
「お嬢様、もうすぐ到着でございます」
「……ええ、分かっているわ」
運転をしている執事服の男に、気だるげに答えるアイシャ。
その様子を見て、執事と思われる男性は優しく声をかける。
「差し出がましいようですが、ご当主も奥様もああ見えて心配していらしゃるのです」
「そんな事は分かっているわ。問題なのは心配の仕方よ。もうじき軍人として任務に当たるっていう時に呼び出して……」
ウェルズ家はアーストン王国を建立を支えた名家であり、アイシャは三代目当主の長女に当たる。
そんな彼女自身、士官学校に入る前は社交界にて有名人であった。
「お嬢様、宜しければお教えいただけませんか? 何故軍に身を置くのですか?」
「……それを聞くのは執事としての義務? それとも好奇心?」
「両方でございます」
「……まあいいわ。けど口外しないでね」
アイシャは窓から見える景色にため息を吐きながら、淡々と答え始める。
「守られるより、守る人間になりたかったのよ」
「? それはどういう……」
「爺はどう思う? この景色を」
「大変賑わっていると思いますが?」
「そうね。今の世界において、ここまで繁栄しているのはアーストンとガスアぐらいでしょうね。……けど」
目をつぶり、何かを押し殺すようにアイシャは思いを口にする。
「それは多くの人が戦ってきた勝ち取った結果なのよ。断じて安全な場所でのんびりしてる人間が築いたモノではないわ」
「お嬢様」
「言いすぎな事は認めるけど、それでも本当に称えられるべきなのは戦ってきた人間なのは間違いないでしょ?」
「……そうかも知れませんね」
執事の同意に対して、何も思う事は無いのか返事もせずにアイシャはただ喋り続ける。
「だからこそ、私は守られる側じゃなくて守る側でありたい。胸を張ってこの国の礎なんだと言いたいのよ」
「お嬢様のお気持ちは分かりました。ですがご当主が納得するかどうか……」
「適当に言いくるめるわよ。何だかんだ言って私に弱いんだから、お父様」
「ふふ、そうでございますね」
その後しばらく黙っていた二人であったが、執事が思い出したように質問する。
「噂によればお嬢様の上官殿はかつて死神と異名をとった方だとか」
「はぁ。噂って本当に出回るの早いわよね」
「まだ年若いと聞きましたが、どのような方なのです?」
「どんなって言われても、まだ数回会っただけよ?」
「お嬢様の直感では?」
「……まあ、あえて言うなら」
アイシャは初めてユーリと出会った事を思い返しながら、ゆっくりと口にする。
「不思議ね」
「はい?」
「全身から気だるげな空気を醸し出しているのに、目だけは生きる気力に満ちている。MTに関して信頼できると思うけど、それ以外は分からない。そんな不思議な人」
「それはそれは。これからが非常に楽しみでございますね」
「どこをどう聞いたらそんな感想になるのよ」
「ですがお嬢様。その方のお話をされた時、笑顔でいらっしゃいましたよ」
「……本当に?」
「ええ」
心底意外そうな顔をするアイシャに対し、執事はそう返した。
一瞬不服そうにする彼女であったが、やがて笑みを浮かべる。
「まあ確かに。……期待はしている、かな」
そう言葉を漏らすアイシャの顔は、やはり笑みが浮かんでいたのであった。
今回はアイシャが主役の幕間でした。
こういった幕間を挟んでいくので、この物語の世界をもっと知ってもらえればと思います。