翁雛
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶらやくんは、自分の家の周りにどれだけ空き家があるか、把握しているかな?
――そんな住む予定のないところ、興味を持てない?
うーむ、確かにそうだろうね。
でも、近くを通りかかると、思わぬところが「入居者募集」の看板を出しているときがある。つい最近も、最寄り駅まで歩いていく途中の一軒家が売り出されていてね。
以前、そこに住んでいる人が洗濯物を干している姿を、何度か見かけたことがある。なまじ生活している姿を見ちゃうと、いざそれがなくなってしまったときに、寂しさというか違和感に近いものを覚えるんだよね。大げさにいうなら、世界が少し形を変えちゃった、みたいな?
諸行無常。遅かれ早かれ、すべての家はいずれ、いま住んでいる人に別れを告げられる運命にある。
けれど一方で、「この風景がずっと続くのだろうな」と、願うことすらあるのが人間の不思議なところ。私自身もなんとなく、あの家に人が住み続けることを、当たり前のように感じていたのかもしれない。
この感覚、ちょっと前に友達にもしたんだ。そしたら、空き家をめぐって少し妙な体験をしたことがあるようで、その話をしてくれたんだ。つぶらやくんも聞いてみないかい?
友達が幼かったころ、彼の祖父は、友達の実家から車で10分ほどのところに居を構えていたらしい。
両親が自分たちとの同居をすすめたこともあったけど、かたくなに拒んで、祖母とともに過ごす一軒家での生活を望んでいたとか。
大人の話はまだまだ分からない。ただお菓子やお小遣いをくれる祖父母宅への訪問は、子供心に楽しみで仕方なかった。
そうなると悪知恵が少しずつ働き出す。いざとなればバスで、もうちょっと頑張れば歩きでも向かえる場所。友達は休みのたび、サイクリングや図書館通いにかこつけて、祖父母宅へ足を運ぶようになり、親からもらうだけでは足りないお小遣いを、ひっそり補充していたらしい。
祖父母は、自分がどんな話をしてもニコニコ聞いてくれる。友達はあることないことを話し、祖父母からふられる話には適当に相づちを打って喜ばせ、お菓子もいただいたら早々に去っていく。
初めのうちは、いつ両親に知られるかと、友達ははらはらしていたらしい。外出を禁じられたり、祖父母がお菓子を出してくれなくなったりしたら、やばい兆候かもといった具合にね。
しかしそのようなことは起こらないまま、何年も過ぎて友達が気を抜き始めたころのこと。
その年の3月3日は、日曜日だった。歩いて祖父母宅へ向かっていた友達だけど、ふと道中「入居者募集」や「分譲中」の看板を掲げる家の数が、ぐっと増えたような気がしたんだ。
かつて八百屋だった家がシャッターを閉め、アパートの前に置かれていた自動車、自転車たちは姿を消し、テナントを募集する元事務所の二階は、殺風景な白い壁と天井を、窓越しにさらすばかり。
たまたまかもしれないけど、友達はその風景に一抹のさびしさを感じながら、祖父母宅へ向かったんだ。
祖父母宅は一階も二階も雨戸が閉まり、人がいそうな気配がなかった。
もしやここも……? と玄関へ駆け寄る友達は、そのドアの表に貼られた一枚の紙を目に留める。
「急ぎ、ご用の方はこちらまで」。
文言とともに、下に記載されるのはこの辺りの簡単な地図。ここの家が赤く色づけされ、少し離れた建物まで矢印が伸びている。目標の建物自身も黄色く塗られ、その四角の端っこに「空」という小さな文字が付け足されていた。
念のため、ドアをノックしてみたけれど、反応はなし。友達は地図を頼りに、指示された場所へ歩いていった。
ゴール直前でブロック塀が途切れ、生け垣に早変わり。なおも進むと、人を出迎える玄関口へ差し掛かる。表札はかかっていない。
ひょいと中をのぞき込み、縁側との思わぬ近さもさることながら、そこに座る自らの祖父母の姿に、友達は面食らってしまう。
二人は縁側に、並んで正座をして座っていたが、いずれも平安時代を思わせる服装をしていたらしいんだ。祖父は冠をつけた束帯衣装。祖母は十二単をまとい、こちらに顔を向けながら、黙想していたんだとか。
家がかやぶきの年代物ということもあり、時代がかった雰囲気が引き立っている。踏み入りがたい空気に戸惑いながらも、友達はおそるおそる二人に近づいていった。
声をかけるまでもなく、二人は友達の気配を察すると、ゆっくり目を開く。そのまま縁側へ腰かけるよう、手招きしてくる。
孫が来ることを予見していたのか、祖父は衣装の袖の中から缶ジュースを取り出してくれるも、友達は飲む気になれなかった。二人がどうしてこんなヘンテコなことをしているのか、問いただしたかったんだ。
すると、祖父はとある句を引用してきた。
「草の戸も住み替はる代ぞ雛の家」
俳人松尾芭蕉が、奥の細道を執筆した際に、書かれた句のひとつだ。
芭蕉が住んでいた、わびしい草庵も別の主が住まうことになった。その新しい家庭は、ひな人形を飾るような娘を持つ、温かい家庭である……という意味あい。半ば世捨て人的な芭蕉と、娘を持つ家庭との対比が現れている句だ。
「住まう人は、いずれ変わりゆく。しかしそれがいつになるかは、わからん。数日、数週間、数ヶ月かもしれんし、数年、数十年。ことによると、崩れ去るまで誰も住まうことなく、生涯を終える家もままあるじゃろう。それこそ、ひな人形を飾られるような、相手に恵まれることなくな。
そんな彼らの寂しさを慰めてやりたいのが一点。もう一点は……」
祖父がしゃべりかけて、不意に口をつぐんだ。家の奥から「ことり」と何かが落ちる音がしたんだ。友達が家の中を振り返るも、続けて音は出てこなかった。
しかし祖父と、祖母は同じ方向をじっと見やった後、ぽつりとつぶやいた。
「招かれざる者に、帰るよう促すためだ。
人が住まなくなった家は、傷みが早く来る、と聞いたことがあるだろう?
人によって行われていた換気、掃除、その他の手入れが行き届かず、家のあちらこちらがどんどん傷む。それどころか、人の気配のあまりのなさに、いいあんばいの「住処」とみなした奴が住み着く恐れもあるんじゃ。
その中へ新たに人がやってくると、世間でいうところの『霊障』を引き起こしかねん。じゃからじいちゃんたちは、『ここがまだまだ、人の来るところじゃぞ』と、ときどき教えて回っているんじゃ」
祖父が取り出した、ミカンジュースの缶を縁側へ乗せ、すっとわずかに屋内へ滑らす。
ことことこと……。
先ほども聞いた、家の奥からの音が、今度は震えを伴ってこちらへこちらへ向かってくる。
床がささやき、ふすまが鳴り、畳をとんとん揺らしながら三人の間近まで来た震えは、ほんの一瞬だけ、ジュースの缶を揺らしてピタリと止んだ。
祖父はさっと缶を拾い上げ、「とれ」と言わんばかりに友達へ差し出してくる。
受け取った缶は、冷たかった。そして軽かった。プルトップに指をかけ、ふたを開けてみると、中身は一滴もジュースが残っていない、空っぽになっていたそうだ。
それから、友達はもう少し祖父母の周りへ耳を傾けると、節句ごとに件の衣装をまとって、空き家へ入っていく祖父母の姿が見られる話を聞いたとか。




