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歪んだ左右

作者: 雷禅 神衣

「右側が傾いているような気がする・・・」

相場直樹は手にしたバイクのプラモデルを眺めてそう呟いた。

「やっぱり右側が下に下がっているな」

それはどう見てもおかしな部分の無いプラモデルだったが、直樹の目には右側の造りが少々歪んでいるように見えた。

「駄目だな、やっぱり対称じゃなきゃ」

誰もいない部屋で一人そう呟くと、直樹は工具箱の中からニッパーを取り出し、傾いている部分の補強に入った。

その眼差しには「異常」とも取れる執着心が伺える。


相場直樹にとって歪んだ物を見るのは、何物にも変えがたい苦痛だった。

例えば水平ではない置物や、足の長さの揃わない人形などがその良い例として上げられる。

物をテーブルなどに置いたとき、物体が常に水平でないと直樹は気が済まないのだ。

直樹の中では「物体は常に左右対称であるべき」と言う絶対的な美学があるため

例え店先に置かれている商品であっても、許せない気持ちになってしまう。

右と左の形が同じだからこそ物体はその美しさを放つものだと、直樹は常々思っているのだ。

だからこのプラモデルのように、例えわずかなズレであっても、直樹の目には見抜かれてしまう。

見抜かれた物は全て直樹の「奇妙な癖」によって制裁を受け、均一の物に直される運命なのだ。

それ故直樹の部屋に置いてる物は全て左右対称だ。

先日購入したばかりの本棚は、置く場所の都合上どうしても左側が少々上に上がってしまった。

そのわずかなズレは素人目から見れば極些細なズレで、パッと見分かるような歪みではない。

ほとんどの人間であれば「まあこの程度なら」と諦めるのだが、直樹の場合は話が別だ。

どんなにわずかなズレでも、直樹は明確に見抜いてしまう目を持っている。

それは幼い頃から左右対称にこだわり続けた、いわば「目利き」と言う領域に達しつつあった。

左上がりの本棚が気に入らない直樹は、すぐさま作業に取り掛かった。

本棚の両脇をヤスリで削り、尚且つ高さが均一になるよう、足場を数センチほど切断した。

これによって本棚は美しい平行を保ち、直樹の思い描く理想の姿へと変貌したのである。


だが直樹の左右対称のこだわりはこんなものではない。

食器は全て平らな物でなければならない。今風のモダンなテイストを含んだ食器は見るに耐えない。

使っている端は常に一定の長さを保つ事にこだわった。

使っている過程で長さに変化が生じた場合は、すぐに新しいものに買い換える。

テーブルに置かれているコップなどは、置く場所の定位置が決っており、一直線上に並んでいないと気が済まない。

ここまでくるともはや尋常ではないが、直樹にとってこのルールに反するものは全てレッドカードなのだ。

やがて直樹の家から歪曲したものや水平ではない物は姿を消し、神経質なほどの有様になった。

だがその神経質はある日を堺に狂人の世界に達する事になる・・・。


ある日の朝、目が覚めた直樹は縮こまった身体を伸ばすために、両腕を前に突き出してあくびをした。

「ん?」

すると突然あることに気付いた。

両腕の長さが違うのだ。無論、人間の身体は手のみならず、足の長さも異なるもので

その差は人によって異なる。だが、長さが違うというのは誰もが持ち合わせているもので

人間が進化する過程において必要不可欠な部分である。

普通の人間ならばまず気付かない。しかし、幼い頃から研ぎ澄まされた彼の異常な目利きは、わずかな差も見逃さなかった。

直樹の中で何かもぞもぞしたものが蠢いた。

気に入らない・・・・。しかし相手は自分の身体である。ましてや誰にでもある事だ。どうしようもない。

しかし・・・・。

だが次の瞬間、ある名案が浮かんだ。

両腕は自分の意志で長くも短くも変化させる事ができる。出来るだけ両腕が均等になるよう、今後の生活で気を配れば良いのだ。

本来の長さは異なるものの、自分の意識一つで変える事は可能だ。

直樹の場合、左腕が右腕よりも若干長い。どれくらい長いかと言えば、もはやミクロやマクロの世界だが

明らかに左の方が長いという違和感を覚える。それなら普段の生活の中で左腕を若干後ろへ引いた状態にすれば

両腕は均一になる。それは足に至っても同じ事が言える。長い足の方を膝をわずかに曲げる事で調整を取る事が出来る。

その名案が浮かんだ瞬間、直樹の中でくすぶっていた嫌な感触は見事に消え失せた。

だが、その消え失せた感触は再び、今度は更に巨大なものへ変化し直樹を襲ったのだ。


顔を洗うために鏡を見た瞬間、直樹に戦慄が走った。

異なるのは手足だけではない。顔も異なるのだ。

人間の顔は鼻を中心に右半分と左半分とでは表情が大きく異なる。常に陰と陽の表情をそれぞれ持っており

鼻を中心に片方ずつ隠すと、その違いを見ることが出来る。

直樹はそのことに気付いてしまったのだ。

手足は一方を縮める事で均一にする事ができるが、それが顔となるとそうは行かない。

例え顔の表情を変化させたところで、己の意志では絶対に変化させられない目元や格パーツの位置などがある。

これはいくら顔の表情を変化させても所定の位置を変える事は出来ないのだ。

「左右対称じゃない・・・・・」

うずうずと漆黒の闇が直樹の心に広がった。しかし相手は自らの顔である。物ではないのだ。

仮に同じにするにしても流血と激痛を伴う事は必至である。

どうする・・・・・。

「対称じゃない・・・・違うんだよ・・・左右が違うじゃないか・・・・」

直樹は自分の顔を触り、襲い来る衝動に耐えた。

「同じじゃなきゃ駄目なんだよ・・・なんで違うんだ・・・対称じゃない・・・対称じゃないんだよ・・・」

「対称じゃない・・・対称じゃない・・・対称にするんだ・・・そうさ、対称にするのさ・・・」

「同じじゃなきゃ駄目なんだ・・・だって気持ち悪いじゃないか、左右が違うなんて。そうだろ?」

「対称じゃなきゃ駄目なんだ。そうさ、全て対称じゃなきゃ美しくない・・・そう美しくないんだ」

「とすると、今の僕は醜い・・?・・・嫌だそんなの・・美しくなきゃいけない」


「完璧じゃない・・・僕は完璧じゃなきゃ嫌なんだよっ!?」


次の瞬間、直樹は無意識で持ってきていたニッパーで瞼を斬り付けた。

「ぎゃああああ、痛いっ!痛いよっ!ああああああ・・・・」

抉られた瞼はベロリと剥がれ、夥しい血が流れ出す。

「痛い・・・どうして同じじゃないんだ・・・・最初から同じならこんな思いをせずに済んだのに・・・」

更に直樹は工具箱から鉄製の金槌を取り出し、右の頬骨目掛けて一気に振り下ろした。

「ガシュッ!」と言う鈍い音が響く。

「があああああああああっ!」

直樹の悲鳴は尚も続いた。砕かれた頬骨は直樹の手によって持ち上げられ、左側の頬骨と同じ位置に無理矢理移動させられる。

砕かれた頬骨が動くたびに内部にある肉が引き裂かれ、凄まじい激痛が走った。

それでも直樹は手を休めなかった。自分が思い描く理想の美しさを求めるが故に。

「大丈夫、もうすぐさ・・・もうすぐ左右対称になるんだ・・・ハハハ・・綺麗になるんだ」

既に直樹の顔右半分は凄まじい形相と化している。大きく引き裂かれた肉片は強引に押し上げられ

所々から白い神経が剥き出しになっている。鮮血が飛び散り激痛が走る。

大きく削がれた右の頬は無惨に垂れ下がっており、薄皮一枚で繋がっているように見えた。

やがて直樹は工具箱から針と糸を取り出し結合に入った。

「い、今は酷い事になっているけど、大丈夫。すぐ良くなるから・・・アハハ、に、肉がずり落ちてる・・・」

針が肉を貫通するたびにとてつもない激痛が走った。大量の血は流れているものの

顔と言うのは致命傷になるような場所は頭しか無いために、例え切り付けようと裂こうと命に別状は無い。

口が大きく裂かれようと、瞼が剥けようと、直接死に至ることは無いのだ。

「よ、よし。これで左右対称だ・・・・・アハハハ・・・ハハハ・・・・」

もはやそれは顔ではなかった。あまりにも無惨で、あまりにも醜悪な表情だった。

だがしかし、直樹の言うように骨格は寸分違わぬほど左右対称である。

「これで・・・これでよし・・・ハハハ・・・」

直樹は包帯を取り出し、顔中をグルグル巻きに巻き付けた。


直樹は肝心な事に気付いていない。

顔の骨格は対称になっても、付けた傷跡は消えずに大きく腫れ上がるだろう。

そうなれば顔の凹凸は再び歪み、骨格は左右対称でも、表面は大きく歪む。

傷が癒えた後、直樹はそれを目にし、また自らの顔を自主整形する事を繰り返す。


決して終わる事のない「奇妙なこだわり」



END

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