最終話 エピローグ ルパートの恋情
最終話では、ルパートの本性が執着系独占欲過多男として書かれています。
(少し変なキャラになりました)
苦手な方はブラバをお勧めします。
スー…スー…
ベッドの上で静かに寝息を立てながら眠っているセイシェル。
泣き疲れて寝てしまった。
僕が不用意な発言をしてしまったせいで、こんなに泣かせてしまって…
聞いた時はどれ程ショックだったろう。
「本当にごめん…」
僕だって、セイシェルにあんな事言われたら立ち直れない…
でも、本当にセイシェルが不安に思っているような理由で話していたわけじゃないんだよ。
むしろその逆なんだ。理解してもらうのは難しいかもしれないけれど…
「かわいいな…」
すやすや眠っている彼女の頬をそっと指で撫で、思わずつぶやいていた。
君は知らないだろうね。
僕がどれだけ君の事が好きなのかを…
◆◆◆◆
我がプレトリア伯爵家は代々、華麗端麗美麗の家系だ。
だから僕は美しいモノを見飽きている。
両親、兄妹、親戚縁者…そして僕。四六時中見てきた。
だからこそ、そこら辺の容貌では全く心が動かされなかった。
そしてこういう人種は得てして、性格に難ありが多いものだ。
もちろん、かくいう僕も。
そんな事情も相俟って、今まで誰かを好きになった事などなかった。
(付き合った令嬢は何人かいたが…)
夜会やパーティー等に出席すると、すぐに令嬢たちに取り囲まれた。
着飾った見た目はまるでクジャクの羽をつけたカラスのようであり、僕を見る目は獲物を狙った獣のようだった。鼻につく香水の香りは、不快で仕方がない。
それでもいつかは結婚しなければならない。
だから我が家は、先祖代々見た目だけで婚姻相手を選んできた。
そこに感情なんか存在しなかった。
だからセイシェルという奇跡の存在に出会えるなんて、夢にも思わなかった!
あれは同級生であるマリッサの屋敷に、他の友人たちと訪問した時だった。
「私のかわいいかわいい妹のセイシェルよ」
「皆様、ごきげんよう」
そういいながら、優雅にカーテシーをしたセイシェルに心を奪われた。
ショコラブラウンのさらりとしたストレート髪、クリッとしたセピア色の瞳そして小柄なスタイル。
なんと言う愛くるしさっ。
いつもマリッサが自慢していた。
「私の妹は本当に本当に本っっっっっ当にかわいいの! いつかみんなに紹介したいわ」と。
マリッサのご令妹ならば美形である事は容易に想像できた。
だから僕は全く興味が湧かなかった。
けど、セイシェルはマリッサとは全く似ていなかった。
(もちろん良い意味でだ)
「ねぇ、セイ。皆さんにお茶をふるまってもらえる? あなたが入れてくれるお茶、とてもおいしいもの」
「はい、お姉様」
マリッサに頼まれごとをされ、嬉しそうに笑顔で答えるセイシェル。
かわいいかわいいかわいいかわ…
僕の頭の中は、その言葉でいっぱいになっていた。
「あの、よろしければこちらもお召し上がり下さい」
「え!」
お茶を入れ終えたセイシェルが、僕に話しかけてきた。
突然の事だったので、カップを落としそうになった。
差し出されたお菓子はクロッカン・オ・アマンド。
「あ、ありがとう。よければ君もここに座って食べないかい?」
そう言いながら、僕の隣の空いている椅子を引いた。
「え、よ、よろしいんですか?」
「もちろん。どうぞ」
そしてちょこんと座ったセイシェルはさっそくクロッカン・オ・アマンドを食べ始めた。
小さな口をもくもく動かす姿はまるで小動物のようでこの上ないかわいらしさだった。
ああ…柔らかそうなその頬に触れてみたい…。
僕は今まで知らなかった感情が、溢れ出すのを感じていた。
「あこがれのルパート様とお茶ができるなんて夢みたいですっ」
「…僕のこと、知っているの?」
「もちろんです! 学院にルパート様を存じ上げない方はいませんっ」
つぶらな瞳と純粋な笑顔を向けられて、心がときめいた。
今まで令嬢から向けられる目には不快しかなかったのに…。
「お邪魔して申し訳ありませんでした。どうぞごゆっくりお過ごし下さい」
そういうと部屋から出て行ってしまったセイシェル。
…ずっと隣にいて欲しかった。
「ねぇ、ルパート。かわいいでしょ、セイシェル」
マリッサが僕に近づいてきて、ささやくように声をかけてきた。
他の友人たちはそれぞれ語らっている。
「…そうだね」
僕は極力、興味がないふりをして答えた。
「わたしとあなた、似ていると思うのよ」
「どこが?」
「かわいいものが好き」
「ブホッ! なっ…にを言って…っ!ゴホッゴホッ」
飲んでいたお茶で噎せてしまった。
「ふふふ…」
“何もかも分かっている”
そう言っているような含み笑いをするマリッサに少しイラついた。
『かわいいものが好き』
自分の嗜好に初めて気づかされた瞬間だった。
今まで僕の周りには美しいものしかなく、それが判断基準だったから。
しばらくしてから僕は父に頼み込み、メルハーフェン伯爵家へセイシェルとの婚約を申し込んでもらった。
二つ返事で承諾の連絡があり、まさに天にも昇る気持ちだった。
それからはセイシェルと距離を縮めようと行動した。
こまめに手紙を送ったり、彼女の好物のお菓子を持って行ったり、人気のカフェや観劇に連れて行ったり。
その都度、彼女はいろいろな表情を見せてくれた。
特に彼女がお菓子を食べるしぐさがかわいいくて仕方がないっ。
だから、毎回お菓子を持って行っては、彼女の食べる様子を見る事が僕の至福の喜びだった。
そんな彼女がびしょ濡れになり、高熱を出して倒れた時は、全身の血の気が引く思いだった。
さらにショックだったのは、目を覚ました彼女が僕の事を「どなた様ですか?」と言った事だ。
けどそれはすぐに演技だと分かった。目が泳ぎっぱなしだったからね。
でもそんな嘘をつくには何か理由があるはず…と、セイシェルのご家族と相談し、彼女の嘘に乗る事にした。
そして記憶喪失のふりをした理由が、僕の不用意な発言だったとわかった時の衝撃と後悔。
でもね…あの時言った事は本音でもあったんだよ、セイシェル。
だって君は僕の気持ちも知らずに、いつも無邪気に僕の傍にくる。
そんな時は、君の純粋さにイラつく時があるよ。
君を怖がらせないように我慢し、けれど触れたくてたまらない。
君と会う度に起こる心の葛藤は毎回僕の神経を疲れさせた。
さっきのキスも、よくあれだけで抑えたと自分を褒めてやりたかった。
それに、初めて見た君の泣き顔。
心が震えたよ。
ああ…結婚したら他の男どもの目に触れさせないように、閉じ込めてしまおうか。
そんな事をいつも考えているって知ったら、君はどうするだろう?
怖がって、逃げたくなるだろうか?
だとしても、決して離さないけどね。
寝ているセイシェルの髪をさらりと手に乗せ、そっとキスを落とす。
「結婚式が待ち遠しいよ…セイシェル」
読んで下さり、どうもありがとうございました。