5 女六の宮に姫のあること
供回りの待つ寺までの帰途は、威麿がつきそったおかげで、宮たちは無事に到着することができた。
女六の宮から贈られた綾織の布などを例の顔見知りの僧侶に分け与え、供回りをつれて屋敷へ帰った。戻るとさっそく、女六の宮あてに文を書き、金銀細工の見事な桜の置物などを添えて使いに出した。
早い春のたよりを尋ねたところ、思いがけずも母のたよりを耳にすることになりました。嬉しい限りです。
使いは女六の宮らしい筆跡の文を携えて戻ってきた。
世俗を離れて久しいおりに、春の訪れとともに美しい花の縁を知ることができました。寿命も伸びる心地がします。
宮は春成の消息がないので、少々気落ちして、使いの者に尋ねてみたが、春成の姿を見かけなかったとの答えで、様子を知ることはできなかった。
また機会を見つけて山荘を訪ねようと思いつつも、出家から気持ちが遠ざかりつつあるのに寺を訪ねる口実もなく、なかなか暇を見つけることができなかった。
そのうち都でも桜の花が開きはじめた。
宮中を始め、左右の大臣邸において連日のように花見の宴が開かれた。
楊泉宮は歌もよく詠み、琵琶や琴もよく弾く上、未だ独り身なので、大臣たちは己の娘に興味を持たせようとして、常に宮を招いた。どの宴も華やかであるが、やはり美しい女房や女御の集う宮中の宴は、ひときわ雅やかであった。
女房たちは桜にあわせた色合いの衣装をそろえながらも、模様や布地でほかと差をつけようと競っており、ひしめくように御簾からこぼれる裾の波は、桜よりも見栄えのする華やかさであった。
殿方も、それぞれ意匠を凝らした装いで参内している。楊泉宮は帝に命じられて琵琶を弾き、衣を賜ったので拝礼の舞をした。ちょうど月がのぼり、宮の白く整った顔が照らされて、男も女も舞姿の美しさに見惚れた。
宮は舞の後、人目に立つのを避けて、隅の方へ引っ込んだ。あまり目立つと左大臣や中宮が後継の心配をはじめるのに気兼ねしたのである。
帝も宮の気持ちを汲まれ、また臣下を公平にお取り扱いされようというお心から、あえてお引き止めされなかった。
三位の中将が奥からふらふらと出てきた。この中将は左大臣の三男で、故太政大臣の四の君の婿になったが、父大臣が亡くなる前からあちこち評判の女を聞き付けては通っていて、須磨内侍とも時々文のやりとりをしていた。
取り立てて美しい顔立ちではないのだが、どこか人好きするところがあり、そこで女にもてるらしかった。今もどこかの局に潜り込んでいたのであろう。三位の中将は、楊泉宮を見つけて側に寄ってきた。
「外で美しく咲く桜を見ずに、奥でひっそり咲く花を愛でてきたのですね。悪い人だ」
と宮が軽くたしなめても、笑みを浮かべて意に介した様子もない。
「山奥に咲く花を愛でる趣味は、宮様から教わりましたのですよ」
謎めいた歌で切り返された。宮が戸惑っていると、中将は笑みを濃くして、なおも畳み掛けた。
「寺参りにかこつけて、女六の宮様を訪ねられたとか。出家されるのは、まだまだ先のようですね」
女六の宮に通っていると思われたのか、そんな噂になっているとは宮には思いもよらぬことで、宮にはもちろん、女六の宮のためにも誤解を解かねばならなかった。出家する気がないのだろう、と皮肉られたことはさておいて、宮は釈明を試みた。
「女六の宮様はすっかり剃髪されて、俗世から離れていらっしゃいます。もうそのような好色めいたお心はありません。私も、そのような尊い方に懸想するなど思いもよらぬことですよ」
宮の言葉に、三位の中将は笑いを堪えきれなくなったらしく、扇で顔を煽ぎながら慎み深い女のように、ややうつむいた。
「いや、おかしなことをおっしゃるものですね。私が言うのは、女六の宮様ではなく、その姫君ですよ。宮様も宮中にいらした頃は評判の美しさであられたそうですから、姫君もさぞかし、と思いまして、かねがね文のやりとりなどしたく思っておりましたが、なにぶん遠いもので、つい手近なところに留まってしまったのです。どのようなご様子でしたか。どうか内緒になさらないでください。まさか、宮様が通われる姫君を横取りするようなことはいたしませんから」
かき口説く中将の目は好奇にきらきらとしており、もし本当にそのような美しい姫君がいれば、とても言葉どおりに大人しくしているとは思われなかった。しかしながら楊泉宮には、思い当たることがなかった。
「私がお目にかかったのは女六の宮様だけで、姫君がいらっしゃるというお話はございませんでした。おそらく、都におろすお気持ちがあられないのでしょう。しかし、そのような美しい姫君がいらっしゃるのであれば、遠くからでも透き見したかったと思います。まことに残念なことでした」
宮が心底残念がっている様子を見て、中将も宮の言葉を信じる気になったようであった。
「どうやら本当にご存じなかったようですね。世間の人々は宮様を堅物と噂しますが、私の考えでは、宮様の理想が高すぎるので、なまじ半端な美しさには心を動かされないのだと思っておりました。そのような宮様がわざわざ吉野の深山までいらっしゃるのですから、よほど美しい姫君がおわしますのだろう、と様子をお聞きしたくて、こうしてお目にかかる機会を待ち遠しく思っておりましたのに、私こそ残念なことでした」
「中将殿はわざわざ遠い山へ分け入らずとも、身近に美しい女性がたくさんおられるではありませんか」
楊泉宮の言葉に、中将は苦笑した。
「もちろん、現世で縁を結ぶことになりました女性はみな、前世の功徳の賜物か、それぞれよいところがあります。それでも、それらの美点をすべて集めたような女性がどこかに埋もれているかもしれない、と信じて探し求めるのは男子の本懐ではありませんか」
「そして、その理想の女性を手に入れることが、というのでしょう」
「そうです」
宮は微笑して答えなかった。心のうちでは、前世からの約束とはいえ、あまり多くの女性と契りを結ぶのも考えものだと思っていた。宮中にあって、帝の寵愛を競わざるを得なかった、母を含めた女性の苦しみを目の当たりにしていたからであった。