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楊泉京物語  作者: 在江
あけぼのの巻
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7 三位の中将が女六の宮の姫君に通ったこと


 菖蒲の根比べが終わると、楊泉宮はまた吉野の山寺へ行く体裁をして、女六の宮を訪ねることにした。


 あらかじめ時期を見て、菖蒲や文を送らせたりしていたのだが、女六の宮からは何気ない返事しかこなかったので、三位の中将が姫に通っているという噂は本当ではないのではないか、と思うようになったのである。


 中将が通っていないのならば、楊泉宮が春成に会おうとして通ったところで、妙な誤解をされずに済むはずである。そこで、最初に女六の宮を訪ねた時と同じようにして、まず寺へ立ち寄った。すると、例の顔見知りの僧侶が出迎えてくれた。その表情が暗い。


 「実は、女六の宮様が病気で臥せっておられるのです」


というので、楊泉宮は驚いた。


 「都へおりられて、評判の高い祈祷師などにお願いされないのですか」


 「あのような山の中からお移しするほどの人数はおりません。それに、女六の宮様が都には頼れる筋もないので、このまま仏の側で最期を迎えたいとおっしゃるものですから、中将様にもお知らせしないでおりました」


 中将の名が出て、宮はまた驚かされたが、今度の驚きは内心に留め、何食わぬ顔で僧侶に尋ねた。


 「中将殿もあちらこちらに係累がいらっしゃるというお話ですから、そうそうこちらにもこられないでしょうね」


 僧侶は楊泉宮がすっかり事情を知っているものと思い込み、深く頷いた。


 「本当に、一夜ばかりのご滞在で、その後はともかくも、せめて初めの三日は続けて通っていただかなければ、姫様にも女六の宮様にもお気の毒で、宮様のご病気もそのことが原因ではなかろうか、とわたくしどもも案じております」


 してみると、噂の半分は本当であったのだった。中将は随分派手に山荘へ乗り込んだものであった。楊泉宮は女六の宮にも、会ったこともない姫君にも同情した。

 ともかくも、宮は伊惟を連れて、女六の宮の山荘を訪ねた。今回は足も滑らせずに、たどり着くことができた。



 一行が山荘に着くと、煮炊きする煙の出る台所から、春成が顔を出した。今日は紅のあこめを着て、袖を紐で括り上げていた。楊泉宮を見て、ちら、と恥ずかしそうに微笑する。

 宮は大股に春成へ近付いた。伊惟は持参した土産物を渡すために、家の者を探しに行った。


 「ごぶさたしております、宮様。ちょうど食事の支度をしておりましたので、しばらくお待ちいただければ、差し上げることができるでしょう」


 「女六の宮様のご容体はいかがでしょうか」


 春成は顔を曇らせた。


 「あまりよくございません。宮様がお見舞いにいらっしゃれば、少しは気も晴れるのではないかと思います。どうぞ、奥へお入りください。小麿こまろ


 春成が呼ぶ声に応じて、奥から丸い顔の小柄な若い女房が出てきた。

 小麿の案内で女六の宮が臥せっている部屋まで進む。宮の側には露君が侍っていた。楊泉宮の来訪は既に告げられていたと見え、女六の宮が頭をもたげて、挨拶するのが御簾越しに見えた。


 「どうぞ、そのまま楽になさっていてください。このようにお加減がよろしくないのも知らずに長らくご無沙汰をしておりまして、大変失礼いたしました。むさくるしいところではございますが、私の屋敷へお移りになられて、元のお体に戻られるまでご静養なさいませんか。もちろん、そのままお住まいになられても結構です。お勤めの妨げにならないよう、建物を整えましょう」


 「とんでもございません」


 露君を介して返事があった。見ていると、口を効くのも大義な様子である。楊泉宮は言葉を重ねた。女六の宮が亡くなってしまったら、春成を手に入れるのはなお難しくなるに違いない。

 楊泉宮は、再び春成を目にして、離れがたく思うようになっていた。


 「先立っては教えていただけませんでしたが、姫君がいらっしゃるそうですね。宮様は御仏の側でこのままはかなくなられることをお望みでしょうとも、残された姫君はどうなさいますか。姫君の幸せをお考えにならないのは、宮様の後生にも悪いことになりましょう。私のところへいらっしゃるのであれば、姫君も春成殿も共に私が面倒をみて、しかるべき筋へ片付けるべく後見しましょう」


 「仰るとおり、私の元には青華(せいか)と申す娘がおります。幼い頃より私と共に山で育ちましたため、人並みの教養も持ち合わせておらず、また、そのことを恥じる気持ちもあって、ひどく人見知りをいたします。とても、都の殿方のお目に止まるような身ではございません」


「私の元へいらっしゃれば、これまで不便のため思うように学べなかった事柄につきましても、良い教え手を見繕います。姫君の行く末がお定まりになれば、宮様も御仏の道へ一層精進なさることが叶いましょう」

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