窓の向こう側
読んで戴けたら嬉しいです。
窓の無い部屋でボクは待っている·······。
真っ白な何も無い部屋でボクは横たわり、ぼんやりとエントロピーが始まるのを待っていたのかもしれない。
それはボク自身が拡がりバラバラになった思考が無秩序に交ざり合いカオスを迎える事なのかもしれない。
無秩序が無限に拡がって行く。
宇宙のように巨大に膨張して、そして一瞬で縮小して一個の意識になる。
ボクが存在し始めて、最初にボクはその意識で何を思ったのだろう。
それはどんな一瞬だったのだろう。
母の胎内に宿った時なのか。
それとも母の胎内から頭を出した瞬間だったのか。
もの心と言うものが目覚めた瞬間だったのか······。
それとも···········。
鏡を見た時·········。
いや、あれは鏡じゃない。
双子の兄の史人がボクの前に立っていたんだ。
ボクの一番古い記憶は、史人を守らなければと云う想いだった。
何故か父さんは史人にだけ暴力をふるった。
ボクは最初、その光景を傍観していた。
史人を助けたいと思いながら。
でも、できなかった。
史人は最初の内は怯えて泣いていた。
ボクは父さんが居なくなると、泣きじゃくる史人を慰める事しかできなかった。
でも成長するにつれて、史人は憎しみの目を父さんに向けるようになった。
史人の最大限の反抗。
けれどそれは父さんの怒りを更に助長させるだけだった。
ある日怒り狂った父さんはゴルフのパットで史人を殴った。
史人は痛みと恐怖で壊れそうになる。
もう黙って見ている事なんてできない。
ボクは夢中で史人を覆うようにして庇った。
怒りが収まらない父さんは史人を罵り、ボクを足で二三度蹴ると何処かへ居なくなってしまった。
史人は気を失っていた。
あれからボクは史人が殴られる度に史人を庇い守った。
そして················。
父さんは死んだ··················。
通り魔にナイフで刺されて。
葬儀が済んで自宅の部屋に戻った時、史人はボクに背を向けて肩を震わせていた。
史人は笑っていた。
それはとても軽快に。
ボクは言った。
「止めなよ、自分の父親が死んだんだから」
史人は振り返らずに怒鳴った。
「お前は引っ込んでろ!! 」
あれからボクと史人の関係は上手く行かなくなった····。
高校に通うようになってからボクは学校をサボる史人の為に、史人の振りをしなければならなかった。
何故そうしなければならないのか。
それは、ボクは史人を守らなければならないからだ。
ボクは時々ここに居る。
この何も無い、窓さえ無いこの白い部屋。
そして想う·········。
仁稀さん·············。
三つ年上の精神分析学を学ぶ、
優しくて頭のいいボクの恋人·······。
時々時間が消えるボクの病気を理解してくれる。
いつからそんな病気になったのか解らない。
でも、随分前からだったような気がする。
高校二年の時だった。
突然、意識がはっきりして気付くと、赤信号の横断歩道の真ん中でクラクションが鳴り響く中、立ち往生していたボクを助けてくれたのが仁稀さんだった。
時々こうなるボクを心配して仁稀さんは自分が通う大学病院に連れて行ってくれて、重度の統合失調症だと教えてくれた。
優しい仁稀さんに、怖いくらいどんどん惹かれて行く。
同性にこんな気持ちを持つなんて、普通じゃない。
そう思ってずっと隠していたけど、ある時仁稀さんから気持ちを伝えられて、ボクたちは付き合うようになった。
嬉しかった。
唯一許されたボクだけの感情········。
ボクの安らぎ·········。
仁稀さん、
ボクだけの優しい恋人········。
どうすればこの白い部屋から出られるのだろう。
いつもどうやって出て行ってたんだっけ。
ここは何処だろう。
大学病院の何処か········?
仁稀さん·······。
逢いたい·······。
「それは無理だよ、史夜·······」
史人の声。
顔を上げると史人がこちらに近付いて来る。
いつ、何処から入って来たんだろう。
「史人·········」
史人は、地べたに座っているボクの前まで来ると屈んで言った。
「莫迦だな、史夜
あいつはお前を研究対象としか見ていないのに
その証拠に、時々訳の解らない検査されてるだろ? 」
確かに時々、病院に連れられて検査されている。
でも·······。
「それは、ボクの時間が消える病気を治す為さ」
史人はクスッと笑って肩を竦めた。
「おめでたい奴」
「どうして史人はボクと仁稀さんの邪魔をしようとするの? 」
「決まってるだろ、オレの時間が減るからだよ」
「時間が減る?
何を言ってるの? 」
史人はボクの首に指を絡め押し倒した。
ギリギリ指に力を入れて首を絞めて来る。
「どう·····して···········? 」
史人は鋭い目つきでボクを威圧しながら言った。
「オレの計画を教えてやろうか」
「計画って·····? 」
史人は更に、指に力を込める。
喉の奥に大きな球を押し付けられたような感触が痛みに変わって行く。
呼吸ができない······。
いつからこんな風に史人はボクに敵意を持つようになってしまったんだろう。
ボクは無償の愛で史人を守って来たのに。
「本当に莫迦だな、史夜は
そんなの、お前もあいつもオレを消そうとしているからに決まってる」
ボクと仁稀さんが史人を消そうとしている······?
「その前に、オレがあいつを殺してやる」
息ができなくて顔が歪む。
気が遠くなって行く·······。
史人は殺意を剥き出すように、目を見開きボクが息耐えて行く様子を見詰めている。
史人は本気なんだ。
ボクを殺して、そして··········。
仁稀さんを殺すだって?
そう思った途端、怒りの感情が身体の内側から吹き上がって叫んでいた。
「そんな事はさせない!! 」
史人は何かに突かれたように弾き飛ばされた。
ボクは咳き込みながら、史人から逃れた。
ボクがこんな風に、史人に反抗するなんて初めてだった。
振り返ると窓が見える。
そうだ!
あの窓から抜ければ、ここから出られる。
ボクはよろめきながら窓を目指して駆け出した。
背後から、史人の声が聞こえる。
「薄々は気付いているんだろ!
オレはお前の兄じゃない! 」
何を言っているのかボクには解らなかったけれど、それよりボクは仁稀さんに知らさなければならない。
ここから出て一刻も早く。
ボクは窓をよじ登り向こう側へと飛び降りた。
突然、意識がはっきりしてボクは目を開いた。
目に飛び込んで来た物は、土だらけの錆びたナイフだった。
黒ずんだ土がこびりついたナイフ·······。
どうしてボクはこんな物を握り締めているんだろう?
辺りを見回すと見慣れた風景が拡がっていた。
目の前には仁稀さんが住むアパートのドア。
ボクは咄嗟にナイフを放った。
土で汚れた手を叩いて土を払い、チャイムを押した。
「はい? 」
少ししてドアが開かれて仁稀さんが顔を覗かせる。
仁稀さんの顔を見た途端ボクは何もかも忘れて仁稀さんの首に腕を回し口付けていた。
仁稀さんはボクを直ぐに抱き締めて応えてくれる。
長い口付け。
仁稀さんはボクを落ち着かせるようとゆっくり背中を撫でながら舌を絡め合わせる。
次第に熱がこもり、互いの身体を愛撫しあった。
仁稀さんはボクを抱き上げた。
そして言う。
「鍵、掛けて」
ボクは仁稀さんの肩に掴まりながらドアの鍵を閉めてチェーンを掛けた。
ベッドに降ろすと同時に仁稀さんはボクをキス攻めにする。
仁稀さんの匂いに包まれながらボクは愛される事と愛する事に欲情した。
全裸になって絡み合い、言いようの無い倖福感に絶頂を迎える。
仁稀さんの腕の中で、肌の感触を背中に感じながらボクは安からかな微睡みへと堕ちて行く·········。
突然ボクは意思に反して目を開き、仁稀さんを睨み付けて言った。
「いつか、こいつ共々抹消してやる」
史人············。
ボクは目を閉じた。
仁稀さんの口唇を肩に感じる。
仁稀さんの声がボクの耳元で囁く。
「きっと治してあげるからね
愛してるよ、史夜···········」
仁稀さんの指が優しくボクの髪を撫でる。
ボクは心から安心して、
更に深い眠りへと堕ちて行く·········。
fin
読んで戴き有り難うございます。
今書いているコメディに手を焼きまくり、気晴らしに書きました。
コメディ、どうやら私にはハードルが高過ぎるようです。
いつになったら書き上がるのやら。( ´Д`)=3
もうかれこれ半年以上書いてます。