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休日も会いたい

 金曜日の夜。自室の枕に顔を埋めて、じたばた忙しない少女がいた。

「明日から土日……学校がねぇ……はぁぁぁ~~」

 本来なら喜ぶべき休日だというのに、少女は何が不満なのか、特大溜息を漏らした。


 風呂上がりの湯気に身体を火照らせ、ノースリーブのシャツと短パンというラフな装いの金髪少女は、誰もいない部屋でぼそりと呟いた。


「……二日も小和水に会えないのかよ」


 紅蓮塚壊涙。偏差値十二の低身長少女、小和水なのに絶賛ベタ惚れ中の不良である。

 風呂に入っている間も、歯磨きしている間も、今こうしている間も。

 

 憂鬱な気分が晴れることはなかった。学校が休日ということは、なのに会うための大義名分がないということだ。

 断食よりも過酷な、なの断ち。地獄の二日間に咽び泣くしかないのだろうか……否。


「遊びに誘えば、いいんだろうけど……」


 壊涙とて、それくらい理解している。友人なのだから、躊躇うことなく誘えばいいのだ。だが、そこは恋する乙女の心模様。


「下心見えねえかな、面倒くさいとか思われねーかな、つかそもそも着ていく服がねーよ、あぁぁあ……!」


 乾き切っていない頭髪をわしゃわしゃと掻き乱す壊涙。なのに冷たくあしらわれる可能性はゼロに等しいのだが、そこは乙女のネガティブ思考。

 万が一、億が一を考えるとどうしても尻込みしてしまう。


 これまでの壊涙なら、ここで諦めていただろう。死んだ顔で一人ジェンガに興じる土日を送っていただろう。

 だが、今は違う。


「でも……やれる限りのこと、全部やんなきゃ……時時雨に勝てない」


 澪の全力投球スタイルを目の当たりにして、心の帯を締め直した。だから、悩みこそすれど。

 何もしないという選択肢を選べるはずもなかった。


「よ、よし……誘う、誘うぞ……はあぁあ!」


 裂帛の気合と共に、壊涙はメッセージアプリを起動した――



 翌日。土曜日の午前十時。近所のショッピングモール『オオン』に壊涙はいた。

 勇気を出して誘った結果、壊涙は朝からなのと遊ぶ約束を取り付けたのだ。

 メールの文面は、

『明日暇? 暇なら服選ぶの手伝ってくれね? 着る服が全然ねーからさ。いや別に断ってくれてもいいからな? 強制じゃないからな?』

 とやや臆病風に吹かれたものだった。


 対するなのは、

『いいよ! 壊涙ちゃんとお出かけ、楽しみ~!』

 というあっけらかんとした返信。

 やはり壊涙の取り越し苦労で、友人と遊びに行くのに必要以上の緊張など不要だったようだ。


 とはいえこれは、初デートと言っても過言ではない。いや過言だが、壊涙にとっては過言ではないのだ。

 昨夜はまともに寝ることができなかった。着ていく服や喋る内容、昼食をどこで取るか。全てを考えて、緊張して緊張して眠れなかった。

 悩んだ末に壊涙が選んだ服は、オーバーサイズの白いパーカーに、黒いレギンスを合わせたシンプルなコーデ。


 自分のキャラを崩さず、持っている服で出来得る最良のコーデだと壊涙は自負している。

 夜通し悩んだにしては、シンプル過ぎる気もするが。


 そんな壊涙は今朝も、待ち合わせ時間より一時間早い朝九時からショッピングモール『オオン』で待機していた。まさかの開店凸である。

 鏡で髪型をチェックしたり、服に埃が付いていないか丹念にチェックしたり。家を出る前にも散々確認したのだが、不安は拭いきれず。

 そうこうしている内に、約束の時刻になってしまった。


 待ち合わせにペットショップを指定して、可愛らしい犬猫を眺めることで心を癒し緊張を紛らわせる壊涙。

 

 ――おっ、この犬……ちょっと小和水に似てねーか? かわい……。


「かーいーなーちゃんっ!」

「ぴぇぁっ!!?」

 惚気た思考を両断するように、後ろから大きな声で呼びかけられた。

 蛮行を咎める隙を与えず、呼びかけた人物が壊涙の背中にぎゅっと抱き着く。


「おまたせ~! 壊涙ちゃん誘ってくれてありがとう! 壊涙ちゃんとお出かけするの、小さい頃からの夢だったんだ~! およ? 服似合ってる~♪ 私服の壊涙ちゃん、可愛い~♪」

「あ、ぁ」


 現れるなりマシンガンのような勢いでくすぐったい言葉を浴びせかけてくるのは、壊涙が待ちわびた人物。


「よ、よぉ……小和水」

「うん! なのだよ!」

「っ……!」


 振り返ると、両頬に人差し指をくっつけるあざといポーズで先制攻撃を仕掛けてくるなのがいた。そう、攻撃である。

 過度の可愛さによる爆撃である。


 ――う、ぁ……か、可愛すぎる……!


 ひらひらした水色のノースリーブワンピースから覗く、柔らかそうな白磁の肌。髪にはあざとすぎる、ショッキングピンクのリボン。

 幼い容姿も相まって、デフォルメされた可愛さが溢れている。漫画のように、絵本のプリンセスのように。

 とにかく、視界が霞むほどに魅力的だった。


 途轍もない可愛さに当てられ、思わず壊涙は膝を屈した。

「だ、大丈夫!?」

 こんなに愛らしい少女と、今日は二人きりで過ごせるのだ。恋敵の妨害無しで、二人きりで。


 そんな壊涙の幻想は、

「きっとお出かけしたくないんですよ。残念ですね、ああ残念です。なのちゃん、二人きりで回りましょうか」

 という敵意剥き出しの声で打ち砕かれた。


「……は? 何で……」

「澪ちゃんも遊ぼって言うから、じゃあ三人でってなのが言ったの!」

 無邪気に手をぶんぶん振っているなのは、二人きりがよかったという壊涙の心境など微塵も理解していない。

 仕方ないのだが、少しやり切れない気持ちになった。


「あれ、どうしました紅蓮塚さん? そんなになのちゃんと二人きりが良かったんですか? ただの友達相手に、二人きり? おかしいですねぇ、変ですねぇ」

「てっめぇ……」


 いや、そもそも澪が妨害をしてこない方がおかしかったのだ。二人きりでお出かけ、そんな好感度爆上がりイベントを見逃す女ではない。

 案の定澪は、壊涙の耳に口を近づけて。


「私の目が黒い内は、二人きりでデート……そんな幻想、砕かせて頂きます」

「……!」  

 挑発的に囁いた。やはりこの強敵がいる限り、なのと特別な仲になるのは難しいだろう。

 いっそ息の根を止めるか? 物騒な方向に思考が流れ始めた時。


「ねー、早く行こっ! なの楽しみで楽しみで、アンストッパブルなのちゃんだよ! 今日はね、壊涙ちゃんにいーっぱい、可愛い服着せるんだ~!」

 なのが呑気な事を言いながら、跳ねるように走り出した。


「私たちも行きましょうか。なのちゃんが退屈するといけません」

「……チッ」


 二人きりという理想は砕かれたが、休日になのと出かけているのには変わりない。魅力をアピールすれば、距離を一気に縮めることも夢ではないかも。

 そんな淡い期待を胸に、三人でのショッピングが始まった。


 最初に訪れた店は、十代女子が好むような、露出の多い服を取り揃えていた。


「壊涙ちゃんはね、スタイルが良くてね、おっぱいがふかふか! だからね、もっとお肌出してこう!」

「ちょ、ぅ、ぇ」

 なのの強引な押しにより、試着する羽目になったのは。


「おおお~、モデルさんみたい!」

「クソハズイ……」


 挑発的なデニムのホットパンツに、丈の短いTシャツ。壊涙の適度に引き締まった長い脚と、美しい腹筋の浮いたヘソ周りが丸見えである。

 とてもじゃないが、これを着て外出する勇気など壊涙にはない。


「あーあ、肌をみだりに露出して……淫売ですね。この淫乱ジョロウグモ」

 澪からも冷たい評価が飛んできた。恐らく何を着ても酷評してくるだろうが。


「無理無理、アタシにはこんなスースーする服着れねーよ」

「んー、なのは好きだけどなー」

「ぅ……」


 一瞬、なのの好みに合わせて購入に踏み切ろうかとも思った。だが悩み悩んで、

「わりぃ……アタシには早すぎる」

 攻めまくりなコーデを拒絶した。気を取り直して次の店だ。


「これなんて似合うんじゃないですか?」

「あっ、これなのも好きー」


 二人の勧めで着ることになったのは、

「その服を着たなら、言う事があるでしょう?」

「ぐ……お、お帰りなさい、ませ? ご主人、様」

 モノクロカラーが瀟洒な雰囲気を引き立てる、クラシカルなメイド服だった。コスプレでしかないその服に、壊涙の表情はぎこちなく引きつっている。


「エマちゃんみたいで可愛い!」

「おお、そっか」

 エマとは、澪に仕えているギャルメイドである。ちなみになのとも仲がいい。


「似合ってるんじゃないですか? 首輪を付けて無賃で働かせたいです」

「奴隷じゃねえか!」


 澪の奴隷など死んでもごめんなので、次。


「お……お前ら、アタシで遊んでるだろ!?」

 壊涙が着せられたのは、セクシーな三角ビキニ。普段着にするはずもない、バリバリの水着である。

 布面積が極端に少ない水着で、あられもなく肌を晒してしまっている。

 しかも、想い人の目の前で。


 羞恥と屈辱で、壊涙の頬が朱に染まる。

「って、時時雨! 撮るな、連写すんな!」

「こんなにも滑稽な見世物、保存しないと勿体ないじゃないですか」

「後でしばく!!」

 澪に被写体として弄ばれ、怒りに任せてフィッティングルームに閉じこもろうとしたのだが。


「壊涙ちゃん壊涙ちゃん」

「ん?」

 なのがもじもじしながら呼びかけてきた。なのにしては歯切れが悪いが、何があったのだろうか。


「どうした?」

「んとね、えとね」

 なのはワンピースの裾を弄りながら、上目遣いで言葉を発した。


「なの、ね? 壊涙ちゃんにその水着、凄く似合ってると思うよ。だから、ね? えーと……その水着着た壊涙ちゃんと、海行きたいなぁ……」

「すみません店員さん、お会計お願いします。はい、着ていきます」

「壊涙ちゃん!?」


 なのから海に行こう、などともじもじしながら言われて、断れるはずがない。どんな予定よりも優先される、最優先事項だ。

 だから壊涙は、迷わず三角ビキニを購入した。


 ――へへ、三万か……高い買い物だが、悪くねえ。小和水が、あんなにもじもじしながら頼んできたんだぜ? ……アタシにドキドキしてるって、ことだよな!? くぅぅ~~♪


 浮かれ気分で三万円を失ったアホには口が裂けても言えないが、なのがもじもじしていたのはドキドキしていたからではない。

 三万円という高校生にとって高すぎる買い物をさせるのは忍びない、でも似合っているから着てほしいという複雑な葛藤によるものだ。


 不憫な壊涙は、全くそのことに気づかない。

 全てを察した澪がクスクス笑っていることにも、まるで気づかない。

 当人が幸せなら、それでいいのかもしれない。


 服を選ぶという名目だったはずが、三角ビキニを買い上げることになって。

 時刻は十二時、丁度昼飯時だ。


 壊涙が入念な下調べにより見つけていた、フルーツサンドが有名なレストランで腹ごしらえをすることに。

 運よく風当たりの良いテラス席をキープすることができた。

 白いパラソルが日差しを遮ってくれているため、暑すぎず寒すぎず。快適な居心地だ。


「もぐもぐもぐ、フルーツサンドおいしー! んっふふ~、苺♪ メロン♪ オレンジ~♪」

「へえ、紅蓮塚さんにしては中々のチョイスですね。未開人の癖に」

「こ、小和水が気に入ってくれたみたいで良かった」

「えへへ、壊涙ちゃん、お店選びの天才~♪」

「へへっ……」


 澪の悪態も耳に入らない程に、なののご機嫌具合が嬉しかった。店選びに妥協しなくて本当に良かったと、報われた気分だ。

 と、そこで思わぬ僥倖。


 ――あ、小和水の頬……クリーム付いてる。


 なのの左頬、澪からは死角になっている位置に、クリームが付着している。これは、またとない好機。

 ビッグチャンス到来。


「こ、小和水、ほほ、ほ……」

「ほ?」

 挙動不審になりながら、壊涙が手を伸ばしたところで――


「彼女たち可愛いね~」

「俺らと遊ばない?」


 不躾な声と共に、肩を掴まれた。

 視線をやると、如何にも頭の悪そうな金髪の男と、サングラスにオールバックのいかつい男が軽薄な笑みを浮かべて立っていた。


「あ?」

 なのとのスイートタイムを邪魔され、眼光を鋭くする壊涙。

「おーおっかないおっかない。でも強気な子、めっちゃタイプだわ~」

「わかりみ~。でも俺はそっちの黒髪ちゃんがタイプかな。清楚系って感じで」

 男性たちには一切通じなかったようで、彼らはケラケラと下品な笑声を上げる。


「で、どう? 暇っしょ? 今から俺たちと」

「お断りします。そもそも私たちは未成年ですので、通報されて困るのはそちらですよ?」

 毅然とした態度で言い放つ澪に、男たちは一瞬怯んだようだ。だが少女の脅しなど、チンピラからすれば爪楊枝よりも怖くない。


「いいじゃん、そんなお堅いこと言わないでさぁ」

「ちょっとだけ、変なことしないってば」

 それぞれ、強引に澪と壊涙の腕を引っ張ろうとしてきた。いい加減言葉であしらうのも面倒だ。


 人が集まってくる前に、実力行使で黙らせるか。

 壊涙が不穏な思考を実行に移すよりも早く。


「あ、あのっ! 二人、行きたくないって言ってるよ? それに壊涙ちゃんも澪ちゃんも、今なのと遊んでるから、連れてっちゃダメ――」

「あ? んだこのチビ、ちっさすぎて見えなかったわ」


 珍しくマトモな考えで二人を庇おうとしたなのを、切って捨てる男の言葉。

 壊涙と、そして澪の額からも、血管がミシッ……と軋む音がした。

 だがまだ、破裂してはいない。紙一重で沸点を超えていない。


 爆発するのは、この直後だった。

「やめて、そんなに引っ張ったら痛くなっちゃうから、離してあげてっ? それになのたち、サンドイッチ食べてるから、お腹ペコペコだから――」

 途中から食欲優先になりながら、壊涙を掴む男の裾を引っ張るなの。

 男は最初無視していたが、徐々に苛立ちを高めて。


「うるせえ! ガキはすっこんでろ!」

「あぅっ!」

 なのを力任せに突き飛ばしてしまった。態勢を崩し、尻もちを着いてしまったなの。折角おめかししてきた、お気に入りのワンピースに土が付着して。追撃とばかりに、テーブルが揺れ、上に載っていたコーヒーの中身が腰元に黒い汚れを作る。

 

 大事に使っていた、シミ一つないワンピースなのに。可愛い一張羅のワンピースなのに。

「あ、あ……ぅ、ぅぅぅ~~」

 ショックに押しつぶされ、なのの瞳に膜が張る。それは徐々に瞳全体を満たして、とうとう目尻から……溢れ出してしまった。

「うぁぁぁぁああっ……!!」


 めそめそと泣きじゃくるなの。それと同時に、ブツリと、二箇所同時に何かが断裂する音が鳴った。

 その異音は、ナンパされている女子高生二人のブレーキが決壊した音だった。


「……なのちゃんに、何してくれてるんですか」

「安心しろ小和水ィ……すぐにお前の涙、ぶっ壊してやっからよぉ……!」


 蛮勇にしか映らない二人の言葉だが、虚勢でも何でもない。

 彼女たちは、庇護されるべきか弱い女子高生ではないのだから。


「あぎゃぁぁああああ!」

「腕が、腕がぁぁあ!」


 同時多発的に、男は金切り声を上げた。片方は黒髪の美少女によって関節を極められ、もう片方はガラの悪い金髪の少女によって、腕をあらぬ方向に曲げられていた。間違いなく骨折している。


 軽薄な笑みは、恐怖に引きつり。背中を丸めて、怯えに震え出す男性二人。

 何が起こったか分からない。だがまだ、地獄は始まったばかりだ。


「てめぇらよぉ……ナンパする相手は、選べ?」

「見る目がないですね、本当に。だからこんな目に遭うんですよ……反省してます? 何がいけなかったかちゃんと分かってます?」


 汚物を見る目で見降ろしながら、問いかける澪。

 極限状態、正常な思考をすることなどできない。

 故に二人は反射的に、同じ言葉を口にした。


『気安くナンパして、すみませんでしたぁぁあ!』


 談笑中の女子高生に、空気も読まず声を掛けた事。己の罪がそれだと思うのは、当然だろう。何がいけなかったか、と問われればナンパをしたこと自体に決まっている。

 男たちには、それ以外の回答は思いつかなかった。


 その回答が正しいのか、否か。

 澪と壊涙は、目を細めて満面の笑みを浮かべた。

 もしかして許してもらえる? やはり可愛い女の子は内面も天使? いやでも、二人とも拳をポキポキ鳴らして――


「不正解です」

「そんなことも分からねえのか、ドカスども……」


 女子高生は不正解の烙印を押し、そして。


「ナンパすんなら、この場で一番小さくて可愛い……」

「小和水に声かけんのが筋だろうがよぉぉおおお!!」

『そっち!!? ぐぇぁッ!』


 理不尽な理屈で、男性の顔面に拳を叩き込んだのであった。

 カウントなど必要ない。一撃で、二人の男性は血を噴き気絶してしまったのだから。



 店員に事情を説明し、男たちを然るべき場所に連れて行ってもらった後。

「さて。なのちゃん、ワンピース……汚れちゃいましたね」

「悪い小和水。アタシが声かけられた時点でぶっ飛ばしてれば、こんな事には……」

「私も、対応が遅れました。すみませんなのちゃん」

 壊涙も澪も、愛しい女性の一張羅を守れなかったことを悔いて、声のトーンを下げている。


 折角の楽しいお出かけが、最後の最後で台無しになってしまった。

 きっとなのは、もう自分とは出かけてくれないだろう。

 壊涙がネガティブ思考に走りかけた刹那、なのはパッと顔を上げて。


 涙の跡が残る笑顔で、

「ううん……二人が無事で、何事も無くて本当に良かった!」

 二人の無事を喜んでくれた。


 怖い思いをしたはずなのに、自分の大切な物を汚されたはずなのに。

 真っ先に他人の心配をしてくれる。

 その優しさが、なのの誰よりも秀でた長所だ。壊涙も澪も、申し訳なさを抱えつつも微笑ましい心地になった。

 微笑ましいの連鎖はまだ止まらない。


「あとね、えとね……さっき、なのの事可愛いって言ってくれたけど……二人の方が可愛いよ! ほんと、澪ちゃんも壊涙ちゃんもなのなんかよりずっと可愛いよ!」

 ナンパ男をぶちのめした時の口上を指しているのだろう。そんななのの言葉に、二人は揃ってかぶりを振った。


「なのちゃんの方が可愛いです」

「こん中で一番マシなのは小和水だろ」

「え~~!?」

 満場一致で、なのを優勝候補に推挙。競争相手が棄権したため、トップ可愛いの座はなのの手に。

 

 なのはバカだが、褒められてむず痒く感じる気持ちくらいはある。

 ぷるぷるとところてんのように震えて、そして。

 天性の笑顔を咲かせ。


「も~、二人とも褒め上手! 褒め殺し! 嬉しいから~……おてて繋ごう!」

「あっ」

「お、おい」

「このままおうちまで、ダッシュだ~~!」


 澪と壊涙の手を握り、スキップするように駆け出した。

 壊涙は、苦笑しながら内心で呟く。


 ――散々だったけど、全然予定通りにいかなかったけど……小和水が笑ってるなら、まあいいか。


 初めての外出は、不出来ではあるが確かな満足を残してくれた。

 そして、壊涙の手に。


 使い道がまるでない、三角ビキニを残したのであった。

 夏はまだまだ先である。

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