8.ただの偶然で運命ではない
そしてT19に向かう輸送部隊が出発する朝、私はカイとレイト、それに数人の戦闘部隊と共にバリケードの出入り口のところで輸送部隊を待っていた。そんな私たちを見送りに、リカお姉さまとショウが駆けつけてくれていた。
「アイラちゃん、初めてのお泊りねえ。カイとレイトがいるから大丈夫だと思うけど、気をつけてねえ」
「兵器の人、どんな人だったか後で教えてね」
T19に現れたという「パルフェット博士の兵器を入手した人」はこのT21でも噂になり、今では「兵器の人」というそのまんまな略称で呼ばれている。
そして兵器の人についてそれ以上の情報が入ってこないせいで、T21のみんなは兵器の人について勝手な妄想を繰り広げまくって、いまやその人は「超イケメンでスーパー運動神経抜群のパーフェクト超人」みたいな言われ方をされているのだ。
いくら何でも盛り過ぎだ。ほぼ都市伝説になっている。娯楽の少ない拠点住民の妄想パワー侮りがたし。
この辺の大騒ぎを見ていると、私が兵器持ちだってことを隠しておいてよかったと心から思う。想像していた以上にみんなの兵器持ちへのドリームがやばいし。
「あ、そうだリカお姉さま、カスタムしてもらったハンドガン、とっても使いやすかったです。ありがとうございました」
「ああら、アイラちゃんの役に立てたならいいのよお。まだカスタムする余地はあるから、どうするか決まったら言ってちょうだいね」
「俺は弾丸の方を改良してるから、できたら実験を兼ねて使ってみてね」
「うん。そっか、弾丸も改良の余地があったんだね」
そうやって私がリカお姉さまとショウと話し込んでいると、カイが「そろそろ行くぞ」と声をかけてきた。私は二人に「それじゃあ、行ってきます」と手を振って、足取りも軽く拠点を出たのだった。兵器の人に会って、肩の荷をまるごと押し付ける。そんな希望に満ちていた。
T19までの道中は割と順調だった。ポーンが時々襲ってきたけど、戦闘部隊が難なく返り討ちにしていた。
私もちゃんと数匹倒し、ちゃんと護衛としての仕事をこなすことができた。これもカイの猛特訓のおかげだな。倒したポーンの残骸は荷物に積み込んで、T19へのお土産になった。
今回T19に向かう部隊の女性は私一人だった。そもそも戦闘部隊・輸送部隊共に女性は少ないらしい。まあわざわざマーキノイドとやりあう部隊に志願する女性はそういないだろう。
私だって、たまたま外に武器を持った状態で放り出されて、しかもマーキノイドに襲われたから仕方なく戦うことにしただけだし。
でも、そのおかげで部隊のみなさんにちやほやしてもらえてちょっと気分がよかった。単純に若い女の子が部隊にいるっていうのが珍しいだけなんだろうけどね。
T21を出て半日近く経った頃、私たちはT19にたどり着いた。ここに兵器の人がいるのか、ちょっと緊張する。
まず輸送部隊を先に拠点に通し、最後に私たち戦闘部隊が入る。後ろでバリケードの出入り口が閉められる音がした。
T19はT21より少し小さいようだったが、作りはそう大きく違ってはいなかった。廃ビルや廃墟を改造して住居兼仕事場とし、さらにプレハブを建て増している。ビルの向こうに見えるのは畑のようだ。
輸送部隊の仕事はこれからが本番で、まずT19の物資管理班に持ってきた荷物を受け渡した後、T21に持って帰る荷物を積みこむのだ。この作業には丸一日かかるらしい。
一方私たち戦闘部隊はここでは暇だ。今日はT21から来た人間はビルの空き部屋に泊めてもらえることになっているので、戦闘部隊の半数はもうその部屋に行って休んでいる。あまりあちこち歩きまわるのはよくないだろうが、通りがかりの人を捕まえて話をするくらいはいいだろう。
私は野次馬っぽいおばちゃんを捕まえて、「あの、ここにパルフェット博士の兵器を手に入れた人がいるって聞いたんですけど、どんな人なんですか?」と話を振ってみた。
すると、そのおばちゃんは話したくて仕方がなかったという顔で、「ああ、サクヤ君ね。最近この拠点に来た子なのよ。年もあなたと同じくらいかしら。この辺りのことは全く知らないし、どうしてここにいるのかも分からないらしくって色々苦労してたみたいだけど、まさか兵器を手に入れるなんてねえ」とものすごい勢いで話し始めた。
まだまだ喋り続けるおばちゃんの話を適度に聞き流しながら、私は妙な既視感に襲われていた。最近この拠点に来た、私と同世代でこの辺りのことを全く知らない人。そして最近兵器を手に入れたということは、その人は私と同じ未登録者としてこの辺りに現れたのだろう。
……なーんか私の状況と似通ってなくない? まっさか私と同じで異世界組だったりしない? サクヤって名前も、知り合いに一人いるし。いやきっと偶然だよね。
私は嫌な予感を頭から追い払いつつ、他の人に声をかけた。兵器を手に入れたサクヤって人と会いたいのですが、と聞くとこんな答えが返ってきた。
「ああ、サクヤ君ならちょうどマーキノイド狩りにでていますよ。拠点入り口の近くでしばらく待っていれば会えるんじゃないでしょうか」
仕方なく、私は言われた通りに入り口の近くでおとなしく待つことにする。カイとレイトは用事で外していて、知らない地で一人っきりだ。ちょっと心細い。彼らと知り合ったのだってつい最近のことなのに、私はいつの間にか彼らのことを結構信頼してたんだなあ。
そうやって一人感慨にひたっていると、バリケードの入り口が開く気配がした。いよいよか。
私が見つめる前で、数人の人影がこちらに向かってくる。ポーンらしき塊をいくつかと、ナイト・アルファらしい塊を一つ抱えている。こっちでもナイト・アルファが出たのか。
人影のうち二人はほっそりとして小柄だ。どうも女性らしい。部隊の半分近くが女性って珍しいな。
そして先頭を歩く男性と目が合った。次の瞬間、私とその男性はほぼ同時に叫んでいた。
「お前、C組のラブリンかよ!」
「私をその名前で呼ぶんじゃない、A組の農民風情が!」
「俺を農民っていうんじゃねえ!」
「っていうかなんであんたがここにいるのよ!」
「それは俺のセリフだよ!」
いきなり始まった大音量の口論に、何事だという顔で周囲の人間が集まってくる。けれど私はそんなものに構っている暇はなかった。それより目の前のこいつが問題だった。
こいつは田後咲也、私と同じ高校の同級生だ。サッカー部のエースでさわやかなイケメン、性格も悪くなく友人も多い陽キャだがちょっと頭が残念なやつだ。モテモテなのになぜか彼女がいないのがうちの高校の七不思議扱いされている。私とは知り合い以上友人未満な微妙な距離を保っている関係だ。
ちなみにこいつのあだ名は農民。フルネームの「たごさくや」に「田吾作や」と誰かが当て字してしまい、「田吾作って農民っぽいよなー」と別の誰かが言い出したことからこのあだ名がついた。本人は全力で否定している。
ちなみにこいつが私を「ラブリン」と呼びやがったが、これは私のあだ名だ。認めたくないが。
隠しておきたい私のフルネームは部友愛羅、そして高校に入って最初のオーラルイングリッシュの授業で「マイネームイズアイラブユウ」と名乗った時に、教室中がざわめきに包まれた。それ以来私には「ラブリン」「ラビュー」「ラブ」などのあだ名がついてしまったのだ。もちろん全力で否定している。
くっ、農民のやつめ、同じように不本意なあだ名で苦しむ同志だと思ったのに、異世界での出会い頭にそっちの名前で呼んでくるとは!
一通り叫んで少し頭の冷えた私たちは、いつの間にか周囲を厚い人垣に囲まれてしまっていることに気づいた。
「おい、ら……部友、いったん場所を変えるぞ」
「オッケー、の……田後」
私たちはうなずき合うと、一斉にその場を逃げ出した。