5.どうも、選ばれし者です
そうしてやっとのことでたどり着いたセンターは、つるんとした真っ白いドーム状の建物だった。
入り口はどこにも見当たらなかったが、カイが近寄って壁に手を当てると、その横の壁がぐにょりと変形してぽっかりと口を開けた。どうやらここから入れということらしい。
私もカイに続いて入り口をくぐり、最後にレイトが同じようにしてくぐる。そのとたん、入り口がまたうにょうにょと変形して閉じた。
え、閉じ込められた!? と焦っていると、レイトが肩に手をぽん、と置いた。
「大丈夫。マーキノイドが入ってこないように、人が近くにいないと自動で閉まるようになってるんだよ。また触れば開くから」
そうやって私たちが話している間に、カイが奥にある機械を起動して、手際よく登録の手順を進めていた。部屋の中央、周囲より一段高いところが低い柵で囲まれている。カイはそこに私を連れて行った。
「アイラ、ここに立ってくれ。そうしたらこちらに手を置いて。ああ、それでいい。次に首元に刻印端子を当てる。少し冷たいが害はないから、楽にしていてくれ」
そうやって準備が済んだ私は、柵の上に設置された金属板に両手を乗せ、首には細いケーブルがぺったりとくっついているという少々間抜けな姿で待つことになった。
このまましばらく待っていれば、金属板から私の情報が読み取られ、それを元にデザインされた登録印が首に刻まれるのだそうだ。
ほとんど痛くないから大丈夫だよ、とレイトは言っていたが、ということは多少痛かったりするんだよね? なんか歯医者の診察台の上で治療を待っているような気分だ。
ところが続いて起こった出来事に、三人揃って度肝を抜かれることになった。
私の正面にある大きなモニターがいきなり起動し、こちらを向いている一人の初老の女性が映し出された。え、誰? と思いながら後ろの壁際で待っているカイとレイトを振り返る。
「あれ、これどういうことかな」
「あのモニターに映像が映ることなんて、今までなかったぞ」
「気のせいかな、あの人に見覚えがあるような気がするんだけど」
どうやら彼らも何が起こっているか分かっていないらしい。驚く私たちの前で、その女性は優しい目つきのまま、とんでもないことを話し始めた。
『ようこそ、資格持つ者。私はアンナ・パルフェット。周りからはパルフェット博士と呼ばれています』
パルフェット博士って、えーとあれだ。今の人類を支えてるすっごい機械を作った博士と協力して、最終兵器を作った人だ。
『私はジェフ・クライスターと共に、マーキノイドに対抗するための兵器を作りました。けれどこの兵器は、まだ未完成なのです。私たちではこの兵器を完成させられない理由があるのです』
そしてクライスターって、確かすっごい機械を作った博士のことだ。それにしても、パルフェット博士がさっき「資格持つ者」って言ってたけど、もしかしなくてもそれって私のこと、だよね?
『この兵器を完成させられるのはあなたたち資格を持つ者だけ。だから私は、あなたに未完成の兵器を渡します。どうかこれを、アムーレテルネルを完成させてください』
映像の中の博士がそう言った時、首筋の刻印端子が触れているところに鋭い痛みが走った。ほとんど痛くないどころか、かなり痛い。奥歯をかみしめて痛みに耐える。
少しして、刻印端子が首からぽろりと外れた。まだ首がひりひりする。痛む首をさすっていると、また映像から声がし始めた。
『これであなたは兵器を宿す者となりました。あなたの愛を受けてこの兵器は育ち、やがて世界中のマーキノイドに影響を及ぼすほどの力を得るでしょう。どうか、その愛で世界を救って』
ちょっと待って、兵器を宿すってどうなってるんだ、そして兵器なのに愛で育つってどういうことだ、もうちょっと具体的に説明してもらわないと。
そんな私の願いもむなしく、映像はまた突然に消えてしまった。
静まり返ったドームの中で、私たちは何が起こったか分からないまま、しばらく呆然としていた。最初に立ち直ったのはカイだった。
「アイラ、今の映像が何を意味していたのかよく分からないが……ひとまず首を見せてくれ。登録印を確認しておこう」
私は一段高くなったところを降りてカイに近づき、首元を見せる。そのカイの目が見開かれた。固まっているカイに、どうしたのと声をかけながら近づいてきたレイトも、私の首を見て同じように固まる。
え、何かおかしいの? 何かトラブった? まあそもそもさっきの映像自体が思いっきりイレギュラーっぽかったけど。
どうにかして自分の登録印を見ようと辺りを見回す。すぐ近くの機械の側面が上手い具合に鏡面になっていたので、そこに近づき、のぞき込んでみた。
そこに映っていた私の首に刻まれた登録印は、カイやレイトの銀色の印とは異なり、金色に輝いていた。
「金色だ……」
思わずつぶやくと、二人も同じようにつぶやく。
「金色だな……」
「金色だね……」
「これって珍しいんですか?」
「珍しいというか、初めて聞いたね」
「俺もだ」
「とするとやっぱりさっきの映像と関係が……」
「あるんだろうな」
「途方もない話だったけどね」
三人ともさっきの映像のショックがちょっと抜けていない。けどいつまでも呆けている訳にもいかないので、落ち着いてさっきの映像の内容を考えてみることにした。
まず、あの映像に映っていたのはパルフェット博士本人で間違いないとのことだった。レイトがデータベースで彼女の顔を見たことがあるらしい。そして映像の内容は「資格のある者の前にだけ兵器が姿を現す」という噂とも一致する。
「しかし、その兵器が未完成だったとは初耳だな」
「それにアイラちゃんが完成させる、ってどういうことだろうね。博士の口ぶりだとアイラちゃんの中に兵器があるみたいだけど、どう? そういう感じあるかな?」
「ないですが……あ、ちょっと待ってください」
ここでふと思い立ってステータスウィンドウを開く。本当に兵器とやらを手に入れているというのなら、ここにも何か変化があるかもしれない。
案の定、記載が一か所だけ変わっていた。
(装備)
ハンドガン(S) 5/8
軽装迷彩服
アムーレテルネル(未完成)
うっわ、ほんとに兵器手に入れてた。装備って言われても、どこに装備してるのか全く分からないけど。しかもご丁寧に未完成って書いてあるし。そもそも名前がへんてこだな、この兵器。
「あるような……ないような? 自分でもよく分からないんですけど、どうやら私は兵器を持っているみたいです」
二人にこの状況をどう説明していいのか分からなかったので、こんな妙な言い方になってしまった。カイとレイトが二人して首をひねる。
「……アイラちゃんにもよく分からないのか。結局、兵器って何なんだろうね」
「しかも愛で育つ、というのが全く分からない」
「愛かあ……恋愛、親愛、家族愛、人類愛……あと何があるかなあ」
そうなんだよね、今まで割とハードでSF寄りな世界観っぽかったのに、唐突に愛だなんだと甘ったるいこと言われてもさあ。
いや、正確には愛だなんだはこの世界に来た時から見かけている。あの謎スキル、「世界を救う愛」。あれってきっとこの兵器と関係あるんだろうなあ。博士が言ってた資格って、あの謎スキルのことだったりしそうなんだよなあ。
そして昨日謎スキルが発動した状況からいって、ここでの「愛」は恋愛を意味してそうなんだよなあ。申し訳ないけど私、色恋沙汰に疎いことには自信あるぞ。こんな私に一体どうしろというんだ。
異世界から現れた選ばれし者、愛をもって世界を救う。ああもう、ファンタジー世界ならこれでも違和感ないんだけどさあ。
いや、そんなことよりもっと重要な問題がある。緊急で何とかしなければいけない問題だ。
「あの、ここで起きたことってどこかに報告しなきゃいけない、とかありますか?」
「基本的にはないが……さすがに今回起きたことは異例だからな、上層部に話しておいた方がいいだろう」
「うん、噂の兵器の話まで出てきちゃったしね」
「カイさん、レイトさん、折り入ってお願いがあります」
私は全力で頭を下げる。上層部に報告なんてされたら、私が兵器を持っているらしいことが公になってしまう。
そうしたら、私は超有名人になってしまうかもしれない。それどころか、人類の希望の星とかそんな扱いになってしまうかもしれない。そんなこっ恥ずかしいことだけは全力で回避したい。
「あの、さっきの映像のことなんですが、しばらく内緒にしてもらえませんか」
「なぜだ?」
「その、あまりにも突然のことで、まだ心の準備ができてなくて。それに、私の愛がないと兵器が育たないんですよね? みんなに兵器のことがばれて大騒ぎになっちゃったら、愛どころじゃなくなりそうですし」
「それは一理あるね。上に報告しちゃったら、良くも悪くも君は特別扱いになるだろうし。……ねえ、カイ? 彼女が覚悟を決めるまで、内緒にしてあげたらどうかな」
納得してくれたらしいレイトの援護射撃にもカイは難しい顔をしたままだ。どうにかして彼を説得しなければ。世界を救う勇者様扱いされて、まつり上げられるのだけは絶対に嫌だ!
「どうしても駄目ですか……? 兵器を育てる努力はちゃんとしますから。それでも内緒にはしてもらえませんか?」
駄目押しでさらに頼み込む。レイトも「兵器を育てられるのはアイラちゃんだけなんだし、彼女に協力してあげようよ」と説得してくれている。
カイは腕を組んでうなっていたが、渋々首を縦に振った。私とレイトがハイタッチを決める。
「分かった、しばらくは先ほどのことは誰にも話さない。ただ、君の中の兵器を育てたり理解したりする努力は怠らないで欲しい。それが条件だ」
「ありがとうございます!」
そんな条件、勇者様扱いされることに比べたら楽勝だ。兵器が何なのかは分からないけど、何をすればいいのかは何となく見当がついているし。まあ、見当がついていることと実行できるかどうかっていうことは、全く別の話なんだけどね。
無事に話がまとまったことで安心しきった私は、スキップせんばかりの勢いでドームの出口に向かっていった。