王子の独り言13
花畑になっている場所の前で、カエの名を何度も呼ぶが、姿が見えない。
気配を辿っても、魔力を辿っても、何も感じられない・・。
しゃがんでいた場所に足跡もない。
この世界から・・まるでいなかったかのように・・。
ザッと体から血の気が引く音がする。
現実を受け止め切れない体が小さく震える・・。
護衛の騎士達と周囲を探すが、気配をまるで感じない。
魔物が出たとしても倒す事は容易だが、何も装備していない状態で長期の滞在となれば心許ない。苦渋の決断だが、一旦転移して城へ戻り、急いでシューレの森でカエを探せるように整える。
水音がしたので、川も関係しているのか・・・?
だが、あそこはただの花畑だ・・・。
ハーリカと兄達に急ぎ連絡を入れ、シューレの森についての資料を探してもらう。
管理していた30年前のシューレの森の地図を広げ、地形を確認する。
川は近くに流れているのは、以前から知っているが、確認できている現状の地図を見比べても、変化は見られない。あの水音はなんだったのか・・。どうしても引っかかるが、時間ばかりが過ぎてゆく。
毎日のように感じていたカエの気配がない世界。
やっと会えたと思っていた片翼。
・・いや、片翼でなくても、力がなくても、カエという存在が、こんなにも大きくなっているのに・・もし、もうこの世界から帰ってしまったとしたら・・・。
ギュッと腕を掴んで、恐ろしい考えを必死に否定する。
カエのいた部屋に、何か手がかりはないかと入ると、朝活けた花束が見えた。
照れ臭くて、顔を見れなかった・・・。
朝食を一緒に取れなかった・・。
朝、挨拶をうまくできなかった・・。
全部、全部、もう一度朝からやり直したい。
後悔ばかりが押し寄せてきて、胸を掻き毟りたくなる。
「・・・・・・カエ」
いつも仕方ないなぁといった顔で、笑いながら返事をするカエの声が聞こえず、俺の声だけが部屋に沈んで消えていった。
2日目、バリス兄さんが大量の資料を持って、転移してくる。
ろくに休んでいない俺を見抜いて、少し休め・・と話すが、そんな気にはなれない。
バリス兄さんと、コルト国の地理の歴史の本を、地図で確認しながら入念に調べていく。昔は鉱山もあったとされるシューレの森、地盤沈下・・、水の流入・・、川の増水、そして洞窟・・。
洞窟・・・。
でも、あの花畑に洞窟らしい入り口はなかった・・。
いや、昔はあったとしたら・・?
バリス兄さんも、そこが引っかかったらしい。
資料を取りに一旦戻り、俺は一人、カエの気配が感じられるようシューレの森へ行く用意をする。何も食べていない俺を心配し、ローニャが「カエ様が育てたモルの実です・・」と、用意してくれた。・・・正直、食べる気なんてなかったが、カエの名前を聞き、持っていく事にする。
シューレの森へ転移し、カエの気配を辿れない事に苛立ちと焦りばかりが募る。
あの小さな体は、怪我をしていないだろうか・・。
どこかで泣いていないだろうか・・。
カエが咲かせた花から、カエの力を感じられる事が・・少しだけ安心させてくれる。ふとローニャが持たせてくれたモルの実を思い出して、一口食べる。
じんわりと胸が温かくなると、会いたい気持ちばかりが募る。
結局、少しでもカエの気配を辿れるよう魔法をかけ、その日は森に一人で泊まった。
3日目の朝、バリス兄さんが情報を持って、森まで転移して来てくれた。いくつか新たにわかった事を説明してくれた。大昔に洞窟がこの近くにあった事、災害でその入り口が変わった事、そして森の精が、人を隠す時がある事・・。最後の話は悠久の時を過ごしているエルフの国で、昔聞いた話だが・・と兄は付け加えた。
だが、全部納得できた。
それならば説明がつく。植物や土の声を聞き、言霊の力を持つカエを、見られなくなって久しい森の精が、穢れを清めるカエを気に入れば・・?・・隠されれば、確かに見つけられない・・・。
バリス兄さんに礼を言って、すぐに洞窟の入り口を探しに行く。
大昔の地図を見ながら進むと、把握していなかった場所に確かに入り口らしきものがあった。
モルの実を食べ、洞窟へ踏み入れた瞬間、カエの気配を感じる。
急いでカエの元へ向かう。
今度は絶対手を離さない・・そう誓うように。