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天蓋のエリュシオン

残り福を狙った木乃伊取りが木乃伊になるまで。

作者: 高瀬あずみ

『断罪された後の悪役令嬢の身体を貰ったら、何故か義弟に押し倒されているのですが。』『道が分かたれたそのあとも。』と同じ乙女ゲームの世界。同じ時間軸のお話。

ヒーローもちょろいが主人公もちょろい。


 気が付けば、乙女ゲームの世界に転生していた。『天蓋のエリュシオン』というスタンダードというかベタなゲームに。下級貴族庶子のヒロインが父親に引き取られ、貴族しかいない学校に入学して繰り広げられる恋愛シミュレーション系。魔法ありのファンタジーでなーろっぱな絶対王政の世界観もありがち。特色を挙げるとしたら、舞台の王国が魔法使い至上主義で、何かと魔法がエフェクト付きで使われるくらい。


 私はヒロインのクラスメイトとして学院に入学した。まさにモブの王道。

 これが同じクラスメイトでも男子だったら、あのゲームならば追加課金DLで攻略対象にのし上がれたかもしれないけれど、残念ながら女子。


 更に残念なのが現在の私のプロフィール。

 エヴァンジェリーナ・カルデローニ。貧乏子爵家の次女。実家は持参金を用意できるかも当てにならず、当然婚約者もなし。というか、うちの親は私の相手を見つける気があるんだろうか。貧乏な貴族よりお金持ちの平民に生まれたかったな、と思うくらいにはお金に縁のない家。ただし家族仲は良好。色々助け合わないとやっていけなかっただけとも言う。

 でもそんな私がまだ希望を失わずに前向きでいられる理由があったりする。


 まず第一に、今世の私の容姿。

 男女共に顔面偏差値の高いゲーム世界のおかげかもしれないけれど、前世よりもずっと美少女に生まれた。チョコレートブラウンの髪に、つけまもなしにばさばさの天然の睫毛に縁どられたコバルトブルーの瞳が目を惹く。背丈は女子の平均身長。わがままボディまではいかないけれど、前世ならばブラのお値段アップするくらいのお胸も嬉しい。過不足なく整っている、それが今の私の容姿。前世を知っているからこそ、この容姿が恵まれているとよく分かって、それがかつては乏しかった自信に繋がったからだ。

 美少女ばかりの中じゃ埋没レベルではあるけれど、逆に見ると、どんなイケメンの横にいても許されるくらいの条件は満たしている。いやさ、イケメンの横には美女美少女じゃないと微妙な気にならない? 私はなる。正直者だから。


 そして第二の理由。ヒロインの観察特等席。

 ヒロインのお友だちポジションをゲットだぜ。いやもう、親友と言っても許されるのでは? 許された。今日からヒロインの親友です。

 下位貴族同士、仲良くしましょうと、打算山盛りで近づいたら、現地ヒロインは天使だったでござる。半分平民の血が流れる彼女は、当然の如くプライド増しましの貴族しかいない学院で遠巻きにされていた。だからこそ、気にせず仲良くしてくれて嬉しいと微笑まれて、あやうく浄化昇天するところだった。天然ヒロイン、すげえ。


 ヒロインのディーナは、ハニーブロンドのふわふわの髪に常緑エバーグリーンの瞳で、周囲よりも一段階は上の美少女だ。生まれを嘲っているくせに、男子の視線が彼女にちらちらと向けられているのを知っている。可愛いけど半分平民では家族に認められないでも可愛い、と苦悩しているのを見るのはちょっと楽しい。どうせ君らはヒロインに相手にされないと、内心の優越感も少し。ヒロインの威を借りてますが何か。


 無事友達になって、改めてヒロインってやっぱりすごいな、というのが正直な気持ち。あっという間に攻略対象の四人と仲良くなってしまったから。

 うん、五人いるのに四人。ゲームにいなかった婚約者がいるショタ枠の魔法師団長の息子(メルクリオ)は、ディーナにまったく関心がないようで近づいて来ない。まあ彼が脱落するんならその方がいい。婚約者持ちとの恋愛はやっぱり良くないと思うし。



 ゲームで知ってたように、最初の一年目は共通ルートというか。皆で仲良くしましょう的な。ディーナは私のことが大好きなので(自慢)、攻略対象とのミニイベントとかにも親友だから! と私を引っ張っていく。おかげで私の顔と名前も彼らに無事浸透した模様。私の打算には丁度良かったけど。


 私の打算、それは。

 イベントを特等席で見ることだけではなく、ディーナが選ばなかった攻略対象に近づくこと。

 いやだって、基本の攻略対象者って、普通に優良物件だから。男爵家出身のディーナを受け入れられるってことは、持参金なしで娶ってもらえるのと同義かなって。

 一応、彼女のルート確定してから動く予定。だから要観察だったわけで。色々言われることもある女の友情だけど、お互いが大切にして尊重し合えれば恋愛より一生ものだから。


 もっとも、ディーナが選ばなくとも王太子(コルネリオ)は除外だけど。さすがに無理すぎ。ミニイベントで一緒してもなるべく気配を消している。もはや芸術品では!? と思うくらいに容姿が特上。もう美術館に飾っておけばいいのに。ひとりだけ制服が白尽くめだが、それもまた似合っている。でもオーラがすごい。ひれ伏したくなるくらい。主として仕えるなら良いかもだけど、間違っても恋愛対象にはならない。絶対対等な関係は築けない。そう思うとヒロインって特異点。あと、名前だけでも婚約者のいる男はちょっと論外。

 ショタ枠の魔法師団長の息子(メルクリオ)も婚約者がいるので私もパス。奴はディーナに関わって来ないため、結果、私の知り合いでもないしね。

 インテリ担当の宰相の息子(オズヴァルド)は侯爵家の嫡子なんで、身分差がやはり気になるところ。ちなみにオズヴァルドは眼鏡。魔法で視力矯正もできるからファッションでしかないけど眼鏡。眼鏡男子も、それはそれで良き。インテリ系イケメンっていいよね。ただ彼、ちょっと固すぎるんだわ。高位貴族らしさに誇りと拘りを感じるから鑑賞用にしておきたい。


 そんな私の狙い目は脳筋担当の細マッチョな騎士団長の息子(ナザリオ)とチャラ男担当の大商人の息子(フィリベリト)である。片や伯爵家、片や魔法爵の子息だ。

 魔法爵はこの国独自の貴族の階位で、男爵の下になる。ファンタジー系で騎士爵って出て来ることあるでしょ? あれの魔法使い版というか。一応貴族ではあるので学院にも入れるが、貴族社会末端の新興の家が多い。

 つまり私でも手が届きそうで、ディーナにもおススメするならこの二人かなあ、とか思っている。

 現実的なラインだと思うのよ、身分的に。同格もしくは二階級差までが貴族として許される婚姻相手なんだ。あまりにも身分に差があると、上でも下でも苦労する。

 私は前世の記憶のせいで庶民意識が抜けてないから、あんまり高位貴族だと息苦しい。むしろ自分のところより下の男爵・魔法爵がベスト。なので一番のターゲットは大商人の息子(フィリベルト)。ただ、ディーナがフィリベルトを選ぶようなら狙わないけどね。勝ち目がないのは知ってるし、本来いないはずのフィリベルト・ルートの悪役令嬢になる気もない。それに正直、今はディーナの方が大事だから。


 私は貴族社会に不慣れなディーナに、他の寮生と摩擦起こさないよう教えたり、マナーの補習をしたり、こっそりパジャマパーティしてたり。

 なんか、「あれ? 私ってサポートキャラだっけ?」という気持ちになることもあるけど、そういえば『天エリ』にはサポートキャラは出てこなかった。元がアプリゲームだから、余計なキャラは増やさずにさくさく恋愛方面を進めるスタンス。一年目もほとんどスキップ状態だったよ。前世記憶のある私からすれば、こういう普通の学校生活こそ大事だと思うし、一生ものの友人ができるのもこの頃だと思うので、しっかり私は味わわせてもらった。現実にはスキップボタンもモードもないし。うん、可愛い親友と過ごす学生生活っていいね!


 最初の一年は比較的穏やかに過ぎた。一緒に勉強したり、一緒に街へお忍びしたり。一緒に学校行事に参加したり。初期攻略対象以外でも困っている人を見つけると突進しようとするディーナの気をそらせたり。後出し追加(かきん)DL組の参加はご遠慮願ったわけだ。シナリオ分からないから。ディーナの好意がその相手に向くなら考えないでもなかったけれど、彼女の視線に熱はなかったのでいいよね?





 そうして、二年目になって初代国王の宝の話が出てきたあたりが個別ルートのはじまりだ。

「エヴァ、どうしたらいいの?」

 ヒロイン、メインの王太子ルートに入った模様。


 ゲームならメインルートなので当然プレイしているけれど、いざ現実となると一番最悪なルートが王太子だった。実はこれってバッドエンドでは? とまで思う。庶民出の娘が未来の王妃とか針の筵だろう。結ばれたとしても、虎視眈々と引きずり落とそうとする貴族の思惑のすべてから逃れられるとは思えない。将来の王の後ろ盾にもなる実家の力もない。庶民受けするくらいしか良いところが思い浮かばないよ! 子爵家の私どころか伯爵令嬢でも厳しい相手だから! 身分ロンダリングしたところで危うい立場であることには違いがない。


「個人の意見でも、貴族としての見解でも、王太子殿下はおすすめできませんわ」

 ちゃんとモノローグ以外では貴族らしい話し方もできますよ、私。うち、マナーだけは厳しかったので。

「うん、そうよね。でも苦しいの。コルネリオ様のことを思うと胸が痛くてこのまま裂けちゃいそう」

 これが普通の貴族の娘なら、無理筋だから砕けて失恋して泣いて新しい恋に向かえ、って言うところだけど。ヒロインだからきっと砕けない。きっと成就してしまう。

「他の仲良くしてらっしゃる方ではいけませんの? 皆さま、魅力的な方たちでしてよ?」

「皆、素敵なんだけど、でも私、自分に嘘はつけない」

「嫌なことを申し上げますけれど、普通の貴族の男性であってもディーナの場合、いずれ婚姻をとなると忌避されますわね」

「私の……母さんからの平民の血だよね」

「ええ。ディーナのお母さまを貶めたいわけではございませんけれど、婚姻し、子を儲けて家を盛り立てることを義務と育つ貴族にとって、無視できない要因ですわ」

「生まれてきた子供が魔法を使えなかったり寿命が短かったりするかもしれないものね」

「この国は特殊ですから、魔法使いであることが貴族の条件。それを失すれば降爵となりますもの」


 この国インキュナブラは、初代国王が迫害されていた魔法使いを守るために作ったとされている。最初の国民である魔法使いたちを、後に守って欲しいとやってきた魔法を使えない人たちと区別するために貴族とした。時代と共に魔法を使える者こそ貴族(えらい)、魔法使いこそ至高の存在という認識へと変わっていき、それは最早インキュナブラ国での常識だ。

 だから貴族は貴族とだけ婚姻し、確実に魔法を使える子供が生まれるようにしてきた。歴史の中では貴族に生まれても魔法が使えない子供は市井に追いやられたり、時には生まれなかったことにされたりしたとか。その闇は実は今も身近にあるっぽい。


 王太子ルートの悪役令嬢アダルジーザの場合、身分が高すぎて逆に隠せなかった珍しいパターンだ。王位継承権をも持つ公爵家の総領娘。王族の血を引く者が極端に少ないせいで。

 私、プレイしてる時には悪役令嬢贔屓だった。生まれと身分が王太子以外だと学院トップの、名ばかりでむしろ放置されている王太子の婚約者、アダルジーザ。色っぽい美女なんだけど王太子には完全に無視されているわ、それを見て周囲も軽く扱うわで、なんとも哀れというか。女って目立つ同性の幸福を許せなかったりする面もあるけれど、同性の不幸を見過ごせなかったりもするのよね。ディーナが王太子ルートに進んでも、断罪されるほどの大きな罪も彼女は起こさないはずだし。何しろ、彼女に手を貸す人物が皆無だから。……言ってて悲しくなってきた。


「私なんかが想ってもダメなんだよね。想うだけでも許されないのかな」

 はらはらと涙を零すディーナがあまりにもきれいで愛しくて。私は気が付けば悪役令嬢贔屓な心をうっちゃっていた。

「心で想うだけのことを誰が裁けましょう」

 その手を取って、涙を拭って。百合趣向はなくとも、可愛い女の子は好きなんである。泣かしてはいけないんである。

 自分、王太子ルートの後押ししてどうする、ディーナこのままじゃ不幸になるぞという心の声も聞こえないふりをした。一応、忠告はしたし。お勧めできないってちゃんと言うことは言ったし! これ以上モブに求めんな!

「わたくしで良ければ、いつだってお聞きしますわ。けれどどうか、他の誰にもおっしゃらないで。誰かに知られれば、きっと良くは思われませんもの」



 恋の相談にのるのも親友のつとめ。とはいえ、この状況は良くない。いっそ王太子のヒロインへの好感度が見えれば! まだあちらの好感度がそう高くなければ、他の攻略対象に彼女を慰めさせて……って、どうやって? 私はただのモブで、しかも貧乏な下位貴族の娘。彼らにとっては見知った相手くらいのもので、誘導できるほどの頭も発言権もないんですけど。


 知らず深い深いため息をおとした時、背後から声がかかった。

「エヴァンジェリーナ嬢、こんなところで何を憂いているんです?」

 チャラ男担当のフィリベルトがそこにいた。





 どうやら私は一人になって考える場所を探して、フィリベルト・ルートで彼がよくいた学院裏の朽ちかけたガゼボに来ていたらしい。

 フィリベルトはチャラ男担当で、女性とみれば美辞麗句を並べ立てて誉めそやす。しかしそれは彼の家からの厳命のせいで、本来の彼でないと私は知っていた。

 そんな偽りの自分が許せなくて、素の自分でいるために彼が一人で過ごすのがここだった。

 私も今は一人になりたくて、無意識にゲーム知識からこの場所を選んでいたのかもしれない。ここは彼以外、誰も訪れないような場所だった。少し鬱蒼とした木立のため薄暗く、一部が崩れたガゼボは気味が悪い。―――普通は。生憎と前世で廃墟好きだったもので、むしろ私には魅力的な場所でしかなかったけれど。カメラ、カメラが欲しい切実に!


「俺が言えたことではないですが、こんなところに令嬢がいるものではありませんよ。何かあっても助けも求められないような場所です」

「まあ。学院の敷地内ですのに、フィリベルト様は何があると思われますの?」

「それは―――そう、魅力的な女性に不埒な真似をしようと思う男には恰好の場所かと。例えばこんなふうに惑わされて」

 私が凭れていたガゼボの柱に彼が手をついて、逃げ場を塞ぐように距離を詰める。


 さらりと薄紫の前髪が彼の顔に落ち、その隙間から覗くライトグレイの瞳がなんとも色っぽい。

 いやその前に。

 これはかつての伝説の壁ドン!? 柱だけど!

「あなたがこんな隙を見せるのが悪いのですよ。だから俺みたいな男が付けいるんです」

 脳内である種の祭が開催されている間に、彼の顔が至近距離にあった。顔がいい。

「逃げないのなら、このまま頂いてしまいますよ」

 今更の顎クイ、きた――――っ! とか言ってる場合じゃねえ! 勝負時はここ!


「フィリベルト様が責任とってお嫁にもらってくださるのでしたら」

「はぁっ!?」

 硬直して動きを止めたのは彼の方だった。




「ま、待って、待ってください、落ち着いて!」

「落ち着かれるのはフィリベルト様の方でしてよ?」

 私から手を離して、そのままよろりと後ずさる彼に逆に近づいて、上目遣いでそっと見上げて首を傾げる。今の美少女な私なら許される。両手も組んでおこう。

「わたくしの事など、ディーナのおまけとしか見られていないと思っておりましたの。彼女に比べると平凡なわたくしでは魅力がないことは知っております。ですから、密かに想いを寄せていたフィリベルト様に女として見ていただけたと嬉しく思ってしまいましたのに、揶揄われただけでしたのね」

 睫毛を伏せて、ぎゅっと目を強く閉じる。涙だ、涙が欲しい。

「い、いや、今までのあなたからはそんな風には」

「ずっと見ておりましたわ」

 嘘じゃない。彼は私にとってもっとも都合のよい相手だったので、機会があればと狙って一番観察していたとも。

「しかし、その、俺の家は魔法爵でしかなくて、学院の女性には受け入れられないばかりで」

 フィリベルト個人は魅力的な男だ。背も高くて顔が良くて、制服の着崩し方にもセンスがあって、流し目が色っぽい。甘い言葉もくれるから、女性受けは決して悪くはないのだ、遊び相手としては。けれどディーナ同様、彼もまた結婚相手にはならないと切り捨てられる立場だった。彼の家が魔法爵だから。


 魔法爵は、魔法が使えるからと取り立てられた平民か、爵位を持たない貴族の嫡子以外に与えられる地位だ。つまり、魔法が一定以上使えれば貰える、最低の爵位。元が貴族の子供ならば新たな家を立てるようなものだが、平民からの場合は事情が異なる。一応は貴族として扱われてはいるものの、「貴族社会」からはそのままでは認められない。認められるには何代か貴族の血を入れて、平民の血を薄れさせて魔法使いしか確実に生れなくなってから。

 フィリベルトの家は代々裕福な商人の家系だったのが祖父の時代に叙爵されて魔法爵を賜った。祖父も父もお金はあったので下位貴族の娘を買うように嫁にとってフィリベルトが生まれている。二代続けて魔法使いの子供は生まれたが、まだ貴族社会では仲間だと思われていない。一刻も早く貴族として認められるために、学院で嫁を見つけてこいと送り出されたのが彼だった。


「わたくしは持参金すら用意できるか怪しいような子爵家の娘です。誇れるものと言えば建国以来の血筋だということくらい。学院で想う方と会えたとしても婚姻相手として欲していただけないとも知っております。このままでは結婚も望めずに卒業後は女官か侍女として働くしかないかと思っておりました」

 うん、実は我が家は建国以来の歴史ある家系だったりする。ただ代々、貴族にしては人が良すぎるところがあって、非はないのだが徐々に爵位を落としてきた。だからまあ、働く気さえあれば、王宮だろうが上位貴族の家だろうが就職には苦労しない。むしろ歓迎される。何せ歴史だけはあるからマナーは上位貴族のものを身に付けているし、代々の人柄も知られていて信頼できるからと。


 別に働くのだって嫌いじゃない。誰かに使われるのが嫌だとかいう無駄なプライドもない。

 ただ私は。

 今世こそ左団扇で暮らしたいだけの前世でも貧乏だった女なのだ。


 逆にお金の大切さはよく知っている。お金を持っているというのは、顔がいいとか性格がいいとかいうその人の魅力のひとつだと思っている。むしろ年取って失われる顔だけの男よりはるかに愛を注げる自信もある。打算といえば打算。でも間違いなく愛せるし、恋なんて自己暗示で八割いける。

 今、この手を取ってもらえるならば、私はこの恋を本物にできる。持参金なしでもいいなら、即日嫁に行こうじゃないか。


「揶揄われたのだとしても、わたくしは嬉しかったのです。淑女としてはいけないのでしょうけれど、もしお嫌でなければ、先ほどの続きをしていただくわけにはまいりません? 一生の思い出にいたしますから」

 無事に滲み出た涙で潤む瞳で見上げ、そっと瞳を閉じて私は待つ。

 目を閉じていても、人の発する熱というものは感じ取れるもので。それが女性よりも体温の高い男性のものならば尚更に。だから近づきかけて慌てて飛びのく気配も感じた。

「エ、エヴァンジェリーナ嬢、その、俺はっ」

 チャラ男のふりして、実は純情DTボーイなのはゲームで知っているとも。

「思い出とかになりたくありません! 思い出じゃなくて、ずっと傍にいるんで! きちんと、その、お家に申し込むんで、それから!」

 美少女のキス待ち顔には破壊力がある。そう確信した私は恥ずかし気に目を伏せてもう一度。

「では、お約束のしるしをくださいませ」

 躊躇いながらも()()落ちた柔らかい感触に、「勝った」と内心独り言ちた。前世と違って、魔法爵とはいえ、真っ当な教育を受けた純情貴族家男子にいきなり唇は無理だと予想してたからね。


 祖父と父に逆らえずに、学院で無理してチャラ男していたけれど、いざ口説こうとしても結婚前提となると冷たく拒絶されるばかりで心が折れかかっていたフィリベルト。自分にも態度を変えないディーナと出会って癒されていた。しかし最近、王太子のディーナへの目がすっかり恋する男のものになっていて、うっかり邪魔したら消されるかもと、淡い想いに蓋をしたところへ私からの告白。

 そういえばエヴァンジェリーナ嬢も態度を変えることがなかった、しかも目立たないけどすごく可愛いと気付いたそうだ。

「あの子、俺のこと好きなのかな」レベルじゃなくて、明確に自分に気のある女の子を彼が意識して落ちるまでほぼ瞬殺。ただの気の迷いで終わらないように、愛を捧げ続けるのはこれからの私の大切なお仕事。多少のこちらからの恥じらいながらのボディタッチもつけよう。思春期男子に効くやつ。まあ貴族令嬢なんで、そっと腕に触れるとかが精いっぱいだけど、物理的距離が近いっていうのは心の距離も埋まるというもの。もう既にかなり好きなんでそこにはまったく苦労はなくて。むしろ真っすぐ返される熱い視線に、それこそ私の気持ちが盛り上がってしまいそうなんですけど!




 こうして私は次の月にはフィリベルトの婚約者となっていた。展開の速さが目まぐるしいほど。

 先方の家からは諸手をあげて歓迎され、実家も先方からの莫大な支度金やら結納金に目を回しつつ、私が好きな相手ならと許してくれた。実は跡取り娘の二つ上の姉も学院で婿を見つけていたらしく、来年に式を挙げるそうだ。聞くと、代々自力調達(れんあいけっこん)の家系だったとかで政略結婚の方が少ないという。そりゃ貴族の家としての力が弱いのも納得である。ただ家で教えられたことに恋愛推奨の気配はなかった。妙に両親の仲がいいなあ、くらいで。私も自分で見つけて来るだろうと思われていたとか。


 ディーナにはフィリベルトとのことを相談しなかったと拗ねられたが、拗ねた姿も可愛らしくて密かに悶絶した。

 いや、すまんって。いざ自分が恋愛事の当事者になると、ディーナのこと頭から消し飛んでたわ。逆にこれが恋愛中の視野狭窄かと実はちょっと感動した。理性が脱走している暴走状態ってこわい。これがヒロインの視点かと思うとかなりこわい。でもふわふわしてバラ色で思考が溶けて脳内麻薬でハッピー。まるで危ない人のようじゃない。


 私とフィリベルトが婚約したと知った王太子は、ライバルだと思っていた男が勝手にリタイアしたことで勢いづいたのか、ぐいぐいディーナとの距離を詰めだしている。王太子さま、ご乱心! 本当は良くないんだけどなー、とか思いつつ、誰も王太子を止められない。

 なのでディーナには方向性を変えて、高位貴族のマナーを教え始めている。これがまた飲み込みが良くって。案外、王家でもやっていけるんじゃないかと思い始めた。ヒロイン・パワーで王家と貴族掌握してくれ。機密以外の愚痴は聞こうじゃないか。身分差がエグくなるけど友情に変わりはないから。


 王太子ルートが実質攻略完了ということで、卒業までに密かに悪役令嬢アダルジーザのフォローもした。彼女があんまり酷いことにならないように。そうしたら、やっぱりこっそり手を貸していたショタ枠の婚約者と鉢合わせ。彼女、ラヴィニアとも末永い友情を育むことになる。





 卒業するまで、たまにあのガゼボで婚約者と逢瀬を楽しんだ。

 貴族社会って、どうしたって人目があるものだ。使用人とか家具扱いだけど違うし。それ、人だし。前世感覚のある私と、家格のせいでまだ庶民に近いフィリベルトには、それが負担になることもあって。だから下手に実家や彼の家よりも学院裏のガゼボの方が余人に悩まされることもない。


 ただ、無事相思相愛で恋人越えて婚約者になったふたりだから、人目のない場所だということもあって、当然いちゃいちゃな雰囲気にしばしばなってしまう。というか毎回なってる。


 額から頬へ。頬から徐々に唇に近づく距離。

 早々に唇を許すのは悪手かなあ、多少はお預けさせるべき?

 でも最初はこっちから強請ったようなものだしなあ。

 なんて考えている間に奪われちゃったりもしたが。


「エヴァは俺にキスされるの嫌じゃないよね。抱きしめたら鼓動がすごい早いし。顔も赤くて目も潤んでる。それに俺、最初に言ったよね? こんな場所、不埒な真似する男が惑わされるよって。なのに誘ったらここに来ちゃう迂闊で隙だらけなエヴァってすごい可愛い。俺、不埒な男になってもいい?」


 それ以上はさすがにダメだから。捨てられたわんこみたいな顔したってダメ。髪の毛がさらさらで柔らかくって手触りがすごく良いわんこは最高に可愛いけれど! 膝の上に抱き上げられている状態で逃げられないけど。色気駄々洩れの表情から目が離せないけど。うっかり絆されたりはしないんだからね!

 結婚するまではと弱弱しく抵抗すると、じゃあ今すぐ結婚しよう? なんて甘さたっぷりに囁かれて、うっかり「はい」と流されなかった自分、えらい!


 待って。卒業まで一年以上あるのに、この攻防がまだ続くの!? 私、手を打つのが早すぎた? でもチャンスの女神の前髪を掴めるタイミングはきっとあの時だけだったから。女神様、アフターフォローに卒業までは逃げ切れる加護をくださいっ!





 女神の加護がもらえたどうかは定かではないけれど、なんとか卒業して学生結婚にはならなかった。卒業式の日に実質結婚状態に持ち込まれたけど。

 なんかね、微妙に逃げようとする私が相手の狩猟本能を刺激して覚醒させちゃったみたいで。獲物は彼の方だったのに、いつの間にか私の方が獲物になっていたみたい。

 日々、夫の色気が増すような気がする結婚生活が始まって。大型犬可愛いからまあいいか、と甘やかすつもりが甘やかされて、砂糖より溶けやすい生活が待っているのだが、その甘さをまだ私は知らないでいる。

打算から始まる恋だっていいじゃない。本物にしてしまえば問題なし。余計なことさえ言わなければ双方幸せ。

エヴァンジェリーナは最初から前世の記憶があった。しかし転生して15~6年経っているので前世記憶も多少古い。異世界間の時間経過はランダム要素あり。主体になっている人格は前世ベースだが今世で令嬢としての猫を被ることを覚えた。令嬢の仮面は良く出来ているがわりとポンコツ。計算してるつもりがミスで配点落とす迂闊なタイプ。前世で飼えなかった大型犬を飼うのが夢だった。ある意味、叶ったね!


当初、設定をちょこちょこ書いてたらあまりにも本文が始まらないのでカットしました。個人的には大事なことだと思うんですが。学校の制服とか制服とか制服とか!

前提長すぎとこれでもだいぶ削ったのですが、おかげで『天エリ』の設定が充実していくばかり。どうしろと。



次回主人公ラヴィニア・ヴィスカルディ。もう少々お待ちください。

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― 新着の感想 ―
エヴァンジェリーナ、前世知識の恩恵を十分に活用して打算を忘れず、さりとて身の丈を弁えていたりできる範囲で人助けもする善性もあったおかげで、一番おいしい所を持って行って幸せになった感がありますね…w 双…
[一言] 3作品読んでいますが、王太子は人間のクズにしか見えないですね。。。 ディーナも淫乱にしか見えないですし、どうしてディーナみたいな節操なしに主人公が惹かれるのか理解できませんでした。 前作の…
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