王子の独り言1
今回から、セレム視点の話です。
先の大戦が終わって、30年経った・・。
俺は片翼にあってもおかしくない年齢をとっくに過ぎ、成長を止めていた俺に大人になっては・・?片翼でない者と、この際一緒になってみれば・・と、自分の欲を隠しつつ言ってくる奴らを無視していた。
大戦を終えて復興へと兄達と必死に国のために働いていて、山のように送られてきた釣書は、机の上に溜まっていたが、横目で見るに留まっていた。
戦争は終わったのに、穢れが解消しない地域をどうにもできないのに
今度こそ平和に暮らせるようにしたいのに、どうにもできず・・。
誰かと一緒になる事なんて想像できなかった。
そんな時、シューレの森へ確認しに行ったあの日。
自分の世界も、考え方も大きく変わった。
カエと出会ったからだ。
あの日、森へ飛んで行くと、ものすごく心地いい香りがした。
片翼しかわからない・・という香りに「これか!」と確信した。
香りのする方へ飛んで行くと、森から開けた草原に、一人の人間が立っていた。
肩くらいまである黒髪の小さな女の子・・といった印象だった。
目の前に静かに降り立ったが、まさか気絶するとは思わなかったので、急に倒れた時は焦った。
焦り過ぎて、城に急いで戻って、ローニャを呼ぶと「落ち着いてください」とたしなめられた。
ローニャは冷静に対処してくれ、手早く世話をしてくれた。
いつもは動揺しないのに、片翼という存在は大いに自分の心を揺らしてくれた。
もう会えないかと思っていたし、もう諦めていたから。
ベッドに寝かされた女の子は、静かに寝息を立てている。
俺と同じ黒髪だけど、少し陽に当たると茶色に見える。
触っては失礼だろうか・・と思ったが、髪を撫で、頬を撫でる。
少しためらいつつ、薄い淡いララの花のような唇を、そっと撫でてみる。
ずっと実は会いたかったのかもしれない・・・。
ドキドキと胸が鳴って、早く瞳を見たい、声が聞きたい・・と、じっと見つめてしまう。
「ん・・・」と声がして、手を思わず引っ込める。
「黒い竜!!!!」
ガバッといきなり起き上がるので「うわっ?!!」と声が出る。
起きた女の子は、キョロキョロと辺りを伺って、
「ここ・・・・・・・どこ・・・・・・・?」
心細いかと思いつつ「わ、綺麗・・」とブツブツ話している。
恐々・・というより、興味津々といった様子だ。
「なんだ、結構元気だな」
思わず声をかけると、振り返った女の子は、黒い瞳だった。
目を大きく開けて、こちらをじっと見る。この子が俺の片翼・・・。
瞳がキラキラ光っていて、こちらがドキッとしてしまう。
「・・・ええと、ここはどこでしょうか?あ、その前に助けて頂いたんです・・・よね?あ、ありがとうございます・・・・・・?」
いきなり知らない場所で、知らない人物に慌ててお礼を言う姿に、
思わず微笑む。
「俺は、セレム・ドゥ・フォンタム。ここは俺の城だ。気を失ったお前を拾って、ここへ連れて来た。」
「た、助けて頂いてありがとうございます。私は田名城カエです。
あ、カエと呼んでください・・。」
カエ・・・。
片翼の名前。
ペコっとお辞儀する姿に、文化的な世界にいた事を思わせる・・・が、
「ところで、私・・自分の家に帰りたいのですが・・・、帰り方・・とか知っていますか?」
その一言に、一気に胸が重くなる。
いきなりこんな知らない世界に、年端もいかない少女が来るのは辛いだろう。
そして、どうにもできない現実を知る事も・・。
それでも、逃れられない事実を口にする。
「カエは、別の世界から来た異人だろ?・・・恐らく薄々感づいていると思うが、
異人は、自分の世界へ帰ることはできない。」
その一言に、一気にカエの顔が真っ青になる。
片翼が現れた事を喜んでいた自分を殴り倒したくなる。
こんなに辛い思いをさせたくなかった・・。でも、自分ではどうにもできない。
泣き出しそうな顔に、焦ってしまう。泣いて欲しくない。笑って欲しい。
咄嗟に手を握って、慌てて背を撫でる。
「な、泣くなよ?!カエはここにいて、この世界を少しずつ知っていけばいい!こ、ここも良い所だぞ?」
気付かないのか、涙が一つ流れた瞳がこちらをじっと見る。
背中を撫でる手が不意に止まる。
「・・・・・・いてもいいの?」
どこにも行かないでほしい。ここに、俺のそばにいて欲しい。
でも、悲しそうな姿にそんな風には言えず、
「いろ!!!!他へ行くのはダメだ!!!」
少し考えて、カエがニコッと笑う。
笑った・・・・!!!!
「・・・うん。じゃあ、よろしくお願いします・・・。」
ペコっとお辞儀するカエの笑った顔に、また笑って欲しくて・・うまく返事がしたいのに、言葉が出ない。
絞り出すように返事をしたが、握った手を離したくなくて、離れたくなくて、誤魔化すように背を撫で続けた。