第三王子の大きすぎる勘違い~妖精との契約を誇って何が悪い
「ブロンシュ・アルヴィエ侯爵令嬢!」
王城での舞踏会会場へ足を踏み入れた途端、いきなり名前を呼ばれたブロンシュは声の方へと顔を向けた。
「今をもってその方との婚約を破棄する!!」
正面の王家のために用意された一段高くなった壇上に立つ男性が声も高らかに婚約破棄を宣言した。
ブロンシュの視線先に立っているのはアレクシ・ドナ・ロワイエ・トラントゥール。この国の第三王子だ。
婚約破棄を宣言したのがこの国の王子だと認識したブロンシュは、相手に対し腰を屈めて臣下の礼をとる。
すでに会場へと来ていた者たちも突然登場した第三王子に、揃って臣下の礼を取り頭を下げた。
しかしうつむく貴族たちのその表情は“また第三王子が何か始めたよ……”というあきれたようなものがほとんどだった。
しんと静まり返った会場で、靴音が響く。それはブロンシュの前まで来て止まった。
「そもそもおまえなど、僕にふさわしくないからな。ぼくにふさわしいのは、この、アデライドのような女性だ」
その言葉に少しだけ頭を上げて前を見ると、ふわふわとした金髪にうるんだような大きな瞳の小柄な女性が、第三王子の陰に隠れるように立っていた。
おどおどした表情はアレクシと対照的だ。
もしかするとアレクシに無理やり連れてこられたのかもしれない。
「僕の相手は、僕と同じように3体の妖精と契約している女性、つまりアデライドがぴったりだ」
偉そうにふんぞり返る王子のそばを、妖精が飛び回る。同じようにアデライドと呼ばれた女性の傍にも3体の妖精が飛び回っていた。
ブロンシュの暮らすこの国の子供たちは、7歳になると魔力量を調べる。
魔力があると判断された者は10歳になった後、教会へ行き、祈りを捧げ、その祈りが精霊に届くことで妖精との契約が結ばれる。そして契約した妖精は自分の元へと訪れるのだ。契約の後、妖精はずっと契約者と一緒にいてくれる。
契約が終わると、契約者は魔法を使えるようになる。契約した妖精の持つ力によって使える魔法の種類は違ってくるが、魔力自体は本人が持っているもので、妖精は魔法を制御し、発現させるものだと考えられている。
貴族ならば通常は魔力を持っているため、誰もが妖精と契約しているし、平民でも魔力を持つ一部の者は、妖精と契約していた。
そして目の前のこのアレクシは3体の妖精と契約していた。
通常の妖精との契約は1体の者がほとんどであるため、3体の妖精と契約したアレクシはそのことが何よりも自慢のようで、偉そうな態度が常だった。
しかし契約妖精の数が多いだけで能力はどちらかといえば平均以下。そのため周りからはあきれられている部分が多いのも、アレクシの残念な面だった。
「アレクシ第三王子殿下、恐れながら発言をお許しいただけますか」
ブロンシュの言葉に、アレクシはフン、と馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「言いたいことがあるなら聞いてやろう」
ブロンシュは頭を上げてアレクシをまっすぐに見つめた。
「わたくしはアレクシ殿下の婚約者ではございません。どなたかとお間違えではありませんか」
「な……!」
間違えていると指摘されたアレクシは真っ赤になる。
「間違えてなどいない!おまえが王太子と婚約する、と宰相が話しているのを聞いたんだ!」
宰相が“話しているのを聞いた”?
それは盗み聞きしたという事だろうか……?
現在のトラントゥールでは3人いる王子のうち、誰が王太子になるのかは発表されていないし、当然その婚約者の話など出てもいない。
そのような機密事項とでもいうような事柄を、貴族が全員集まっているとさえいえるこのような場所で声高く吹聴する……??
ざわざわし始めた会場に、「なにごとだ!」との声が響く。再び会場が静まり返った。
壇上に国王、王妃、第一王子、第二王子が現れた。その後ろに宰相が控えている。
アレクシがブロンシュの名前を呼んだ瞬間に、不穏な空気を察知した宰相は王の元へと走ったのだろう。場の空気を読む事に長けている。なかなかに有能だ。
会場の貴族たちは再び一斉に頭を下げるが、国王は手を振ってそれを止めるとアレクシに向き直った。
「アレクシ第三王子、これはなにごとか」
「父上、僕は……」
勢い込んで説明を始めるアレクシを遮り、国王はため息を吐いた。
「公の場では国王と呼ぶようにと何度も申しておるだろう。それに僕ではなく、わたし、だ。何度注意すれば直るのだ」
「も、申し訳ありません、国王陛下」
さすがに国王には逆らえないアレクシだが、軽く謝ると、再び偉そうに話し出した。
「ブロンシュ・アルヴィエ侯爵令嬢が王太子の婚約者になると聞いたのです。しかし彼女は婚約者にふさわしくありません。王太子の婚約者にふさわしいのは、このアデライドのような女性です!」
アレクシは胸を張った。やはりアデライドはアレクシの陰に隠れるように立っている。
しかもよく見ると震えているようにも見える。
やっぱり第三王子が……とみんなの目に同情の色が浮かぶ。
「なぜアルヴィエ侯爵令嬢がふさわしくないと?アルヴィエ侯爵令嬢は学園でも成績優秀、魔法も優秀、家柄人柄も全く問題ない。誰から見ても王太子の婚約者にふさわしい令嬢だ」
国王の賛辞にブロンシュは頭を下げる。しかしアレクシは反論を続けた。
「なぜって、彼女は妖精と契約できなかったではないですか!そのような者はわたしの婚約者としてふさわしくありません!」
妖精たちはアレクシが主張を続ける間もふわふわと周りを飛び回る。
「……その方の婚約者?アルヴィエ侯爵令嬢はアレクシ第三王子、その方の婚約者ではないぞ」
「…………え?」
アレクシがぽかんとする。
「なぜそのような勘違いをしているのだ。誰がアレクシ第三王子の婚約者はアルヴィエ侯爵令嬢だと言ったのか」
「ぼ、わたしは宰相が、王太子がアルヴィエ侯爵令嬢と婚約する、と話しているのを聞いたのです!兄上、じゃない、セルム第一王子は妖精と契約できていませんし、エドモン第二王子は隣国への婿入りが決まりました」
アレクシはますます声を張り上げる。
「それなら王太子になるのは妖精3体と契約している、ぼ、わたししかいないではありませんか!」
それを聞いた国王は眉間にしわを寄せながら宰相の方をちらと見た後に、ため息を吐く。宰相の顔色は少し青い。
その場にいた貴族たちは、やはりアレクシが暴走していたのだ、と呆れながらも成り行きを見守る。
「妖精3体と契約できたことが、そんなにも誇らしいことか?」
「当然です!」
アレクシが胸を張る。
成績優秀なセルム第一王子、脳筋だが武術に優れたエドモン第二王子。上二人の王子は優秀だが、第三王子は何事についても平凡の域を出なかった。
しかし妖精との契約の日、誰よりも多くの妖精と契約した。今まで何一つ前に出ることのできなかったアレクシ第三王子が有頂天になってしまったのも仕方がない。温かい目で見守ってあげよう、と周りのみんなは思った、が。そのころから第三王子は変わり始める。
妖精3体と契約できたことが自慢のアレクシ第三王子。それしか誇れることはないのだが、アレクシにとってはそれが全てだ。そしてそのまま上二人の兄王子を見下し、今日まで暴走しまくっている。
「アレクシ第三王子……その方は、きちんと学園に通っているのか?」
「えっ……そ、も、当然ではありませんか」
突然の方向の違う質問にアレクシは一瞬狼狽える。
「きちんと授業には出ているのか?」
国王は重ねて聞く。
「も、もちろんです!」
実際には学園でも「優秀な僕に、授業など必要ない」と謎理論でさぼりまくっているのだが。しかし第三王子のアレクシに厳しく注意する者はいなかった。すでに匙を投げられているともいう。
「それならば、最近出た論文を知っているだろう。最新説として学園でも教材として取り上げたはずだ」
「え、論文、ですか」
「……知らぬようだな」
国王は頭を押さえると再びため息を吐き後ろを振り返った。
「セルム第一王子、説明してもらえるか?」
「はい」
国王の言葉に、後ろに控えていた男性が応えると、落ち着いた足取りで前に進み出た。
会場がざわつく。セルム第一王子は学問に忙しく、表に出てくることがなかったからだ。セルム第一王子を初めて見る貴族も多い。
「妖精と契約することで魔法が使えるようになる、という事は誰もが知っていると思います。しかし、ごくごくまれに、契約が無事に終わったのに妖精が現れず、それなのに、魔法が使える者がいます」
セルムは静かに話し出した。
「アルヴィエ侯爵令嬢がそうですし、そしてわたしも同じです。ですので、わたしはなぜそのようなことが起こるのかを研究してきました」
会場がざわつく。
「妖精は人の持つ魔力を引き出してくれます。しかし、元々強い魔力を持っている者たちは妖精に魔力を引き出してもらわなくても魔法を使えるのです。そして、そのような強い魔力を持つ者たちは、妖精ではなく、精霊と契約をしているという事も分かりました」
壇上から、セルムはアレクシを見下ろした。
「つまり、魔力の弱いものほど多くの妖精と契約することになります。これは先日論文を発表し、認められました。重要な件ですので、国でも広めていくことになっています」
「……そういうことだ」
国王は頷いた。
「えっと、つまり……?」
アレクシはセルムの説明をまだうまく呑み込めずに聞き返す。
「契約した妖精の数が多いほど、魔法の能力は低いという事です」
「え……え?」
今まで3体の妖精と契約できたことを誇っていたアレクシには、その事実はショックが大きすぎたようで、それ以上の言葉は出てこないようだ。
国王はアレクシを視線から外すと、会場に向かって宣言する。
「皆の者、不手際があって申し訳ない。今より舞踏会を開催する!」
国王の言葉と同時に、楽団が音楽を奏で始める。
「そして、この場を借りて、発表がある!」
国王は振り返るとエドモン第二王子に向かって頷いた。それに応えてエドモンが前に出た。
「この度、エドモン第二王子が隣国のリーナ第一王女の王配となることが決まった。三か月後には隣国へ向かい、来年の春には式を挙げることとなった」
国王の言葉を聞いた貴族たちから拍手があがる。
拍手が収まるのを待って、国王は言葉を続けた。
「そして、我が国だが……セルム第一王子を王太子に任ずる!」
その言葉に再び拍手が巻き起こるが、会場の何人かは同情を込めた目でちらちらとアレクシの方を見た。アレクシはショックのあまり未だに呆然としている。
「そして、ブロンシュ・アルヴィエ侯爵令嬢が王太子の婚約者と決まった」
名前を呼ばれたブロンシュは国王たちの元へと近づいていく。途中からセルムがブロンシュをエスコートし、壇上へと昇った二人は並んでその場に集まっている者たちに頭を下げた。
王の後ろでは、宰相がやっとほっとしたような表情を浮かべた。
「それでは皆の者、舞踏会を楽しんでくれ!」
王の声に、音楽が一段と大きくなる。集まった貴族たちは思い思いにパーティを楽しみ始めた。
いつの間にかアレクシの姿は会場から消えていた。アレクシと一緒にいたアデライドの姿もない。
しかし、人々の注目は新しい王太子と婚約者に集まり、問題児が消えたことを気にする貴族はいなかった。
その後もその二人を見かけた者はいなかったが、元々評判もよろしくなかった第三王子がいなくなったところで心配する者はいない。
噂ではすっかり大人しくなった第三王子はお相手(?)のアデライドの家に婿に入り、田舎でそれなりに頑張っている、とかいないとか。
どちらにしろ、再び中央に出てくることはなさそうである。