2 内裏で品定めの行われたこと
「必ず出家しなさいと言われたものでもないでしょう。どなたか気にかかる人がいるならば、相談なさい。妻を持てば宮仕えをしたくもなるでしょうし、そうなればわたしからもいろいろな方にお願いして、手を尽くしましょう」
典侍が叔母らしく気を回す。
「おやおや、何の密談かな」
帝がお渡りになられた。続いて左大臣史昌も顔を出した。中宮は左大臣の四の君である。左大臣は帝の義父に当たるのである。
史昌は中宮の御簾前に橘典侍と楊泉宮が揃っているのを見つけて、複雑な表情になる。中宮の心配は父親の心配でもあった。その表情には気付かないふりをして、楊泉宮も典侍も、帝のお出ましを受けて挨拶をする。
「まあまあお気楽にしなさい。一体なんの相談をしていたのだ」
誰にともなく話しかける。宮は帝の異母弟に当たるから、親しげな様子をされる。宮の方はそうは言っても相手が帝でいらっしゃるから、答えあぐねている。
橘典侍も帝を前にして遠慮しているので、中宮が女房を通じて助け舟を出す。
「宮の好ましい女性はどのような方か、聞いていたのです」
「それは面白い。この間元服したばかりと思っていたら、もうそんな艶めいた話ができるようになったのか。実は元服の際にあちこちから婿がねにしたいという希望があったのを、先帝がどれもお断りされたのだ。婿になりたい女性があれば、ここで申してみよ。兄としても協力を惜しむまい」
「宮様、どうぞご遠慮なさらずお話しなさいまし。この史昌も、及ばずながらお力添えいたしましょう」
左大臣も成り行き上、言葉を挟む。本心はどちらかといえば早いところ出家してもらった方が後顧の憂いもなくて安心なのだが、楊泉宮が出家するには若すぎることぐらいは承知していた。宮は帝と左大臣に責められて、かなり困った様子である。
「わたしは世間とのお付き合いをほとんどしておりませんので、どのような女性が理想なのか、よくわからないのです。近頃評判の高い方がいらっしゃれば、どこのどのような方なのか教えていただけないでしょうか」
「ほう、品定めをするのだな。それも面白そうだ。確か禎頼が出仕していたな。誰か、禎頼を呼んでまいれ」
帝は楽しそうでいらっしゃる。控えていた者が帝の仰せに従って、右大臣を連れてきた。左大臣から事情を聞いて片眉を上げたが、これは仕事中に思いもよらぬことで呼び出されたのを不満に思っているためなのか、あるいは大急ぎで評判の姫を思い浮かべているためなのか、見ているだけでは判然としない。
「どうだ、禎頼。誰か挙げてみよ」
「はい。右大将の中の君がなかなか美しいという評判を聞いたことがあります」
「右大将は左大臣の三の君が婿ではないか。左大臣は美しい姫をたくさんお持ちのようだ。隠していてはいけない。思いつく限りを挙げてみなさい」
帝も臣下とはいえ、伯父に当たる左大臣にはやや丁寧に応対する。左大臣は少し考えて、右大臣の縁続きに当たる姫を何人か挙げてみせた。
「それから権大納言の妹君の中で、美しい女性がいると聞いたことがあります」
「宮中に仕える女性のうちで、評判の高いのは誰か」
帝は中宮にも言わせようとなさる。中宮は下手なことを言うと帝の興味をそそるのではないかと迷う風であったが、言わないでいるのも不興を買うと結局無難な答えをした。
「宮中に出仕する者は、誰も彼も優れた資質を持っているように見えます」
そして主立った者の美点をいちいち数え上げた。さすが帝の寵愛深い中宮だけあって、いずれの女性も公平に、過不足なく評された。中宮の答えに、帝は一応満足されたようであった。
「ほら、これだけ大勢の美しい姫が婿を待ち望んでいるのだ。経仁がうんとさえ言えばいつでも三日の餅を準備するだろう」
「三日続けて通わせてもらえるものか、自信がありません」
帝が美しい姫の存在に興味を引かれておられるのを感じ取って、宮は控え目に答えた。