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翁雛 

掲載日:2021/03/03

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんは、自分の家の周りにどれだけ空き家があるか、把握しているかな?


 ――そんな住む予定のないところ、興味を持てない?


 うーむ、確かにそうだろうね。

 でも、近くを通りかかると、思わぬところが「入居者募集」の看板を出しているときがある。つい最近も、最寄り駅まで歩いていく途中の一軒家が売り出されていてね。

 以前、そこに住んでいる人が洗濯物を干している姿を、何度か見かけたことがある。なまじ生活している姿を見ちゃうと、いざそれがなくなってしまったときに、寂しさというか違和感に近いものを覚えるんだよね。大げさにいうなら、世界が少し形を変えちゃった、みたいな?


 諸行無常。遅かれ早かれ、すべての家はいずれ、いま住んでいる人に別れを告げられる運命にある。

 けれど一方で、「この風景がずっと続くのだろうな」と、願うことすらあるのが人間の不思議なところ。私自身もなんとなく、あの家に人が住み続けることを、当たり前のように感じていたのかもしれない。

 この感覚、ちょっと前に友達にもしたんだ。そしたら、空き家をめぐって少し妙な体験をしたことがあるようで、その話をしてくれたんだ。つぶらやくんも聞いてみないかい?


 友達が幼かったころ、彼の祖父は、友達の実家から車で10分ほどのところに居を構えていたらしい。

 両親が自分たちとの同居をすすめたこともあったけど、かたくなに拒んで、祖母とともに過ごす一軒家での生活を望んでいたとか。

 大人の話はまだまだ分からない。ただお菓子やお小遣いをくれる祖父母宅への訪問は、子供心に楽しみで仕方なかった。


 そうなると悪知恵が少しずつ働き出す。いざとなればバスで、もうちょっと頑張れば歩きでも向かえる場所。友達は休みのたび、サイクリングや図書館通いにかこつけて、祖父母宅へ足を運ぶようになり、親からもらうだけでは足りないお小遣いを、ひっそり補充していたらしい。

 祖父母は、自分がどんな話をしてもニコニコ聞いてくれる。友達はあることないことを話し、祖父母からふられる話には適当に相づちを打って喜ばせ、お菓子もいただいたら早々に去っていく。

 初めのうちは、いつ両親に知られるかと、友達ははらはらしていたらしい。外出を禁じられたり、祖父母がお菓子を出してくれなくなったりしたら、やばい兆候かもといった具合にね。

 しかしそのようなことは起こらないまま、何年も過ぎて友達が気を抜き始めたころのこと。


 その年の3月3日は、日曜日だった。歩いて祖父母宅へ向かっていた友達だけど、ふと道中「入居者募集」や「分譲中」の看板を掲げる家の数が、ぐっと増えたような気がしたんだ。

 かつて八百屋だった家がシャッターを閉め、アパートの前に置かれていた自動車、自転車たちは姿を消し、テナントを募集する元事務所の二階は、殺風景な白い壁と天井を、窓越しにさらすばかり。

 たまたまかもしれないけど、友達はその風景に一抹のさびしさを感じながら、祖父母宅へ向かったんだ。



 祖父母宅は一階も二階も雨戸が閉まり、人がいそうな気配がなかった。

 もしやここも……? と玄関へ駆け寄る友達は、そのドアの表に貼られた一枚の紙を目に留める。


「急ぎ、ご用の方はこちらまで」。


 文言とともに、下に記載されるのはこの辺りの簡単な地図。ここの家が赤く色づけされ、少し離れた建物まで矢印が伸びている。目標の建物自身も黄色く塗られ、その四角の端っこに「空」という小さな文字が付け足されていた。

 念のため、ドアをノックしてみたけれど、反応はなし。友達は地図を頼りに、指示された場所へ歩いていった。


 ゴール直前でブロック塀が途切れ、生け垣に早変わり。なおも進むと、人を出迎える玄関口へ差し掛かる。表札はかかっていない。

 ひょいと中をのぞき込み、縁側との思わぬ近さもさることながら、そこに座る自らの祖父母の姿に、友達は面食らってしまう。

 二人は縁側に、並んで正座をして座っていたが、いずれも平安時代を思わせる服装をしていたらしいんだ。祖父は冠をつけた束帯衣装。祖母は十二単をまとい、こちらに顔を向けながら、黙想していたんだとか。

 家がかやぶきの年代物ということもあり、時代がかった雰囲気が引き立っている。踏み入りがたい空気に戸惑いながらも、友達はおそるおそる二人に近づいていった。

 声をかけるまでもなく、二人は友達の気配を察すると、ゆっくり目を開く。そのまま縁側へ腰かけるよう、手招きしてくる。


 孫が来ることを予見していたのか、祖父は衣装の袖の中から缶ジュースを取り出してくれるも、友達は飲む気になれなかった。二人がどうしてこんなヘンテコなことをしているのか、問いただしたかったんだ。

 すると、祖父はとある句を引用してきた。


「草の戸も住み替はるひなの家」


 俳人松尾芭蕉が、奥の細道を執筆した際に、書かれた句のひとつだ。

 芭蕉が住んでいた、わびしい草庵も別の主が住まうことになった。その新しい家庭は、ひな人形を飾るような娘を持つ、温かい家庭である……という意味あい。半ば世捨て人的な芭蕉と、娘を持つ家庭との対比が現れている句だ。


「住まう人は、いずれ変わりゆく。しかしそれがいつになるかは、わからん。数日、数週間、数ヶ月かもしれんし、数年、数十年。ことによると、崩れ去るまで誰も住まうことなく、生涯を終える家もままあるじゃろう。それこそ、ひな人形を飾られるような、相手に恵まれることなくな。

 そんな彼らの寂しさを慰めてやりたいのが一点。もう一点は……」



 祖父がしゃべりかけて、不意に口をつぐんだ。家の奥から「ことり」と何かが落ちる音がしたんだ。友達が家の中を振り返るも、続けて音は出てこなかった。

 しかし祖父と、祖母は同じ方向をじっと見やった後、ぽつりとつぶやいた。


「招かれざる者に、帰るよう促すためだ。

 人が住まなくなった家は、傷みが早く来る、と聞いたことがあるだろう?

 人によって行われていた換気、掃除、その他の手入れが行き届かず、家のあちらこちらがどんどん傷む。それどころか、人の気配のあまりのなさに、いいあんばいの「住処」とみなした奴が住み着く恐れもあるんじゃ。

 その中へ新たに人がやってくると、世間でいうところの『霊障』を引き起こしかねん。じゃからじいちゃんたちは、『ここがまだまだ、人の来るところじゃぞ』と、ときどき教えて回っているんじゃ」


 祖父が取り出した、ミカンジュースの缶を縁側へ乗せ、すっとわずかに屋内へ滑らす。

 ことことこと……。

 先ほども聞いた、家の奥からの音が、今度は震えを伴ってこちらへこちらへ向かってくる。

 床がささやき、ふすまが鳴り、畳をとんとん揺らしながら三人の間近まで来た震えは、ほんの一瞬だけ、ジュースの缶を揺らしてピタリと止んだ。

 祖父はさっと缶を拾い上げ、「とれ」と言わんばかりに友達へ差し出してくる。

 受け取った缶は、冷たかった。そして軽かった。プルトップに指をかけ、ふたを開けてみると、中身は一滴もジュースが残っていない、空っぽになっていたそうだ。


 それから、友達はもう少し祖父母の周りへ耳を傾けると、節句ごとに件の衣装をまとって、空き家へ入っていく祖父母の姿が見られる話を聞いたとか。



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― 新着の感想 ―
[一言] あの格好はそのためだったのですね。これとても面白かったです! 私は、何というか別れや変化に対してひどく弱い部分があって、でもだからこそ今そこにある時間を大切にしないとと分かっていても、大事な…
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