7.自分だけが特別だと思ってはいけない
武器を技術班に預けた後一晩ゆっくりと休んだ私たちは、次の日も一日自由行動ということになった。
カイとレイトはそれぞれやることがあるとかでどこかへ行ってしまったが、私は特にすることもないので一人で通信室に向かうことにした。よその拠点には今のところ用事はないが、データベースには興味があったからだ。何のデータが入ってるにせよ、この世界について知ることができそうだったし。
幸運なことに、通信機はちょうど空いていた。カイに教えてもらったように読み取り機を首の登録印に押し当て、ピッと鳴ったら画面を操作する。
画面には「歴史、医学、工学、生態系」などという文字列がずらっと並んでいる。なんか百科事典っぽいなこれ。さすがにこれを全部読むのは骨が折れそうだ。それに通信機を使える時間にも限りがあるだろうし。
んー、まず真っ先に読むべきなのはマーキノイド関連の項目だろうな。敵について情報を集めるのは基本中の基本だ。
その項目はすぐに見つかった。ざーっとスクロールしながら飛ばし読みしていく。
まず、マーキノイドはその大きさと形状からいくつかの種に分けられ、さらにそれぞれの種がアルファ、ベータなどのサブカテゴリに分けられている、と。
種としては現在ポーン、ナイト、ルーク、ビショップが確認され……ってこの名前チェスの駒から取ってんじゃん。クイーンとキングまで名前使っちゃったら、その先どうするんだろう。将棋の駒の名前でも使うんだろうか。桂馬・アルファとか。微妙に間が抜けているような。
脱線した思考を目の前の画面に引き戻す。ポーン種はサブカテゴリに関わらず強さはほぼ変わらず、見た目で判別するのも難しく、違いはエネルギー晶石だけなのだそうだ。
そのためポーン種はサブカテゴリをつけず、ただ「ポーン」とだけ呼ぶのが一般的になっているらしい。
んでナイト種は飛び跳ねるような動きが特徴で、弱点は胸。出現頻度は低い。そしてルークとビショップは目撃例すら稀である、か。ルークとビショップについてはまともに情報が書かれてないし。
思ったよりもマーキノイドが弱いような気がしたが、考えてみればあいつら普通の機械を取り込んで増殖できるんだよね。今でこそえーっと……あそうだクライスター博士が作ったスペシャルな機械が普及してるから、あいつらもそう易々とは増殖できないんだろうけど。
普通の機械だらけだった昔なら、それはもう恐ろしい勢いで増えただろうな。ごく普通のオフィスに一匹ポーンを放つだけで、あっという間にポーンだらけの阿鼻叫喚地獄……うわー怖。そりゃ人類も滅亡しかけるわ。
その後は一般常識について流し読みしていった。やっぱりこの世界においてステータスだのレベルだのスキルだのは一般的ではないみたいだ。私にステータスウィンドウが見えているのは、やっぱり私がこの世界の人間じゃないからなのかなあ。
あと、現在この世界では国や政府といったものは存在していないらしい。かつてT1がこの辺り一帯の拠点を統括しており「中枢拠点」と呼ばれていたが、長い間に住人が他の拠点に移り住んでしまい、T1は現在無人のまま閉鎖されているのだそうだ。そうなってしまった理由はデータベースには載っていなかった。
とりあえず必要な情報の基本くらいは頭に入っただろうし、最近新しい情報が多すぎて頭が痛い。今日はこの辺にしておこうと思って通信機の前を立ち去ろうとした時、背後の通信機がいきなりピロロロロン、と軽やかな音を立てた。
えっ、私何か操作を間違えたかな!? と冷や汗を流していると、真っ暗になっていた画面に大きな文字が表示された。
『全拠点一斉通信:T19拠点にて、パルフェット博士の兵器を入手した者が現れました』
私は文字の浮かんだ画面を見つめて立ち尽くした。兵器を入手した者。一瞬自分のことがばれたかと思ってびっくりした。
しかしT19拠点はここのことじゃない、ここはT21だ。だったらこれは私のことじゃない。なら誰か他にも「資格を持つ者」がいたということか。
……ん? 他にも兵器を宿す者が現れた、ということは……愛で兵器を育てて完成させるとかいう謎の作業、その人に押し付けられるんじゃね? その人がどんな人か知らないけど、愛とかが苦手な私よりはずっと適任じゃね?
……その人に会いたい。会ってどんな人か確かめたい。そしてあわよくば、兵器の完成という面倒な仕事をその人に押し付けたい。
私がそんな結論を出した時、さっきの通信機の音を聞きつけたらしい人たちが通信室にがやがやとやってきた。軍服のような恰好をした偉そうな人が何人も混ざっている。
通信機の画面が彼らに見えるようにそろそろと横に移動すると、彼らは画面を見て一斉に歓声を上げた。声が大きい。
彼らは互いに手を取り合って喜び合っている。年甲斐もなくはしゃいでいるように見えた。私は彼らの注意が逸れているのをいいことに、そそくさとその場を逃げ出すことにした。偉い人にうかつに関わりたくはない。
しかしこの人たち、一人兵器持ちが現れただけでこんなに喜ぶとは。私が兵器を入手してしまったことを隠しておいたのは大正解だったよ。
とりあえず、私の事情を知っているカイとレイトに相談してみた方がいいかな。私はそう考えて、ビルを下って行った。
二人を見つけるのは意外と大変だった。二人とも武器は技術班に預けっぱなしだし、拠点の外には出ていないはず。だったら楽勝だと思ったが、読みが甘かった。
通りすがりの人に声をかけて彼らの居場所を教えてもらったのだけど、そこにたどり着いてみると既によそに移動した後で……というすれ違いを何度か繰り返した後で、カイを技術班のプレハブで捕まえた。さらに二人でしばらくさまよって、ようやっと公園でぼーっとしているレイトに出会うことができた。
「それで、話というのは何なんだ?」
私と一緒にレイトを探し回る羽目になったカイが少し疲れた顔で尋ねてくる。私はさっき通信室で見たものを二人に説明した。それと、その人に会ってみたいという私の考えを。もちろんその人に全部押し付けようとか考えているのは二人にも内緒だ。
「T19か……歩いていけないことはないが、泊まりがけになるな。理由もなく気軽に行くような場所ではない。物資の交換に向かう輸送部隊の護衛として同行するのが一番手軽だな」
「あ、アイラちゃんは輸送部隊のことは知らないよね? 各拠点が生産してるものって少しずつ違うから、時々物資を物々交換してるんだよ。それを運ぶのが輸送部隊。うちは武器の生産が多めで、T19は布地の生産が多いから割と交流はあるんだ」
レイトがにこやかに補足を入れてくれた。こういった日常の細かいことは通信機では調べられないからありがたい。
「俺とレイトなら申請すれば同行の許可はすぐに下りるが……君はどうだろうか。戦いの腕前を保証するものがない」
「カイ、僕たちとチームで同行申請を出したらどうかな。それなら彼女の許可もすんなり下りるよ。ナイト・アルファ相手にあれだけ立ち回れたんだし、アイラちゃんだって輸送部隊の護衛くらいは務まるよ」
「それはそうなんだが……万が一ということもあるし、彼女は戦い慣れていない。輸送部隊の護衛となれば、彼女を守り切れないかもしれない。俺はそれが怖い」
あ、さっきからカイがなんか渋ってるなって思ったらそういうことだったのか。私の身を気遣ってくれてたんだ、カイってあまり感情を表に出さないけど、結構優しいんだな。
……0コンマ数秒、「世界を救う愛」の発動中ウィンドウが出てた気がするけど気のせいだ。
「あの、ポーン以外が出るのは珍しいんですよね? だったら大丈夫なんじゃないかな、って思うんですけど。もうポーンの倒し方も分かりましたし」
「ほらカイ、アイラちゃんもこう言ってるよ」
「……分かった。なら俺たち三人で申請を出してくる。ただT19に向かう輸送部隊が出発する日まで少しあるから、その前に一緒にマーキノイド狩りに行こう。今のうちに少しでも戦闘経験を積んで欲しい」
「ありがとうございます!」
とりあえずこれで兵器持ちの人に会えそうだ。カイの優しいところも知れたし、今日はいい日だ。
その次の日から三日連続、カスタム済みのハンドガン片手に一日中マーキノイド狩りをする羽目になるとはこの時の私は知らなかったのだ。
カイ、あれで戦闘に関してはかなりストイックで鬼軍曹だった。おかげでポーンなら一人で普通に倒せるようになったけどさあ……。




