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「ドアの向こうに何匹いるか賭けようぜ。女ゾンビ」

「開けませんよ?」


 およそ6畳。大きなスーパーの隅の小さな倉庫には、化け物のうめき声と男二人分の呼吸だけが聞こえている。二人はドアを背にするように地べたに座って、刻一刻と迫る最期を待っていた。


「近くに女子高あるだろ?きっと何匹かはそうだと思うんだ」


 髭を生やしたいかにもガサツそうな男の方が言う。先ほど彼は里山(さとやま)と名を明かしたばかりだった。


「だから開けませんって」


 スーツ姿に眼鏡をした男、加賀(かが)は答える。ドア越しに聞こえるゾンビ達の声は、10分前と比べると2、3匹増している。二人はこのスーパーで偶然出会った後、生存者との再会の感動も束の間、この袋小路に閉じ込められていた。出入り口は背後の一つ。勿論、逃げられるような窓もない。


「死んじゃいますよ」


 加賀は弱音を吐く。


「どっちにしたって、このままじゃ死ぬだろ?なら一発賭けてみるしかない。パイプ椅子だってあるんだ。プロレス技かけてやろうぜ」


 里山はあくまでポジティブな思想を返す。羽織ったアロハシャツは、この灰色の倉庫の中に唯一の鮮やかな色を付けていた。


「殺したことあるんですか?」


 加賀は聞き返した傍からシマッタという顔をして口をつぐむ。ゾンビパニックの発端からおよそ2ヶ月経っている。誰だってそういう経験をしていてもおかしくは無かった。


「あんたは無いの?」


 アンサーとも取れる言葉をサラッと返され、加賀は目と目の間に精一杯皺を寄せる。


「答えたくなければいいんですけど。何人・・・あの、ヤッちゃったんですか?」


 まるで、同じ独房になった囚人に尋ねるように恐る恐る加賀は聞いた。


「言ってもいいけど、たぶん気分悪くなるんじゃないか?」


 加賀は先ほどから体を少しも動かさず、捕らえられた獣のように目線だけを右往左往させていた。里山の気遣いの言葉から、数秒後。やっと黒目の置き場所は里山のアロハシャツにピタッと止まり、加賀は振り絞るように声を出した。


「・・・それでいいです。多分壁の向こうのゾンビを数えるとか。そういうのよりは・・・勇気が出そうなので」


 里山は胸ポケットに入っていたタバコを取り出して、慣れた手つきで火をつける。


「・・・引くなよ?」


「しょうがないことですよ。引くとかありません」


 加賀は、体育座りをきつくして今できる目いっぱいの真剣さを表した。


「いや、多分引くと思う」


「逆ですよ。戦ってる人が居るってことは、きっと自分も戦えるってことですから。ここを切り抜けるには、やるしかないことは分かってはいるんです。・・・・まぁでも確かに答える理由はありませんね。やっぱり言わなくていいですよ・・・」


「いや言う」


「どっちなんですか?」


「引っ込みがつかない。というか下手したら最期だし。懺悔しときたい」


 里山の目線が、何もない空中をじっと見つめていることに加賀は気づく。


「そういうもんですか?」


「そういうもんだな」


 里山はまだ半分も吸い終わっていないタバコを、金属の床で丁寧に消して答えた。


「534人だ」

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